第65頁目 はじめてのりょうりをおぼえてる?
唐突にトンデモな金額を要求してくる服屋のババァ。しかし、俺は断じて払う気など無い。理由は言うまでもなく、買うと決めてない上に商品も存在していないからだ。それなのに金を払う馬鹿が何処にいる。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ!」
「わたしゃ待つのは嫌いなんだよ。」
「ふざけんな!」
「はて、わたしゃ全くふざけてなんかないんだけどねぇ。」
「まだ何も作っちゃいねえだろうが!」
「……あんだって?」
うぐっ……なんでこのババアそんな細い目でこっちを睨めるんだよ……。睨んでるってわかんねえのに気迫で睨んでいる事がわかる。
「旦那、これがまだ採寸してるだけだって思うかい? わたしの仕事は物作りなんだ。物を作るってのはいつ始まると思う?」
「いつ? そんなの実際に物を作り始めた――。」
「しょの通り! 実際に作品を作り始めた……! つまり、頭の中で作品を考え始めた時から物作りってのは始まってんのさ……! つまりわたしゃもう旦那の為に働き始めているってこと。わかったかい。」
「そ、そんな! 横暴過ぎるだろ!」
「……ほら、嬢ちゃんの採寸は終わりだよ。」
そんな馬鹿みたいな屁理屈が通る訳ない。こんなのただの詐欺師じゃねえか! 出来てもいない物にとんでもない値段を突きつけられても、こっちに払う義務がない。このババアもしかしなくてもいかれてるんじゃないのか?
「そんな目でこんなにか弱い婆さんを睨みつけるだなんて、旦那、良い趣味してるよ。ほれ、座りな。」
「測らなくていい! そんな大金なんか払わねえよ!」
「それなら自警団に突き出すまでさ。」
「はぁ? 詐欺師紛いな商売してるお前が捕まるだけだろうが!」
「旦那はこの店に入った時点で契約してんのさ。わたしとの契約にね。しっかりと店の前に書いてあるよ。なんなら張りのあるその眼で見てきたらどうだい。」
「んなばかな!」
煽りに乗った俺は急いで店を出る。夜闇のせいでよく見えないが、顔を近づけてよく目を凝らすと店の入り口には確かに長文の刻まれた看板が取り付けてあった。
『ミザリーの仕立て屋 この店は商品の絶対なる質の高さを保障する代わりに、キャンセルが不可である事、価格は店主が取り決める事の二つを入店により同意したとみなします。守れなかった客は自警団に突き出すよ。 ミザリー。』
「な、なんだよこれ……。」
「ちゃんと読んでない旦那の落ち度さね。自警団には過去に何度も馬鹿な客を突き出した事がある。旦那もその1人になるかい。」
店の入り口から店内の光を背にこちらを見下す婆さん。
「ほれ、さっさと中へ入り。」
今、出来る事と言えば……。一つ、全力で逃げる事。これはルウィアを見捨てる事になる。母さんの故郷がわからなくなるし、できればしたくない。二つ、婆さんを始末する事。憎たらしい奴だが殺す程でもない。それに騒ぎを起こしたら結局ルウィアを見捨てる事になるから結局駄目だ。それ以外は……? ちくしょう! 思いつかない!
「くそっ……。」
「ソーゴさん……。」
ルウィアが心配そうな声を漏らす中、俺は為す術もなくミザリーの仕立て屋に戻った。しかし、やはりどうにかしてこの店からは逃げたい。
「本当にマーテルムに行くならそんなに嫌がる程悪い話でもないよ。金が全く無い訳じゃないんだろ?」
「ま、まぁ、10万ラブラなら払えなくはないです……しかし……。」
「完成は……大体二日後くらいになるだろうねぇ。わたしゃ別にぼったくる気はないんだ。でも、雪山は有り合わせで凌がせてくれる程優しくないよ。ほら、鞄取りな。」
「……。」
この婆さんは悪人じゃないなんて最初は思ったけど、今では俺にとって紛れも無い悪人だ。しかし、対抗手段が浮かばない! こうしてる間にも俺はどんどん採寸されていってしまう! ババアの言う仕事が進んでしまうのだ!
「ソーゴさん。」
そう俺を呼びかけるのは服を着直したマレフィムだった。こんな単純な詐欺に引っかかってしまって落ち込んでいるのだろう。
「この際、
「……は?」
「彼女の仕事ぶりはとても丁寧です。人を騙すような契約のやり方はどうかと思いますが……それでも、仕事が雑とは微塵も思わない採寸の丁寧さでした。」
「採寸の丁寧さって……それで何がわかるんだよ……。」
「お婆さん。お支払いは……。」
「完成してからだよ。わたしゃ無い物に金を払うのはおかしいって意見にゃ賛成なんだ。10~15万って言うのはこの時点じゃただの
ニカッと黄ばんだ牙を見せてこちらを挑発するような表情をつくるミザリー。とんだ食わせもんに出会っちまったな……。でも、これも一つの誇りって奴なのかもしれない。マレフィムが払うなんて言い出すもんだから毒気を抜かれちまった。
「二日ですね。では、それまではこの街に滞在しましょう。」
「……まぁ……アメリがそう言うなら。」
「ぼ、僕も防寒具を揃えるのは大事だと思うので……!」
「いい判断だよ。わたしゃ確かに強引な商売をしてるかもしれない。それなのに、なんで自警団がワタシに協力してくれると思う……?」
確かに。こんなに悪徳な商売のやり方に協力する自警団なんておかしい。街ぐるみで詐欺をするには規模が小さいし……。ちゃんとそれなりの出来を仕上げるって事なのか? だから自警団も協力を……。
「それは……………………自警団の奴等なんてみーんなガキの頃から見てきてるからね! アイツ等の恥ずかしい秘密を沢山知ってるのさ! あっはっはっはっはっは!!!!」
とんでもねえババアだ!!!! こいつとんでもねえババアだよ!!!!!! こんな奴微塵だって信用しちゃ駄目だ!!!!!
「……ふぅ。こんなもんかね。それじゃあ二日後には完成するだろうから。そん時にまた改めて値段を教えるよ。」
「よろしくお願いします。」
「もし15万払えなんて言われても払わねえからな!」
「それなら自警団に渡す花でも選んでおきな。」
「ちくしょう! 覚えてろよ!」
俺は冷静になれないまま、これまでにない情けなさ溢れる台詞を吐いて店を出る。
「ま、待って下さい!」
「く……ソーゴさん! すいません。二日後にまたお邪魔するので!」
「……あぁ。また来な。後、これ、旦那に渡しとくれ。」
なんて奴だ! 金の亡者め! マレフィムもマレフィムだ! あんなババアに数十万も金を持ってかれてたまるかっての!
「ソーゴ……ソーゴさん! 待って下さい!」
荷物を持ったルウィアがヒイヒイ言いながら俺の後を追いかけてくる。だが今の俺は機嫌が悪い。
「なんだよ。」
「ど、何処に行くつもりなんですか。」
「何処って引き車の所に決まってるだろ。」
「こ、こっちは逆方面ですよ!」
「……え?」
「(クロロ、ごめん。私も気付かなかった……。)」
しまった。俺としたことが、冷静でない余り道を間違えていたらしい。
「ソーゴさん! どちらへ行っているのですか。」
今度は奥からマレフィムが飛んでくる。だが、マレフィムは自身の身体に不釣合いな大きさの二つ折りにされた木紙を持っていた。
「アメリ? なんだその紙。」
「これ、あのお婆さんから渡すようにって……。」
「あのババアから?」
俺はとりあえずその木紙を受け取るとそれを広げてみる。中には短い文が一つ。
『旦那の鞄は預かったよ。二日後には返すから安心しな。ミザリー』
追い打ちをかけてくる怒りに頭の中で何かが千切れかける様な感覚がする。
「あのババアーッ!」
「ア、アニーさんから頂いた鞄が……。」
「えっと、い、今すぐ返して貰いましょう……! それか自警団に……!」
「い、いえ。それは恐らく無駄です。」
「ならいっそ店をぶっ潰すか!?」
「落ち着いて下さい! ソーゴさん。私だってアニーさんの鞄を取られてしまったのは心配ですが、しっかりと持っていなかった貴方も悪いのですよ!?」
「なんだと!? 盗る奴が居なかったら良いだけの話だろうが!」
「そうですが……! とにかく、今日はガレージに戻りましょう。返すという手紙だって受け取ったのですから……。」
そう自分に言い聞かすように零し、唇を噛むマレフィム。アニーさんの鞄を盗られて悔しいのは俺よりきっとこいつの方だ。そんなマレフィムが今は耐えて帰ろうと言っている。その選択にどういった思惑があるのか俺には全く理解できないが、それでも俺の怒りはマレフィムを見てまた少し薄れてしまう。
「(行かないの?)」
「(行きてえけど……マレフィムが戻るって言ってるしよ……。)」
「(そんなの関係ないよ!)」
「(関係ないけど……関係あんだよ。でも……もし二日後に鞄が帰ってこなかったらあのババアは殺す。)」
「(……わかった。)」
俺は自分の決断を察してくれる事を願い、ガレージがあると思われる方向に歩き出す。
「……ルウィア。重いだろ。土砂入れ俺の背中に乗せろよ。」
「え? は、はい。」
「アメリ、行くぞ。飯、食おうぜ。」
「……はい。」
少しテンションの下がった俺達は、そのまま静かに引き車の元へ帰るのだった。
*****
「はーい! ソーゴさんのー! お料理ターイム!」
「そ、ソーゴさん。料理出来るんですね。」
「……。」
俺達は夜、ガレージ近くの空き地に買った物を持って集まっていた。マレフィムはまだ少し元気が無く、地面に刺した松明の麓で体育座りをしている。ここはもう俺が料理で盛り上げるしかないだろ。多分必要以上に落ち込んでるのは空腹のせいだ。……いくぜ!
「ルウィア。手頃な大きさの石は集まったか?」
「えっと……はい。これくらいで大丈夫ですか?」
「おう、いいだろう。んじゃ次はこいつに水を入れてきてくれ。」
「わ、わかりました。」
これから作るのは
「持ってきました……!」
「早いな!」
「その、そこに、井戸があるので。」
「なるほど。んじゃあこの土と混ぜるぞ。」
「は、はい。」
俺は予め用意をしていた土に水を適量混ぜて泥を作った。そして、それを使って不安定な石を補強し、隙間を塞いでいく。……土砂入れが乗っけられて、風を防げる壁さえあればいいんだよな? なんだか泥遊びみたいで楽しいな。
「
「ん? そうそう。」
「えっと……それだと多分空気が通り抜けないので、後ろ側に小さい穴を作らないといけないかもしれません……。」
「え? 空気が通り抜ける? そしたら火が消え……。」
あぁ、なるほど! 酸素を供給しないと火は成長しないもんな! なんか悔しいけど確かに言う通りだ。
「おーおーおー。そうだよな。ならルウィア、そっちにいい感じで穴を開けてくれ。」
「は、はい。」
「(ミィ、水分調整たのんだぞ。いい感じの所は全部乾かしてくれ。吸った水は適当なとこに持っててくれると助かる。)」
「(わかった。けど……マレフィムはあのままでいいの?)」
「(自分で選択はしたけど、それが本当に正しいのかわからなくなったんだろ。飯でも食えば元気になるよ。)」
「(だといいんだけど……。)」
ミィは俺の足元から小さい触手を伸ばして泥から水分を吸っていく。
「あ、あれ? なんだか……異様に乾くのが早いような……。」
「よくわかんねぇけどそういう土質なんだろ。」
「そういうものなんですかね……? ここなんてもう乾燥してヒビが……。」
「そういうもんだよ。……うし! こんなんでいいだろ! じゃあここに端材を入れよう。」
「あの……先程言った通り火はそう簡単につかないと思いますよ……?」
「まぁ見てろって。」
俺は薄汚い布袋に入っている木の端材を持つ。
「(ミィ。この端材から水分を抜いてくれ。抜いた水は地面の下にでも滲ませればいい。少しだけ離れたとこのな。)」
「(わかった。)」
別に水蒸気にして貰ってもいいんだが、それだと目立つしな。最初から湿気ってなんてなかったという事にしよう。俺は袋の口を開けて、今出来たばかりの
「あの……本当に大丈夫なんですか……?」
「(ミィ、頼んだぞ。)」
「(うん。)」
俺は大きめの端材を指で摘む。すると突如端材の先に火が灯った。
「し、
俺はニヤリと笑ってそれを竈に投げ込む。そして、一言。
「もう少し火を強く。」
まるで、その言葉を理解したとでも言いたげに少しだけ火が広がった。
「す、すごい! こんな繊細な
「もう一回言っていいか?」
「え? な、何をですか?」
俺は火の明かりがしっかりと顔に当たるようにし、もう一度良い声を意識して再度あの言葉を言う。
「はーい! ソーゴさんのー! お料理ターイム!!!」
開催だ!
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