第63頁目 料理にセンスを求める奴ほどヤバいの作るよね?

「あんた、竜人種の癖に妖精族の下女と亜竜人種の下男を連れてるなんて変わってるね。」

「いえ、友人ですよ。」

「友人? あぁ、そういう……だから虚石をね……。」


 ん? この羽根の生えたババァは何を考えてるんだ? 因みにここはタバコ屋である。なんでこんなとこに居るかと言うと、一番安く両替してくれるはずの銀行が既に閉まっていたからだ。この世界でもやはり銀行ってのは怠惰たいだなもんだな。その結果、近くのタバコ屋でダリルをラブラ……? に変えている訳である。


「あいよ。これでいいかい?」

「えぇ。問題ありません。ありがとうございます。」


 くちばしでパイプを咥えつつ無愛想な接客をするババァにマレフィムは丁寧に応対する。なんかオクルスの方が人当たりは良かったな。ここは皆俺をジロジロと見てくるし……やっぱり俺が竜人種だからかな。


「さて、それでは食事にしましょうか。」

「そうだな。」

「えっと……ご馳走になります。」


 金が増えた訳では無いからなぁ。なるべく節約する為に安い食事がいいけど、せっかく違う街に来たのでここの名産みたいなのも知りたい。お! 向かい側に肉屋がある!


「なぁ! あそこの肉屋見ようぜ! 別に飯屋じゃなくてもいいだろ? なんかこの街だとジロジロ見られるしよ。」

「ぼ、僕はなんでも……奢って頂く身なので……。」

「私も構いませんよ。」

「よっしゃあ!」


 その肉屋は熊っぽい獣人種の店主が呼び込みをかけており、店内には何かの手や足、胴体が縄で吊ってある。店の前まで来ると独特な臭いとチラつくハエの様な虫。だが、空腹の前ではそれも気にならない。


「お客さん! どうだい! どれも美味しいよ! 今日は新鮮なエカゴットが手に入ってるからね!」

「エカゴット!?」


 あれ!? エカゴットって馬枠じゃなかったのか? 馬って食わないだろ。っつかトカゲだし。肉ならなんでもいいけどちょっと驚いたな。


「その、タムタムではエカゴット料理とウナ料理が名物なんです。」

「う、ウナ料理ですか!?」

「え、えぇ。えっと、アメリさんは少し苦手かもしれないですね。」


 ウナ!? いや、アレ犬ぞ!? うーん……そういやどっかの国では犬も食べるって言ってたような……そう考えたら馬を食べるのだっておかしくないのか? ……いや、馬じゃなくてトカゲなんだけど。……おっ、奥の方には内臓が溜められてる木桶がある。あれ捨てちゃうのかな?


「すいません。あそこにある内蔵って捨てるんですか?」

「そんな勿体無い事しないよ。あれは飼料と和えてエカゴットの餌にするんだ。」

「え、でもあれってエカゴットの内臓じゃないんですか?」

「エカゴットだけのじゃないけど、今日のはエカゴットのが多いね。」


 肉食獣の肉って美味しくないんじゃないっけ……。俺は味なんてそこまで気にしないけどウナやエカゴットって美味しくないんじゃないかなぁ。


「もしかして内臓が欲しいのか? どれの内臓がいいとか希望がなければ売ってやる事も出来るけど……。」


 そう聞いてくる店主だが、後ろを見るとマレフィムもルウィアも余りいい顔をしていない。おそらく安値で買えるだろうけど、ここは空気を読もう。


「い、イロットの肉とかってないんですか?」

「勿論あるよ! 生と塩漬けどっちが欲しいんだ?」

「生のが欲しいです。」

「あいよ。どれくらい?」

「はい?」

「四キログラムでお願いします。」


 俺の代わりにマレフィムが答える。ちょっとした補足をすると勿論この世界の重さの単位はキログラムじゃない。俺がキログラムで訳しているだけだ。因みに長さも大体メートルで訳すからよろしく。


「はいはい! ちょっと待ってな! 希望の部位とかはあるかい?」


 ぶ、部位!? えっと、腿肉は肉汁が芳醇で凄く美味しい。だが、胸肉のあっさりした味わいもそれはそれで美味しい。ど、どっちにしようかな……どっちにしようかな……!


「胸と腿の二キログラムで!」

「了解!」


 元気良く返事をした店主は、作業台の横に差し込んであった”くの字”に曲がった鉈みたいな道具を取り出す。それを手慣れた手付きで振るい、奥に吊るしてあった俺くらいある肉の塊を、躊躇ちゅうちょ無く削いでいく。……え? それがイロットなのか? もっと小さいベスだと思ってたのにそんなに大きいの? 角狼族の村で食べてたから結構馴染み深かったんだけど……もう少し控えめなの期待してたなぁ……。


「うん。お客さん。これでいいかい?」


 量りの上には無造作に置かれたイロットの肉。針は四を少し過ぎている。


「多かった分はサービスだ。ついでにこれもおまけしよう。」


 店主が笑みを顔に浮かべながら振り返って棚の扉を開ける。そして、その中から赤黒い棒をとりだした。ぱっと見てサラミやソーセージの様に見えもするが……。


「それなんですか?」

「知らないのか? タムタム名物、血の腸詰めだよ。」

「血!? なんのですか!?」

「ここは、タムタムだ! ウナに決まってるだろう!」


 おぉ! 飯が増えた! って思ったけど振り返ってみたらマレフィムがとんでもない顔をしている。説明すると……その……とんでもない顔だ。でも、好意を無碍むげには出来ないよな。ここはありがたく頂戴しよう。


「ありがとうございます!」

「おう! これで2880ラブラだ!」

「アメリ、大丈夫だ。お前に食わせたりはしない。」

「頼まれたって食べませんよ。」

「ぼ、僕も出来れば遠慮したいです。」

「いいぜ、いいぜ。俺の取り分が増えるだけだからな!」


 アメリは表情を整えつつ料金を支払う。これと調味料が欲しいな。せめて塩くらいは買っておきたい。


「なんだ。お嬢ちゃんはウナが嫌いか? 確かに癖は強いけど滋養強壮に効くって奥さん達にゃ評判なんだがな! あっはっはっは!」

「は、はは。」


 下ネタと思われる店主のジョークに、笑いになりきれない愛想で返すマレフィム。噛み付く犬ならともかく死んだ犬の何が嫌なんだか。ましてやこれは只の血で、言葉としてしかウナとは聞いてないのにさ。


「んじゃほいっと。お兄さんが持ってくんだろ? それともあんたか?」


 店主は肉と腸詰めを別々の分厚い青葉で包み、荒く細い紐で縛って俺等に渡そうとする。俺は二足歩行より四足歩行をしたいからルウィアに持って欲しいな。


「ルウィア、持ってくれないか?」

「え、ぼ、僕ですか? わかりました。」

「毎度あり!」

「どーも!」


 とりあえず肉屋を背にして次の場所を探す。周りを見るともう店仕舞いをしている所もある。完全に日が落ちきる前に必要な物を揃えなくては。


「あと必要なのは、塩と薪だな。」

「(あと棒も必要じゃない?)」

「おっ、そうそう。棒も必要だな。」

「その棒とは以前魚を焼いた時に使用した棒でしょうか?」

「それだな。」

「もう少し文化的な食べ方がしたいですねぇ。」

「何言ってんだよ。これからは野宿なんてどんと来い! みたいな毎日が続くんだぜ?」


 あの広大な森に入ったら文化的な生活も何もないだろう。こいつもしかして無人島に流されたら飯の確保よりも『お風呂に入りたーい!』とか言い始める系女子なのか?

 

「そうです。ソーゴさん、アニーさんから頂いたレシピを見せて下さい。」

「別にいいけど食材が全くない状況で見ても意味なんてあるのか?」

「それを目で見て判断するのですよ。」


 俺はマレフィムに言われるがまま、アニーさんから貰ったバッグを漁ってアニーさんから託された木紙を取り出す。


「どれどれ?」

「私が読みます。お肉についての記述がございますね。……新鮮でないお肉は中までしっかり火を通しましょう。塩は食材の水分を抜いてしまいますので掛けるタイミングはしっかり考えましょう。スジは硬い部分は予め切っておくと噛み切り易くなるでしょう……。」

「なんかレシピっつうより……。」

「基本知識……のような感じですね。確かにありがたいのですが、これでは料理等……。」

「他にもあるからそっちも見てみよう。」


 俺は五枚程ある木紙を捲るが、パッと見た限りではどれも基本知識集だった。しかし、最後の一枚だけ少し毛色の違う内容に見える。


『レシピを書かなくてごめんなさい。でも、料理は甘味、塩味、酸味、辛味、苦味、旨味に食感と風味を掛け合わせた範囲でしか作れません。そこに正解は無く、食べてくれる人に合わせて試行錯誤するんです。一工程毎にしっかりと味見をすれば絶対に目指す味に近づいているか遠ざかっているかわかるはずです。料理道具は鍋があればそれで十分だと思います。人に教えるのは慣れてなくてこの様な伝え方になってしまった事を許して下さい。追伸、また会えた時は一緒にお料理がしたいです。アニー・ブリッツより。』


 それは、俺が読んでも”友人に送る手紙”の様に感じられるメモであった。


「アニー……さん……。」


 呟く様に”友人”の名を呼ぶマレフィム。そういえばいつだったか、妖精族の村では一人で文献を読みふけっている浮いた存在だったって言ってたもんな。俺はもう気の置けない仲だと思ってるけど、所謂いわゆる普通の友達みたいな関係というのは貴重な存在なのかもしれない。


「では……! 鍋を買いに行きましょう!」

「え? 鍋って、ま……アメリが使える大きさのなんか買って意味あるのか?」

「そんな妖精族用の料理道具なんて探すだけで一苦労ですよ。ですから、不変種用の大きさの鍋を買うのです。」

「は? そんなの買っても使えないだろ。まさか、俺が作るのか?」

「せっかくアニーさんにメモを頂いたのです! 私が作りますよ! 魔法を使って! ……偶には手伝って貰うかもしれませんけど……。」

「魔法か。まぁ、飯を駄目にされるくらいなら少しくらい手伝うさ。」


 そういうことか。マレフィムが使う風魔法のコントロールの上手さは身に染みる程知っている。普通なら火の横で風魔法を使うなんて心配の種でしかないが、多分マレフィムなら大丈夫かな。


「じゃあ買う物は塩と薪と鍋でいいか?」

「あ、あの……僕はとりあえず引き車に戻ってますね。」

「おいおい、一人はぐれてまた変な奴に絡まれたら大変だろ。すぐ買い終わるからもう少しだけ付き合ってくれ。」

「え、は、はい。」


 ずっとオドオドしている美少年のルウィア。親を失くして亜竜人種としてずっと苛められてきた事情はわかるが、どうにもこの態度にはなれないなぁ。性根は捻くれてないし、いざという時の根性も持ってると思ったんだけど……。


「ルウィアは亜竜人種ってだけで苛められて大変だよな。」

「ぼ、僕が弱そうだからですよ……亜竜人種でも強い人は返り討ちにしちゃいますから……。」

「ならお前もすればいいじゃん。人を殺せるくらいの毒があるんだろ?」

「あれは冷や汗みたいなモノで……出そうと思って出せるモノじゃないんです……。」

「え? じゃあやばいって思ったら気付けば出てるみたいな?」

「は、はい……普通は自分の意思で調節出来るらしいんですけど……僕にはまだ……。」


 うおおおい。洒落になんねえよ。ルウィアの側にいて、こいつが焦ったら致死性の毒が出てるとかやばすぎだろ。


「で、でも、ソーゴさんは鱗がありますからね……! よっぽどべったりついたり、場所が悪かったりしなければ大丈夫ですよ……!」


 いかんいかん。俺のドン引きが表に出ていたのかもしれない。仲間になったばかりの相手に気を使わせちゃ駄目だろう。


「でもよ。致死性の毒が使えるってだけで充分威嚇になるだろ! ほらぁ~俺を殴ってみろよぉ~死んじまうぞぉ~! ってさ。」

「そ、そんな事を言い回ってたら、誰も僕から商品を買わなくなってしまいますよ!」

「あ~……そりゃそうか……。」


 売るもんが食べ物だろうと服飾だろうと、毒持ちが売る物なんて気分的に嫌だもんなぁ……ルウィアって商人向いてないんじゃないか? 蛙が向いてる職ってなんだろう……忍者……?


「あ、あそこ。薪売ってますよ。」


 親から継いだってのもあるし、辞めさせようとは思わないけど……。どうにかシャキッとさせてやりたいな。

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