第50頁目 突然歌いだされたらアワアワしても仕方無くない?

「オクルスに居るのは長くても一週間だよ。それ以上はリスクが高すぎる。」

「そこに関して異論は無いですね。」

「つまり一週間経つまでに此処を出て行動できれば何をやってもいいって事だろ?」

「なんでそういう受け取り方をするかなぁ……。」


 昼明かりが差し込む部屋の中、俺達三人は今後どうするかについて話し合っていた。街の西は治安が悪いが、仕入屋なる者が沢山居てお宝がありそうな白銀竜の巣の情報を集めているという。それに加え、安全確保の為に白銀竜の行く先の情報までを仕入れているのではないか、と推測を立て早速行ってみようとミィは提案しているのだ。が、嫌だ。しんどい。遊びたい。美味しいもの食べたい。


「ご褒美が欲しいのだよ。」

「……何の話?」

「だからご褒美だよ。俺は頑張った。そうだろ?」

「「……。」」


 二人の視線が痛い。


「……何が食べたいの?」


 俺がご褒美と言ったらそれは必ず飯になるとでも思ってるのか? いや、まぁ……飯なんだけど。


「マレフィム、安全な旅をする為に必要なのはお金。間違ってる?」

「いえ、その通りです。」

「お金が大事なのもわかるけどモチベも大事だ。」

「そのモチベはお金が無きゃ維持できないの!」

「じゃあ稼ぐ方法を考えようぜ! そして考える為には美味しい料理が必要だ!」

「なんでよ!?」


 俺とミィのやり取りを見てため息を吐くマレフィムだが、お前はこっち側に引き込むからな。


「話を戻そう。俺は何も考えずにミィに反抗してるんじゃない。確かに俺がしたい事は母さんの情報を集める事だけど、情報源は偶然出会った串焼きのおばちゃんだぞ? もうちょっと裏をとるべきだし、情報を手に入れてから行動するにはやっぱり金が要る。稼ぎ方を考えるのは必要だろ。」

「そうですね。そういう話なら筋は通っています。」

「最初っからそういう風に言えばこっちだって納得するのに。」

「そんでもって本当にお腹空いたから何か食べさせてくれ。頼む……!」


 俺は前世の癖で両手を合わせ拝みこむ。それを見た二人は何かを察したのかやんわりと苦笑する。


「……もう。」

「ふふっ。偉そうな事を言ってもやはりまだ子供ですね。それでは早速一階で昼食でもいただきましょうか。」

「よっしゃ!」

「程々にしてくださいね。角狼族の村に結構な大金を置いてきてしまったのですから。」

「わかってるって!」


 俺はウキウキしながら部屋に鍵を掛けて階段を降りる。よたよたと木板軋ませながら階段を踏み鳴らすせば、カウンターにいる店主がそれに気付いて話し掛けてくる。


「部屋はどうだった?」

「景色が賑やかでいいですね。」


 とりあえず解りやすく褒められる点はそこだった気がした。俺からすればどんな部屋も綺麗で居心地がいいのだからな。


「だろう! そうだろう! にしても獣人種が使う丸ベッドの方がよかったかな? 別に差別とかじゃないんだけど、ウチには無いんだよね。」

「気にならないので大丈夫ですよ。」

「そうかい。それなら良かった。もし、小人用の家具が欲しけりゃ言ってくれ。貸し出しもしてるからね!」


 へぇ、そうか。確かに常に置いてあっても邪魔だもんな。小さい家具って壊れやすそうだし……だから貸し出し制ね。


「店主さん。早速”素晴らしい料理”とやらを頂きたいのですが。」


 めげないな、マレフィム。


「おっ! それじゃあご招待だ! 好きな席に座っておくれ! メニューはあそこに書いてあるよ!」


 店主が指を指した先には、木の額縁に入った黒い板が吊るされていた。そこには白い文字で料理名の一覧が書かれている。俺等以外にも既に食事をしている人が何人かいるのだが、そのテーブルの上にある料理はどれも美味しそうなモノばかりだ。


「さて、クロロさん。読めますか?」

「勿論だ。意味はわからんけどな。」


 キリッと決め顔を作る俺にマレフィムは何か言いたげな顔をしている。


「だってよー。野菜とか魚の名前までは教わってねーんだから、全部わからなくても仕方ないだろー?」

「なら、読めはするのですね?」

「そうだな。アレは『ウサンのスープ』だろ? んでその隣のは、『新鮮なイキジのサラダ』……おっ! 『白身魚の揚げ物』だって! 俺、あれがいい!」

「イキジではなく、イキジフですが……及第点でしょう。」

「(結構読めるようになったね。)」

「まぁな!」


 そりゃあこんだけ何年も異国語を聞き続ければ発音からテキトーに綴りも予想できるしな。英語に似てる所があるせいか、単語は少しずつわかるようになってきている。でも、書くときの正しい文法とかはまだ怪しい。


「私は『ウサンのスープ』にしましょう。」

「(ミィ、果物食うか?)」

「(食べ滓を残せないからいいよ。)」


 確かに果物食べた客が去った後、そこに干乾びた果物の滓が残ってたら軽くホラーだよな……。


「(わかった。)」

「それでは注文します?」

「おう……すいませーん。 注文したいんですけどー。」

「はいよー! ちょっと待ってくださいねー!」


 そう言って少し面積が小さめで歪なテーブルを持ってくる店主。俺のテーブルに横付けしたそれは、ファミレス等にある幼児用のトールチェアに似て非なる物。上から見ると”目”の字みたいに段が作られている。最上段は俺のテーブルと同じ高さで、真ん中の段が最も低く、そして最後の段は残り2つの中間の高さだが……これは何に使うんだ?


「小人用席お待たせしました! さぁ、どうぞ! それでご注文は?」


 あぁ! 確かにマレフィムはまだ俺の頭の上に座ってたが、テーブルの上に胡座をかいて飯は食えないよな! ……って注文注文。とりあえずさっき挙げた物と他にも幾つか頼もう。


「はいはい。それじゃあすぐ作るから待っててね! あっ、それとお名前教えてくれるかな? 名簿に書かずに行っちゃったよね。」

「私の名前は……アメリでございます。」

「アメリさんね。で、君は?」

「えぇ、と……。」


 此処に来て口澱む俺。マレフィムが自然に偽名を名乗ったし、クロロって言っちゃダメだよな? オクルスにも角狼族や高鷲族が探しに来るだろうし……。


「(クロロって答えちゃダメだからね?)」


 俺の迷いを察したのか、『クロロ』の名付け親であるミィから嬉しい忠告をされる。そして、俺が考える”偽名”。


「……ソウゴ……です。」

「えっ?」


 声が小さかったのか再度聞き返してくる店主。俺は何かを恐れているのだろうか。『宗吾そうご』という名前を偽名に使う事に対して……。だが、もう使わないはずだった名前だ。誰も呼ばないはずの……。


「ソウゴ、です。」


 喉の奥から無理矢理押し出してその名を答えた。勿論事情を知らない店主はそれに関して何も思う事はないのだろう。


「アメリさんとソーゴさんね。悪いね。一応名簿を作らなきゃいけないって決まりがあるからさ。偽名を使われたら意味なんて無いのにね! そうそう。私の名前はファイマン・ブリッツ。この『小さな巨人亭』の店主をやってるから困った事があればなんでも言って欲しい。因みに料理は私の自慢の妻の手料理なのさ! 食べたが最後! 美味しすぎて歯が溶けてしまうぞぉ~?」

「それほどですか。楽しみですねぇ。」


 中々陽気なおっさんだなぁ。でも、歯が溶けるって寧ろ劇物な気がしてならないけど……。というかその名簿って紙か? こっちからじゃよく見えないけど、この世界には紙もあるんだな。でも、俺等の注文を書いていたモノは紙じゃなくて、マレフィムが持っている薄くスライスした木の皮みたいな奴だな。やっぱりそっちの方が安いんだろうか。


「にしてもアメリさん達は商人さんではないんだよね? オクルスには何用で?」

「見聞を広めようと思いまして。」

「確かに、市場の様子を見てお祭りだと思ってしまうなら、もう少し見聞を広めた方が良いかもね!」


 おぉ~……煽るなぁコイツ。事実だけどさ。前触れも無いボディーブロウに固まってしまうマレフィム。よく見ればじんわりと顔が赤くなってきている。


「…………と、とにかくですね。」


 まだ口は動くようで安心した。


「その足りない見聞を補うにはとても良さそうな街だと思いましてね……。」

「でしょうとも! しかも、そこでこの『小さな巨人亭』を選ぶとはお目が高い! 西向きのベランダは柔らかい朝日を部屋へ向かい入れ、夕方になれば黄昏の光が喧騒の去った寂しさを慰めてくれる! 小人さんの為のサービスだって万全! 料理も最高! 私の歌だって!」


 急にまたアコーディオンモドキを何処からか取り出すファイマン。


「ららららぁ~らぁ~らぁ~♪ 陽気ぃ~な歌にのぉ~せぇ~♪」


 いや、上手いけどさ。急すぎるわ。でも、周りは指笛なんかして囃し立てて笑っている。


「らららぁ~ららぁららぁ~♪ ウナぁ~も跳ねまわぁ~るぅ~♪」


 周りに合わせてマレフィムも手拍子し始める。中にはファイマンと一緒に歌を歌う客までいる。これ、有名な曲なの? ってかそのアコーディオン蛇腹ないけどどうやって空気を……魔法か。え? まさか料理出るまでこのノリ続くの!? なんかちょっと恥ずかしいんだけど!?


 その後、ファイマンの無駄に良い声な歌声に乗せられたミニストーリーはちょっとした起承転結をしっかり踏んで結末を迎えた。中身を纏めると金よりも娯楽だろ? みたいな感じの話だったが、店構え、おっさんの声、そしてこのシチュエーションがとてもクオリティを上げてくれたような気がしてならない。最初は謎の羞恥感に襲われたが、ストーリーをしっかり理解してしまう程には聞きいっていたのだ。


 そんな俺に料理を届けてくれたのはエプロンを着て、厚手のシルクハットを被っているムッキムキの少女だった。って言うと少しニュアンスが伝わりきれてないかもしれない。決して醜くは無いんだ。ただ、ビックリするほど筋肉が発達しているというかなんというか……チラリと見えた顔は整ってたと思うんだけど……。


「ぉ待たせしました……。」

「ぁ、ありがとうございます。」


 咄嗟に返事はしたものの、すぐに厨房の方へ戻ろうとする少女。帽子の下の赤い長髪から少しはみ出たツンとした耳。ホビット……なんだよな?


「紹介しよう! 私の妻のアニーだ!」


 ファイマンが紹介を始めた途端、早足で厨房に戻ってしまうアニーという少女。


「すまないねぇ。アニーはとてもシャイなんだ。あれほど美しいのにそれを認めようとしないんだよ。でも、本当に美しいだろう? 私はホビットの中で最も美しいんじゃないかと思ってるんだ!」


 そんな惚気を吐き終えた瞬間に、ファイマンの頭へ何かが飛んでくる。それをファイマンは一瞥もせず指で摘んで受け止めた。


「な? こういう恥ずかしがり屋なとこもアニーの魅力なんだ!」


 ファイマンの指の間には……包丁!? しかも滅多に見ない細くて長いやつ!? ここ、やばいんじゃないか!?


「兄ちゃん達。『小さな巨人亭』は初めてなんだろ。ここは店主の歌とその夫婦の曲芸喧嘩が名物なのさ。」

「きょ、曲芸……ですか……。」


 曲芸ってレベルじゃねーぞ! それに喧嘩って事は台本とか無いんだよな!? あれでもし刺さってたらとんだスプラッター映像じゃねーか!? そんな俺達の焦りが通じたのかファイマンはニカッと笑って平然アピールをする。


「お客さん! 変な事言わないで! 『小さな巨人亭』の名物は私の歌と最高に美人な妻――。」


 言葉を遮るように飛んでくる包丁。そして、それをまた軽々と摘んで止めるファイマン。


「あっはっはっ! こんな照れ隠しなんて可愛いも――。」


『ゴシュッ!』


 ファイマンの笑顔を鈍い音で止めたのはバーカウンターのトールチェアだった。そして、飛んできたカウンターの方を見ると赤面しながら睨み付ける少女。だが、俺の視線に気付いたのか、すぐにまた奥へ引っ込んでしまう。というか、トールチェアが思いっきり包丁を止めてた手に当たったように見えたけど……大丈夫なのだろうか。


「ぁ、ぁ、ぁぁああああああああぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!!」


 フロアにファイマンの絶叫が響き渡る。や、やっぱりどっか切ったか? 頭に刺さってたりしてないよな!? そんな心配の中、ファイマンが悲壮感漂う顔でこちらを見る。いや……悲壮感漂う頭で、かな。ファイマンの左側頭部にはそれはそれは整えられた一本の剃り込みがいれられていた。


「お、おい。なんだその頭……! ぷっ……くくっ…………だっはっはっはっ!」


 ドッと弾けるフロアの笑い声。それにつられて俺もつい笑ってしまう。


「ひ、酷いじゃないか! 笑うなんて! 鏡……鏡は無いか?」

「だっはっは! 気が動転してんのか!? すぐそこにあるだろうが!」

「あ、ぁあ! そうだった!」


 客が示す先には確かに大きな姿見がある。なんだってこんな所に? そういや俺も自分の姿を見たいんだった! ファイマンと共に俺もそうっと鏡の前へ歩み出る。


 俺はしばらくにして自分の新しい姿を知る事となるのだった。

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