第69頁目 稼ぐというのはこんなにも楽な事なのでしょうか?

「どう致しましょうか。」

「やっぱり……無理ですよ……急になんでも屋だなんて……。」

「そんな事ありません。商談に度胸が必要という事は理解しているのでしょう?」

「そ、そうですけど……。」

「であれば、営業を掛けるのみです。それにソーゴさんが仰られていた、”一度商品を購入した店に顔を出せばそこまで嫌な顔もされないはず作戦”。名前は少し頭が悪そうですが、中身は理に適っていると思います。」


 私は本日、ルウィアさんと共に初めてのなんでも屋に挑戦しようとしていました。私と致しましては三人で分かれる事こそ最も効率が良いとは思っていたのですが、ルウィアさんも私も別々の意味で狙われる種族という事もあり一緒に行動する事になった訳です。


「ソーゴさんは土砂入れを買った材木屋に行くんでしたっけ……?」

「そのようでしたね。ですので、残るは塩を購入したお店でしょうか。」

「……え? お肉を買ったお店も……。」

「では、塩を購入したお店に向かいましょう。」

「……はい。」


 ルウィアさんが何か仰っていた気も致しますが……気の所為でしょうね。まさか、”もう一つの店”を選択肢として提示する理由も無いですし。それにしても、せっかくですし稼いだ額でクロロさんに負けるなんて事は避けたいですね。こちらの方が年長者な訳ですし、子供には手本を見せるのが大人としてあるべき姿だと私は思います。


 そんなやる気を滾らせながら私達は昨日訪れた香草屋の戸を叩きます。そして、ルウィアさんが両開きの戸を開けると、中からは芳醇な香草の香りが溢れ出してきました。この匂いが苦手な方は目に染みたりするそうですが、幸い私はその様な体質ではございません。当然、それはここの獣人種である女性の店主も同じなのでしょう。


「いらっしゃい。おや、今日はあの竜人種のあんちゃんはいないのかい。」

「えぇ、それに、今日は客としてではなくですね。私達も商人として伺いに参ったのです。」

「商人……? あんた達がかい?」

「そうなんです。ですが、安心して下さい。私達は決して怪しい物を売りつけようだなんて魂胆はございませんよ。何せ買うものは貴方が決めるのですから。」

「まるでアタシがあんた達から何かを買う事が決まってるみたいな言い草だね。」


 流石商人ですね。彼女は理不尽な私の言葉に少し警戒を強めているようです。ですが、それは全く意味の無い心構えと言えましょう。寧ろ悪手とも言えます。何故なら、警戒を強めた後で肩透かしな提案をされれば必要以上に警戒を解いてしまう場合が多いからです。


「それこそ自由です。お客様、私達は単なる便利屋でございます。なんだってするのですよ。対価に合う仕事なら……なんでも、即ち、なんでも屋です。」

「なんでも屋ぁ~?」

「そうです。私達が持っている資本、この身体一つを使って貴方の望みを叶えましょう。」

「……。」


 この睨み合いはつまり、もう間もなく決着が着くという事を意味しています。何故なら、人は敵に近寄られた場合、手に槍だろうと盾だろうと何かを持っていれば間違いなく構えるものなのですから。


「…………なら、やってもらおうかねぇ。」


*****


「ふぅ……エカゴット……多い……ですね……。」

「本当に……私としたことが……想定外でした……。」


 店主のおば様から頼まれた仕事はエカゴット小屋の掃除でした。魔法を使えば手間など掛からず……なんてことはありません。簡単な掃除ではなく、徹底的にと依頼されてしまいましたからね。その上、出来によっては2万ラブラくらいは払っても良いと仰られていました。二万なんて、一日の仕事ではそうそう手に入る額では無いと思います。


 なので、なんて、運が良いのかと……。


「こちらは、大体綺麗になりましたよ……。」

「えっと……こっちのエカゴットも落ち着いたようです。」


 まずは寝床用の干し草を退かし、餌箱の中の骨を捨てます。そして、エカゴットを他の区画に連れていき、空になった区画を思う存分掃除するという手順です。しかし、こびり付いた古い糞は並大抵の力では剥がれませんが、私の風魔法に掛かればお手の物です。砂利さえあれば風魔法で床を研磨出来ますからね。


「あの……この贄板にえいたはもう取り替えた方がいいかもしれませんね。」

「そのぶ厚いボロボロの木板は何のためにあるのですか?」

「えっと……これは、エカゴットが爪や牙を研いだりする為に使うものです。よく走ったりして運動させているエカゴットは大丈夫なんですけど、ずっと部屋に閉じ込められているエカゴットはこうして贄板にえいたを与えてやらないと部屋の壁や餌籠をボロボロにしてしまうんです。」

「なるほど……それで”贄”板ですか……。」


 ウナも恐ろしいですが、エカゴットも中々に恐ろしいベスですね……。愛好家を名乗る方々は一体何を考えているやら……。


「では引き続きエカゴットの世話や、その贄板の交換等、専門的なお仕事はルウィアさんにお任せして宜しいですか? 私は少し休憩します……魔力を使いすぎました……。」

「ど、どうぞ……!」


 無機物は私の風魔法でどうにかなるのですが、エカゴットの世話となるとそうはいきません。今回はルウィアさんがエカゴットの知識があったおかげで助かりましたが、一人ではどうにもなりませんでしたね……。いえ、それよりも……ウナでなかった事を喜ぶべきでしょうか。とは言ってもウナの世話を頼まれた所で全力でお断りさせていただくまでですけどね。


「おやまぁ、中々綺麗になってるじゃないかい。助かるよ。やろうやろうとは思っても身体が言うことを聞かなくてね。困ってたんだよ。」


 どうやらおば様が様子を見にいらしたようです。ルウィアさんはエカゴットを落ち着かせる為に小さいブラシでエカゴットの背中を擦りながら会釈をしています。私も座ったままでは失礼なので、近くに飛んでいくとしましょう。


「ここまでしっかりやってくれるとは思わなかったよ。これなら二万二千ラブラくらいあげてもいいかもしれないねえ。」

「二万二千!? ありがたい限りです!」


 頑張った甲斐がありました! これこそ魔法の正しい使い方ですよ! こんな短時間で二万二千ラブラなんてなんと太っ腹な方なんでしょう。


「あぁ、まだここだけは終わってないんだね。ここが一番大変だろうから頑張んな。ここを終わらせないと報酬は一ラブラも渡せないよ。」

「大変なのですか?」


 おば様が大変と語るその区画では、一際大きなエカゴットが一匹喉を鳴らしてこちらを見つめていました。そのエカゴットは肌の色も特徴的な赤茶色をしていて、他のエカゴットとは少し違う雰囲気を醸し出しています。


「こいつはとんでもないじゃじゃ馬でねぇ。身体は立派なんだけど、誰にも懐かないんだよ。だからもう食っちまおうとしたんだけどさ、どうしようもないくらい暴れるもんだから仕入屋も匙を投げちまったのさ。その上、飯をやらなくても暴れて他のエカゴットを引っかく噛み付く蹴り飛ばす……。ここに住んじゃいるけど、野良のベスと変わりないよ。」

「それって今回の依頼の最重要情報なのでは……?」

「そうかい? それでもここを掃除しないと報酬は出せないんだ。つまりは一緒だろう?」


 この街にマトモなおば様はいらっしゃらないのでしょうか……。何故こうも人の善意を利用する様な……いえいえ、そんな悪態を吐いた所で状況は何一つ変わりません! やってやりましょう!


「そいつは急に暴れだしたりするから気をつけるんだよ。」


 そう言ってまた店の方へ戻ってしまうおば様。正に丸投げといった感じですね。ですが、二万ラブラの為です!


「勿論気をつけますとも! ね! ルウィアさん!」

「……はい?」

「……そうですよ! 気をつけて下さい!」

「……え? ぼ、ぼぼ、僕がですかぁ!?」

「そうですよ。先程お願いしたでしょう。エカゴットの世話は頼みましたと。ルウィアさんがあのエカゴットを外に出してくだされば、私がその隙にあの区画を掃除致しましょう!」


 なんという完璧な作戦! 得手不得手をよく理解して練られた作戦である事が、説明するまでもなく感じ取れますね!


「む、無理ですよぉ!」

「出来ます! ルウィアさんなら! こういう経験をして一人前の商人になるのですよ! それにあのエカゴットより怖い竜人種なんてごまんといます! なのにエカゴット如きで躓いて商会等作れるでしょうか!」

「そ、それはそうですけど……。」


 私の激に応えるようにエカゴットと見つめ合うルウィアさん。その後、何故か他のエカゴットの方もチラチラと見ていますね。一体何を……。


「あれ……?」

「ルウィアさん? どうかしました?」

「……この子、多分ですけど、大丈夫だと思いますよ。」

「大丈夫とは……。」


 私の質問を聞いてか聞かずか、ルウィアさんは木製の柵を開けて、例のエカゴットのいる部屋にゆっくりと入っていきました。あのエカゴットの顔を見て何か感じ取ったのでしょうかね……。ルウィアさんはそのままエカゴットに近づき優しく背中を撫でまわします。しかし、エカゴットは微動だに致しません。


「大丈夫……ですね。さぁ、こっちへおいで……。」


 なんと、ルウィアさんはいとも容易くエカゴットを誘導して他の区画に移してしまったのです。拍子抜けですね。これではなすり……いえ、ぇー……作戦の立て方が上手かったのですから当然と言える結果でしょう。とにかく! ルウィアさんは自分のすべき事をこなしたのですから私も自分の仕事をしませんとね!


 まずは干し草と食べ滓の骨を風で全て退けましょう。そして、私は小粒の砂利を風で巻き込み回転させながら床に押し当てます。巻き上がる砂や塵も私に掛かれば研磨剤なのです。床を磨き終われば柱や壁、梁等も傷が付かない程度の強さで磨いていきましょう。隅や細かい所の掃除こそ、私の様な妖精族には向いていると言えますね。もう既にここ以外を掃除した経験のおかげで手慣れたものです。……こんなものですかね……ふぅ……魔力を使いすぎてへとへとですよ。ルウィアさんを呼んであのエカゴットをここに戻していただきますか。


「ルウィアさん。部屋の掃除が終わったので、もう部屋に戻して大丈夫ですよ。後は新しい干し草を入れて贄板を取り替えるだけです。」

「わかりました……! だって、ほら、おいで……!」


 変わらずルウィアさんに大人しく従う赤茶色のエカゴット。本当にじゃじゃ馬なんですかね? 暴れないならそれに越したことはないんですけど……。


 戻っていただけたら急いで贄板を取り替え、新しい干し草を置き、外からカンヌキをしっかりと掛けます。これで一安心ですね。部屋に戻されたエカゴットは綺麗になった部屋を見て、何やら各所の匂いを嗅いでいるようです。見違える様に綺麗になり、感動しているんでしょうか。なんて思った瞬間でした。そのエカゴットが吠え始めたのは。


「な、なんです?」

「わ、わかりません! さっきまでは凄く大人しかったのに……!」


 耳を刺激する声が治まったかと思えば、扉の向こう側にいるルウィアさんを睨みつけるエカゴット。その直後、勢いをつけてその太い足で扉を蹴り破ってしまいました。


「うわあっ!!!」


 あの鋭い鉤爪の生えた太い脚で蹴られてしまえば死んでしまっても不思議ではありません。私はてっきりルウィアさんに怒っているのかと思っていたのです。ですが、そのエカゴットの目にルウィアさんは全く映っていませんでした。一直線に出口へ向かい始めたのです。その挙動を感じ取ったのか、ルウィアさんは焦って止めようとエカゴットに手を伸ばします。エカゴットは身体を横にずらして避けようとしますが、ルウィアさんの手のひらが丁度良くエカゴットの胸に接触! それでも、その程度の抵抗では減速もしないエカゴット。ルウィアさんは意地だったのでしょうか。それとも、責任感からきた行動だったのでしょうか。彼はその引っかかった片腕を引き寄せ綺麗にエカゴットの背に乗ってしまったのです。


「うわああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁァァァァァァァァァァァ……………………。」


 段階も無く縮んでいく彼の声。私は放心状態となり一言も発する事が出来ませんでした。彼は一瞬でエカゴットに連れ去られてしまったのです。

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