第67頁目 うにょうにょうにょぉ~?
「おはよう! おっちゃん!」
「……。」
俺達はガレージで一晩寝た後、昨日立ち寄った材木屋に来ていた。カウンターには相変わらず無愛想な岩殻族のおっさんが一人座り、木紙に何かを書いている。
「おっちゃん。俺、便利屋なんだけど何か困ってる事ない?」
「……ない。」
「どんな些細な事でもいいんだよ。薪割りとかさ。」
「…………ついてこい。」
おっちゃんに連れられて着いた先は何棟か隣の倉庫らしき建物。この世界では定番の歯車仕掛けでシャッターを開けると、中へ招かれる。
「……薪を作れ。」
そう言っておっちゃんが指さしたのは、店頭に山の如く積まれた物と同じ薪の束。この倉庫の中にある大量の木を使ってその薪の束を沢山を作ればいいんだな?
「さっきも話したけど、俺は便利屋なんだ。お金は貰うよ?」
「……一片十ラブラ。この薪の束の木と大きさが違いすぎると商品にならない。」
「了解!」
「……使っていいのはここに積まれた木材だけだ。気が済んだら呼びに来い。」
おっちゃんが顎で示したのは三角に積まれたぶっとい原木の山。これを全部薪に変えて度肝を抜いてやるぜ!
それにしても……マレフィム達は上手くいっているのだろうか?
「丁度いいし、久々に魔法の特訓しようか。」
「え!? いきなりかよ!?」
突然なミィの提案に、思わず拒否の意思が滲んだ返答で返してしまう。
「最近身体強化以外はサボってたし、ドダンガイの件もあったからクロロはもう少しアストラルを強化しないと駄目かなって。」
「そんな事言ったってデミ化の練習はこの姿だから出来ないだろ? そんで、空を飛ぶのは風が上手く顕現出来ないんだから仕方ねえじゃん。」
「風は普通に顕現出来るように練習すればいいでしょ! ……とまぁそれはともかく、メビヨンが倒れたあの時、色々あってちゃんと説明出来なかったけど『アニマ』って言葉が出てきたのは覚えてる?」
「そうそう! それ! 偶に聞くけど、その『アニマ』って何なんだ?」
ミィだけじゃなく、マレフィムも何度か言ってたような気がする。アストラルから伸びる謎の触手というか……アレな。あのよくわかんないやつ。
「『アニマ』は言ってしまえばアストラルだよ。アストラルを変形というか、増長させた部分の事を言うの。」
「んん?」
あれ? アストラルって魂だと思ってたけど違うのか? 変形とか増長なんてやったらやばいだろ。
「アストラルに、人間性というか……記憶とか、そういうのが詰まってるんだよな? 変形とか増長なんてさせていいのか?」
「中身じゃないよ。変形や増長をさせるのは輪郭だけ。」
「……それでも悪影響とかありそうなもんだけど。」
「何言ってるの? 増長はともかく変形なら普段からクロロが体を動かしてる時点で起きてるでしょ。」
アストラルは身体に沿った形状をしてるんだっけ。だとしたら確かにそうか。
「でもその、増長とかを出来るようになってどういうメリットがあるんだよ。」
「マテリアルから離れた距離に魔法が放てるよ。」
「…………?」
「わかんない? 魔法はアストラルが魔力を使ってマナに干渉した結果起こる現象でしょ? だからアストラルからしか魔法は顕現しないの。そして、アストラルは基本身体の形になってる。つまり身体からしか魔法が放てないの。」
「……あぁ!!」
アストラルを触手みたいに伸ばしたら、そこから魔法を放てるって事か! めっちゃ便利じゃん!
「理解した? アストラルはマテリアルに干渉されないから壁を貫通して魔法を放てたりもするよ。」
「なんでそんな便利なのを最初に教えてくれないんだよ!」
「普通なら難しいからすぐには出来ないんだよ。メビヨンが倒れた時だってまさかクロロがあんなに上手く出来るとは思わなかったの。クロロって変に想像力豊かだったりするよね。」
「想像力なんて関係あるのか……?」
「あるに決まってるよ! 想像力と認識力は地続きなの。魔法に必要なのは認識力、そう言えばわかる?」
俺はその言葉を日本語で”認識力”と訳したが、恐らくそれは正しくない。ミィの言う”認識力”とは、描いた空想を実在させられると”認識”する力の事だと思う。
「でも、『アニマ』を作り出すって言うのは本当に難しいんだからね? 今マテリアルとアストラルを分離させて見てって言われて出来る?」
「勿論出来るぜ! ほら! …………あれ? えっと……ふん! ほっ! ……あれ?」
俺は意気揚々と返事をして腕をブンブンと振り回すが、何の変化も起きる様子がない。
「やっぱり出来ないよね。でも、分離なんて出来なくていいの。ただ、アストラルを操作するって感覚を思い出して欲しかっただけだし。」
「あっれ? ちくしょう。 おらっ!」
「もう! ちゃんと聞いてってば!」
「だって悔しいじゃねえか! 一度は出来たんだぜ?」
「知ってるよ! でもクロロに覚えて欲しいのはアニマを使ったアストラルの形状変化なんだから分離は出来なくていいの。」
ちっくしょー。あん時は夢中でやってたからかもしれないけど、確かに出来てたんだよなぁ。
「アニマの顕現だってあの時出来てたでしょ。普通は言われてすぐにアニマを顕現なんて出来ないんだよ? それなのに、初めてであんな事やってみせたんだから頑張って再現してみて!」
アニマの顕現って、あのメビヨンのアストラルの欠片を見えない触手で包んで身体から出したヤツだよな? あれはミィに形を意識するなって言われてイメージしたら出来た訳で…………一旦目を閉じよう。
………………実の事を言うと、俺は触手の塊で、触手の塊だから翼も無いし、頭も無い。うにょうにょうにょぉ~……うにょうにょうにょうにょぉ~…………。
うにょうにょぉ~…………。
うにょうにょうにょうにょうにょうにょぉ~……………………。
「ちょ、ちょっとストップ! 止めて!!」
ミィの声で目を開けて我に返る。
が、なんだかその……なんと言ったらいいか……うにょうにょ感が消えない。
「ミィ?」
「き、気持ち悪い! これ! 戻して! この変なの戻して!」
「え? ど、どうすればいいんだ?」
「君は誰!?」
「は?」
「君はどういう存在なの!? 男!? 女!? どんな種族でどれくらいの大きさなの!?」
その言葉で大体を察する。つまり自分の元の姿を認識すればいいんだな? 俺は竜人種の男で、自然体でいたら高さは翼があるから二メートルくらい? で、二本の角、一対の翼と四本の足に長い尻尾があって……えっと……災竜だ。
そんな事を頭に浮かべていると、身体全体から感じるうにょうにょ感が治まってくる。
「び、びっくりしたぁ……。」
「……大丈夫か?」
「大丈夫じゃないよ! どういう事!?」
俺はまた変に魔法を使ったせいでミィに怒られるんだと思った。
しかし。
「凄い! 凄いよ! こんなにアストラルを操れるなんて!」
「……え?」
それは予想外の反応だった。ミィは何故か喜んでいるのである。
「アストラルの形状変化ってそう簡単に出来ないし、増長だってあんな規模のは普通なら出来ないよ! これって精神肥大症のせいなのかも……でも、これなら利点の方が大きいよ!」
「喜んでいい事なんだよな……?」
「そうだよ! クロロは普通の人より、うんと遠くから魔法を放てるって事!」
「おぉ……!」
これが精神肥大症とやらのおかげなら嬉しいな! 少しは報われるじゃねえか!
「あれ? でもさ、輪郭を伸ばすって言ってたよな? この伸ばしたアニマが切られたりしたらどうなるんだ? 輪郭だけなら中身はアストラルなんだよな?」
おっしゃ! アニマを伸ばすぜ! なんて粋がって遠くまで伸ばしたら、何らかの魔法で切断されて頭がパーになるなんてゴメンだ。
「そう、増長は輪郭を伸ばすの。だからアストラル自体は伸びてないんだよ。もしアニマが分離させられちゃったりしても、それはマナに戻るだけかな。」
「なるほど。ならこれがもっと操れるようになれば色々便利そうだな。」
「そうそう、それにあんな量のアニマ…………え……。」
急に口ごもるミィ。何か気になる事でもあったのだろうか。
「ミィ?」
「おかしいよクロロ……。」
「何が?」
「クロロは以前、身体強化で倒れてしまう程度の精神だったのに。こんなにアニマを張れる程の魔力なんて……ある訳がないの……。」
「そりゃアレだろ。精神肥大症のせいだろ。」
「そ、それはそうかもしれないけど……待って……精神肥大症っていつからなんだろう……もし、幼い頃からなってたなら……途轍もない精神強度のアストラルになってるはず……でも、それは食べ物が少ないから肥大する材料が無くて症状が顕著に表れなかった訳で……。」
「そんなにごちゃごちゃ考えなくていいんじゃないか?」
俺は精神が凄いから今の魔力はとっても強い! これでいいと思うんだけど。
「駄目だよ! クロロは魔力の可使量が可使総量を超えてる異常体質なんだから、原因はしっかり考えなきゃ駄目! じゃないとうっかり死んじゃうんだよ!?」
「ま、まぁ、そうだけどさ。」
「もし、これが成長の結果ならクロロは今、異常な速度で成長してるって事だよ。精神肥大症で説明出来るレベルなのかなぁ……。」
「今の所は問題なさそうだし、ゆっくり考えていこうぜ。今はまず仕事だ!」
「そんなテキトーじゃ駄目なんだってばぁ……。」
ミィはどうにも納得がいってないみたいだが、まずは目の前の木をどうにか仕上げなければ。
「んで? 魔法を使いながら薪を作るみたいな特訓なんだろ?。」
「……うん。アニマを使って魔法を使う練習をしようかなって」
「…………それって俺がアニマを出せなかったらどうするつもりだったんだ?」
「『変易』を教える気だったよ。」
「『変易』?」
聞いたことがない単語だ。『顕現』すらマトモに出来ない俺が使えるのかが問題だな。
「言ってなかったけど、魔法は『顕現』の他に『変易』っていうのもあるの。名前を言ってなかっただけで軽く説明はしたことあったかも。物に直接干渉するって魔法だね。」
「物に直接干渉するってどういう事だ?」
「そのままの意味だよ。魔法で物を動かしたりするの。」
「へぇ!」
この世界にサイコキネシスは無いと思っていた。風を操って似たような事は出来るけど、そんなの面倒だもんな。ってかそんなの出来たら俺、風を顕現出来なくても空を飛べるんじゃ……!
「まぁ、正直殆ど雑学みたいなものだけどね。」
「いやいやいやいや! めっちゃ重要だろ! それで身体を操作すれば空を飛べるって事じゃねえか!」
「駄目。」
「なんでだよ! 風なんかを顕現するよりよっぽど良いだろ!」
「理論上は可能だけど止めたほうがいいかな。理由を説明するね。魔法は『変易』もあるって言ったけど、結局は全部『顕現』なの。確かに『変易』は便利そうに聞こえたかもしれないけど、ただの”力の顕現”の事なんだよね。……そして、”力の顕現”は”物体の顕現”よりよっぽど魔力を使うし制御が難しいの。もし、体を不安定な"力の顕現"だけで飛ぼうとしたらどうなると思う? くしゃみして集中が途切れた瞬間に音速で心臓が飛び出していくかもね。」
その例えを想像して思わず身震いしてしまう。変身魔法と言い、どれも扱い難し過ぎだろ……。力の顕現って事は推力とか圧力って事だよな。扱いを間違えたらそんな事もあり得るのか……。
「昔、『相手にぶつけたいなら相手に向かって飛んでく物をイメージして』って言ったと思うんだけど、実際にやってみた?」
「いや……俺は自分で水吐けるし、いつか火を吹いた時の為に練習もしたかったから……。」
「多分やってみればわかるよ。魔力を沢山使うからまず、クロロが口から吐くような威力の水は絶対出せないと思う。だから、頭上に大っきいマテリアルを顕現させて落とす様な魔法を使うんだよね。複数人で協力したりすればそれなりの威力にはなるから大っきい岩でも飛ばせるけど高等技術だね。って言っても可使量が高ければ関係ないけど。」
「可使量って本来そんなに低いもんなのか?」
「基準はわからないかな。でもクロロが異常なのは間違いないね。」
「そうか……。」
「さっき言った通り『変易』なんて雑学だよ。知らなくても自然と使ったりするものだし。」
さっ、やろやろ。と急かすミィに従って原木に近づく俺。
「結局どうすればいいんだよ。」
「さっき言った通りアニマを何本か伸ばして、水を同時に複数箇所から勢いよく発射! そんな感じで薪を割ってみよう!」
「いきなり難し過ぎないか!?」
「失敗してもいいから試してみて! でも、もし具合悪くなったら言ってね? さっきのアニマを出す魔法で結構魔力使っちゃっただろうし……残り全部私がやらなきゃだから。」
厳しくも優しいその指示は、決して有り難いと言えるものではない。だが、結局はやるしかないのだ。俺はまた集中して『うにょうにょうにょうにょ……』と頭の中で唱える。しかし、今度は本数を制限しなくてはならない。無造作に大量な本数を出してぶっ倒れたらミィに何を言われるやら。
「どの木も細いからいけるよね。」
なんてミィは言っているがそんな事はない。白銀竜の森に生えている木がおかしいだけで、眼の前にあるのは前世なら大木と表現しても過言ではないレベルの太さだ。俺の初の”ウォーターバレット”はこいつに通用するのだろうか。
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