第64頁目 服に求めるのはでデザイン?機能?それとも?

「……。」


 俺等の引き車を停めた建物に似ている馬鹿でかいガレージの隅、カウンターでは無愛想な岩殻がんかく族が葉巻を吹かしつつ帳簿に何か記入している。ここは木材屋だ。ガレージの中には幾つかの種類の原木が積まれてあり、壁際には縄で縛られた薪の束が積み上げられている。


「えっと、幾つ買います?」

「そうですね。今後の旅路に備えて少し多めに購入しましょうか。」


 そんなやり取りをするルウィアとマレフィムを無視して俺は強面のおっちゃんに話しかける。


「おっちゃん!」

「……なんだ。」

「あの端材って売り物?」

「……あぁ。」

「良かった。ま……アメリ!」

「はい?」

「おっちゃん、これ量り売り?」

「……あぁ。」


 こいつ接客する気あんのか? まぁ、暴言吐かれるよりはいいけどさ。とりあえずこのカウンター横に重ねてあるバケツっぽいのも買ってもらおう。


「アメリ、これ買ってくれ。今後使う事もあるだろうし。」

「あぁ、鍋を見つけてくれたんですね。」

「え? これって鍋なのか?」

「そうですよ。ドミヨンさんが似た物を使っていたではないですか。」

「……それは土砂入れ……一般的に塵やゴミを入れる為に使う奴が多い。」


 俺も一瞬信じかけてしまったが……鍋じゃなかったか。これはどう擁護してやろうか。


「……旅人の中にはこれを鍋として使う奴もいる。」


 ナイスだおっちゃん! 接客がわかってるな!


「……お幾らですか?」

「……ぁー……支払いは頼んだ。俺はこれ持ってくから。」


 俺は接客のプロであると見込んだおっちゃんにマレフィムを任せて、土砂入れを一つ持つ。そして、薪が積まれている側の端材が山の様に盛られている場所へ向かった。


「そ、その土砂入れ、買ったんですか?」

「あぁ。これにっと……。」

「……な、何してるんです?」

「何って見ての通り端材を詰め込んでるんだよ。」

「ま、まさかそれを燃やす気ですか? た、端材は木の種類もバラバラですし、何より湿気ってて火が着きませんよ!」

「大丈夫。俺に考えがあるんだ。」


 にやりとキメ顔を作る俺。そうだ。ルウィアもこういう顔が出来るようにならなきゃ駄目なんだぜぇ?


「(……私に頼る気でしょ。)」


 くーきよんでほしーなー。そーだけどさー。あたってんだけどさー。


 ……。


「(……もしかして……駄目だったか?)」

「(……べっつにー? ただ行動する前に一言聞くべきなんじゃないかなーって?)」

「(それはほらぁ、俺はミィの事信用してるからさーぁ?)」

「(もう……調子だけはいいよねぇ。)」


 でも本当に信用してるから言わなかっただけなんだよ。信じてくれ。


「……お金、払ってきましたよ。」

「ア、アメリさん。ソーゴさんが考えがあるって土砂入れに端材を入れ始めて……。」

「……ルウィアさんは”ソレ”を土砂入れだとご存知で……?」

「え、えぇ。父さんや母さんもよく使っていたので……どうかしたんですか……?」

「いえ……なんでもありません。」


 ここはマレフィムの名誉の為にも黙って置こう。多分今後も勝手に自爆するだろうし……それまでは。まぁ、あの土砂入れは前世の一般的なバケツと同じように半円の取っ手が付いているからバケツに思えただけなのだ。それに加えて大鍋に付いている様な線対称の取っ手が二つ、つまり合計で三つ取っ手が付いている。そのどちらに焦点を当ててみるかで初見の印象は異なる物だとは思う。


「(ミィさんにその端材から水分を抜いてもらうおつもりですか?)」


 俺が土砂入れに限界まで端材を詰め込んだ所で、マレフィムさえ俺の思惑を当ててくる。やっぱりミィって存在を知ってると誰でも浮かぶ手か……。


「(その通りだよ。ミィも協力してくれるってさ。)」


 俺は重くなった土砂入れを持って再度おっちゃんの所に戻る。マレフィムはまた先程の失態を思い出しているのか少し顔が赤い。


「……そこに乗せろ。」


 俺はおっちゃんが指示したカウンター横の台みたいなはかりに土砂入れの中身をぶちまけた。


「……880ラブラだ。」


 やっぱり安いな。おっちゃんの接客も丁寧だし。今後の働きに期待して星五つってとこだな。そんでもって次は……。



*****


 俺達はどんどん暗くなっていく空に急かされながら、スパイス屋みたいな場所に来ていた。勿論目的は塩である。


「いらっしゃい。でも、そろそろ閉店だから買うなら早くしておくれよ。」


 ……馬かな? でもなんか生意気な顔してるな……まつ毛めっちゃ長いし……あれか。 アルパカ? そんなマイナーな動物なんているか……?


「塩下さい! 一キログラムくらい!」

「はいはい、塩ね。」


 このデミ化してるけど何処か憎たらしい顔をしてるおばちゃんは何の獣人種なんだろう。気になる……。そんな事を思われてるだなんて微塵も考えていないおばちゃんは、分厚い袋に入った大量の塩から一キログラム分を量りつつ小袋に入れて渡してくれた。


「一キログラムだから1900ラブラだね。」


 たっけぇ……けど、一キログラムなんてそう簡単に使いきれる量でもないし、そう考えたら肉の方がよっぽど高いか。


「まいど。」


 おばちゃんのあからさまである『はよ帰れ。』とでも言いたげな態度に、少し気分を悪くしながら店を後にする俺達。おっちゃんはともかく、この世界の店はどいつも”おもてなしの心”がわかってない奴が多すぎるんじゃないか? あんな接客態度の店なんて日本だったらすぐに炎上しちまうよ。……まぁ、この世界にネットなんてものないんだけどさ。


「だ、大分遅くなってしまいましたね。」


 ルウィアの言う通り、空はもう完全に暗くなっている。道を照らすのは相変わらず仕組みのわからない街灯のみ。それでも、ここはオクルスより街灯の数が少ないので、夜闇はより重々しいのだ。しかし、それを横から薙ぐ光がある。それはビルから差し込まれた室内灯だ。窓に封をしてある木の隙間から漏れる幾つもの光の線。それが道に横たわる光景は決して悪いものではない。


「急ごうぜ! 腹減っちまった。」

「ソーゴさんは常にでしょう。」

「そうだけどよ。程度ってもんがあんの。おっと。」


 急に前を歩いていたルウィアが立ち止まり、ぶつかりそうになる。


「どうした? ……服飾屋?」

「……わ、忘れてました! アメリさんの服を買わないと!」


 目の前で煌びやかな光を漏らす服飾屋を見て、そんな事言い始めるルウィア。しかし、マレフィムの服はこの前購入したばかりだ。何故更に服を購入する必要があるんだ?


「ルウィアさん。私の服は確かに少ないですが、それでも旅をするには充分な量です。」

「えっと、アメリさんは防寒具をお持ちですか?」

「防寒具? いえ、防寒具は流石に持っていないですね。確かに、もうそろそろ肌寒い季節にはなりそうだと思いますけど……あぁ、これから向かう先には妖精族の服が売っている店が少ないという事ですね!」

「そ、それもそうですけど……僕達が向かう村はとても寒い雪山の上にあるんです! 生半可な装備ではとても……!」

「なんだって!?」


 俺の小さくも確かなトラウマが蘇る。大雪、それは俺から瞬く間に感情を奪っていく化け物だ。やる気をぎ、意識をぎ、体力をぎ、体温をぐ。そういえば巣穴を出てから冬を経験していなかった。しかし、何処にいようと奴は来るのだ!


「え、えぇ? なんでソーゴさんが……やっぱりアメリさんが心配――。」

「俺も寒いのは駄目なんだ! 体が冷えてくるとなんか眠くなるんだよ!!」

「(これは私も擁護できない。)」


 事実なんだから仕方ないだろ! 勝手に失望してんじゃねえよ、ミィ!


「ぁ……アメリさんの事が心配な訳ではないんですね……。それにしても……眠くなるんですか? その、竜人種なら発熱器官があるので食べ物さえあれば寒さなんて問題無いはずなんですけど……。」

「発熱? 確かに、飯を食えば温かくはなるな。」

「た、多分それです。」

「そんなのどいつだって一緒だろ。なぁ、アメリ。」

「私も知識としてしか知りませんが、他の生き物より顕著に発熱するそうですよ。ただ……お腹が満たされていれば……ですけどね……。」


 その言葉で事情は大体わかった。精神肥大症だっけ。それ、竜人種と相性悪過ぎない?


「な、何かあるんです?」

「いえ、ソーゴさんは事情があってその発熱器官が上手く作用しないのです。ですから彼の分も防寒具を購入致しましょう。」

「そ、そうだったんですね……。わかりました。その、とりあえずお店に入ってみましょう。まだ開店中みたいですし。」


 ルウィアは話の流れを変えるように店の扉を開ける。それに釣られて静かに鳴くドアチャイム。


「いらっしゃい。」


 掠れた女性の声。しかし、その主は見当たらない。店内は所狭しと置いてある丸められた木紙が並べてある。服飾屋なんだよな……? そんな疑問に答えようとしてくれているのか、コトッ、コトッと床を何かで突く音が近付いている。


「おや、”真の”竜人種様がこんな辺境にとはね。珍しい。」


 腰が曲がり、杖を突きながら歩く萎びたトカゲのお婆さんのお出ましだ。目は開いているのかわからないくらいに細く、鱗も何処か年季の入った古めかしさを感じる。


「しかも、亜竜人種の下男なんて連れてるのかい。趣味の良いこったよ。」

「い、いえ。僕達は友人……です。」


 今度はルウィアが弁明する。さっきは俺が言ってもなんか変な風に解釈されたしな。しかし、それが意外だったのか、その老婆は細い目を少しだけ見開いてまた元の表情に戻った。


「……ふん。どうだかね。……それで。何が欲しいんだい。」

「これから『マーテルム』にある村へ向かうんです。」

「……おたくは自虐趣味でもあるのかい。」

「い、いえ! 『マーテルム』と言っても東側にある小さな村ですよ。」


 また知らない地名が出てきたな。……地名でいいんだよな?


「何処に死にに行こうと勝手だがね。わたしゃお金さえあれば出来る事をするよ。」

「で、ですから死にたくないので、このお二人の防寒具を作っていただきたいのです。」

「この二人ぃ……? 妖精族の嬢ちゃんならともかく、そっちの旦那は竜人種だろう。ここより肉屋にでも行った方がよっぽど安上がりだよ。」

「こ、この人は事情があるらしくて……防寒具が必要……。」


 どんどん尻すぼみになっていくルウィアの語気。確かにその婆さんの何処から出てるのかわからない眼光は中々の迫力だよな。俺もちょっとぶるったわ。でも、多分だけどこの婆さんは悪人じゃない。ただ、偏屈なだけだと思う。じゃなきゃ、安上がりだからって肉屋を勧めるなんて事しないよな? 俺なら出来る限り吹っかけて搾り取るね。別に俺は悪人じゃないけど。


「婆さん。あんまりルウィアを苛めないでくれ。気が弱いんだよ。」

「そのようだね。」

「お金なら私が払います。お願いですから作っては頂けないでしょうか。」

「別に、わたしゃ肉屋の方が安上がりだと言っただけだかんね。金を払うなら出来る事はやるって言ったろ。ほれ、こっちきな。」


 婆さんは手招きしてアメリを木の作業台へ誘う。


「じっとしてな。」

「え? あの……。」


 片眼鏡の様な物を装着した婆さんは、戸惑うマレフィムに紐をあてがい長さを合わせては紐を切る。それは、皺々の手で行われているとは思えない洗練された職人の手付きだった。


「ただの採寸さね。ここにゃ既存の品なんて殆どありゃあしないよ。その上、妖精族となると尚更だね。」


 そう言って後ろから小さいパーテーションの様な物を取り出し、作業台の上に乗せる。そのせいで、こっちからはパーテーションに隠れてマレフィムが完全見えなくなってしまった。服でも脱がせてんのかな。


「覗くんじゃないよ。次はあんただからね。」

「俺? でも、俺可変種だし、ただの布だろ?」

「馬鹿言ってんじゃないよ。それなら適当な布でも持っていくかい? わたしゃそれでも構わんがね。」

「そ、ソーゴさん。その、可変種の服だってしっかり一つ一つ違うんですよ。僕のこれもほら、と、特注品です。」


 そう言って手を広げてアピールするが、何が特注なのか全く持ってわからない。頑張ってただの布と違う点を探そうと目を凝らすが……。


「ほらって何がだ……? この端がしっかり縫われてるとこ?」

「そ、そこもそうですけど、ここ、触ってみてください。」


 触ってって……ただの一枚布だろ……? 暗器でも隠してあるとかか?


「なんだこれ? 湿ってる?」

「そ、そうです! そうなんですよ! 僕は乾燥に弱いので、沢山水を含んでくれる服を着ているんです。」

「へぇ。種族にあった布……なるほどなぁ。」


 ルウィアって、ミィがその気になれば一瞬で殺されそうだな。とは口が裂けても言えない。


「布ってのはね。多くても少なくても駄目なんだよ。旦那は興味なんてないかもしれないけどね。こんな世の中それだけで幸せの量ってのは変わるもんさ。」


 多くても少なくても……か。なんか婆さんの言う事だけあって深い言葉に聞こえるな。


「にしてもあんた等、金なら払うだなんて気前が良い事言ってるけどよ。本当に大丈夫かい。10万ラブラはするよ。」

「…………え?」


 その小さい疑問の声は婆さんの手元から聞こえた。即ち、マレフィムの声だ。


「わたしゃかれこれ千年と少しは生きてるけどね。生憎、手の抜き方ってモンは学べなかったんだ。本当なら15万は貰うとこだけど、旦那は亜竜人種をしいたげるような馬鹿じゃないみたいだからね。サービスだよ。ちなみに採寸はもう始めちまった。これも仕事の一つ。もうキャンセルは受け付けないよ。」


 15……? 10…………? 万…………………………?


 は?

 

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