第49頁目 人が沢山いたらお祭りだと思うじゃん?
「(んじゃ行こっか! 西の方!)」
「ですね。」
「待て待て待て! 早い早い早い!!」
「(何が?)」
純粋な疑問を浮かべているかの様なミィの声。オクルスに着きました! 情報を得られそうな所を見つけました! それでは行きましょう! ってタイムアタックか! 最短クリア目指してんのか!! ……ふぅ。
「……俺等まだこの街に着いたばっかりだろ?」
「(そうだね! だからこんなに早く良い情報が得られるなんて運がいいね!)」
「ですね。」
「ですね。じゃねーわ! 運はいいけど、俺は慣れない身体な上に! ずっと気を張ってて疲れてんの! 休みたい! 観光したい! 美味しいの食べたい!」
まるで駄々っ子だが、俺はクロウ達からワガママを習得したのだ。実際疲れてるしぃ……お腹空いてるしぃ……その上疲れてるしぃ……。
「(だぁめ! ここは言ってしまえば敵地なんだよ!? ここに居る時間は短ければ短い程いいの!)」
「でも、俺だって皆の役に立つ為に常識とか必要だし、その為には色々見て回った方が後々になって力になるかもじゃーん? な? マレフィム!」
「う、う~ん……まぁ……実際……クロロさんはまだ常識が無さ過ぎますからねぇ……勉強しながら街を巡るというのも悪手ではないかと……。」
俺は知っている。実はマレフィムもこの街を観光したいと思っている事を。今も街のあちこちに目を奪われているという事を。
「だろだろぉ~? それに拠点も決めずお腹が空いてる状態で危ないとこに飛び込むのはちょっと舐め過ぎなんでない? せめて一日くらい作戦立てようぜ? 頭あるんだからさぁ~。」
「(うぐぐ……言ってる事はそんなに間違ってないのになんか腹立つ……!)」
「と、とにかくですね。敵情視察をするのも必要なのは確かです。ここには、”王国騎士がいるからこそ何か重要な情報を得られるかもしれない”というのが、ここに来た理由なんですし。」
「(理由はそうだけどぉ……目的は白銀竜の情報だもん……。)」
段々と声が小さくなっていくミィ。これは所謂好きにすればって意味だ。でも、一応確認とご機嫌を取っておく。
「ミィ? とりあえず宿を探すぞ?」
「……ぃぃょ。」
「後で果物買ってやるからさ。マレフィムが。」
「私ですか!? ……はぁ……お金を稼ぐ方法も考えなくてはですね。」
「……絶対買ってよ。」
「……はい。」
渋々頷くマレフィム。マレフィムも後でご機嫌とっとこ。なんて思いつつ周りを見回す。本当に大きいビルばかりだ。前世と比べたらそうでもないけど、”風”すら知らない子供がいるような世界でビルなんか建ってると思わないだろ。高いのは四、五階建てくらいあるぞ。屋上には洋服や大布が沢山干されているのが見える。……あっ、そっか。あの布も可変種の服か。でも不変種の国だけあって殆どは洋服だな。
「角狼族も高鷲族もいないですよね……おや、あちらの方が賑やかですね。」
確かに人が向こうからこちらへ流れて来ている。向こうが市場なのかな。とりあえず向かってみよう。
「ここ等じゃ一番デカくて美味い! ウチは塩にも拘ってるよ!」
「なんと三つ買ったら一つおまけしちゃうよ! 六つで二つもお得だぁ!」
「
「喉渇いてないかぁい? ウタノコックの実、果汁たっぷりだよぉ。」
「各地のお守りが揃ってるー! 最近アストラルの調子が悪いなら是非見てきー!」
さっきまでの静かな道の奥から膨らんでいく人の喧騒。甘く香ばしく埃っぽく生臭い複雑な香りが漂ってくる。その騒がしい音に身を投げると、ビルで狭まっていた空が一気に広くなる。そこは前世でも余り見たことが無い規模の大きな広場だった。所謂東京ドーム何個分って奴なのか? それでも、そのだだっ広い石畳を覆い尽くす程の人が商いに精を捧げている。木製の簡易的な屋台や、布一枚を引いて商品を並べる人、そんな人混みを掻き分けるように突っ切るエカゴットが牽引する荷台。売り物は食材や雑貨と様々だが、大道芸をしている者までいる。その広場に面しているビルの中には宿屋に服屋に装飾屋に……書店? 単価が高い物や、汚れたら困る物は固定の店を構えるって感じか。ここに来てこの街の規模がジワジワと実感できるようになってきた。
「(な、何!? 昼間から宴でも開いてるの!?)」
確かに。昼真っからこんなに人が集まってるなんて……今日は何か特別な日なのかもしれないな。
「そうですねぇ。流石にこの人の集まり方は不自然です。偶然年に一度行われる祭りか何かの日に着いたのでしょう。だからと言って人混みに
こいつさっきから田舎者田舎者ってうるせぇな。もしかして田舎者なのを気にしてるのか?
「別に
「い、意外と混雑を気にしないのですね。」
そりゃ都会はこんなもんだろ。でも、翼は人に当たらないようにキッチリ畳んどかないとな。こんな身体で人混みに入るのは初めてだから必要以上に気を配らないと……恐そうな人達も多いし……。
「(宿屋って結構沢山あるね。)」
ミィが漏らす通り、宿屋の数が結構多い。基本はどれも一階が料理屋で二階より上が部屋となっているみたいだ。
だが俺は宿屋よりも、見た事も無い様々な種族に目を奪われていた。ここは不変種が治める王国の街であるはずなのだが、それでもちらほらと可変種も見かける。本当に色々な種族がいるんだなぁ。首元からマントみたいに魔法で水を羽織るマーマンみたいな魚人。マレフィムと違って翼の無い小人の集団。緑の肌をして頭から花を咲かせているドライアドみたいな……人? まるで動物園を歩いているようである。
「こんなにあるのなら先程の方にお勧めの宿を聞いておくべきでしたね。」
「今更そんな事言ってもな。戻って聞くのもアレだし、目の前にあるここから入っちまおうぜ。」
「も、物怖じとかしないんですか?」
「
「都会は恐ろしい所なんですよ!?」
なに田舎者みたいな事言ってんだ。いや、実際田舎者なんだけどさ。王国騎士相手に堂々と皮肉を言い放ったマレフィムは何処に行っちまったんだ。まぁ、マレフィムは俺の上に乗ってるから俺が行けば必然的にお供する事になる。
とりあえず目の前にあるこの宿屋に入ろうかな。と、俺は目の前にある建物を見上げた。看板には【最高の味と安らぎを。宿屋『小さな巨人亭』】と書いてある。他の宿屋と比べて少し小奇麗な佇まいのその店は、入り口の脇に宿屋には到底似つかわしくない鎧が立っていた。その鎧は背が小さく、脚甲が太い事からホビット族の物である事が推測できる。そして、両開きのドアを挟んで反対側には、鎧の1.3倍の高さはある両刃の
「こんちわー。」
俺は不自然に大きい観音開きのドアを頭で押して開ける。すると、キィッと悲鳴を上げる蝶番。そして、それを掻き消すような太い歌声と鍵盤の音。
「限りない畑はぁ~♪ へいぃ~わのぉ~♪ ……いらっしゃい!」
その楽器はアコーディオン……? 側面にボタンが沢山付いた長方形の箱。正面には3つの穴が付いており、まるで顔の様にも見える。造形が独特でゆるきゃらの顔っぽいけど。そんな楽器を両手で挟んで持っていたのはカウンターの後ろに座る赤毛少年……いや、この人もホビットだからおっさん……なのかな。
右奥は恐らく食事処であるのだろう。沢山のテーブルと椅子。そして、
「『小さな巨人亭』へようこそ! いやぁ、竜人種なんて珍しいなぁ! 二人かい? 部屋は幾つ借りる?」
「ぁっ、えっ、……。――一つでお願い致します。」
お手本の様なテンパりから、素早い挽回をするマレフィム。にしても巨人かぁ……偶然とは言え、因縁あるなぁ。
「はいはい。それなら小人用の部屋はいらないかな。えーっと2人だから1泊合計四千六百ダリルだね! どうする?」
「雰囲気も悪くないですし、ここにしましょうか。とりあえず一泊分お願いします。」
「はいはい! ウチは料理も美味しいからね! もし夜に予定がなければ是非食べてみなよ!」
「それは期待してしまいますね。」
キリッと顔を整える本気モードのマレフィム。っつか夕飯はここにすんのか。自信もあるみたいだし、俺は特に異論ないけど。
「今日みたいな祭りの日でも、部屋が空いているというのはオクルスには宿屋がそれほど沢山あるという事ですよね。それでも経営が成り立ってるというのはその食事処の儲けが多いという事。つまり、ここでは素晴らしく美味しい料理にありつける訳ですよ!」
「あははっ! そうだねえ! 素晴らしい料理な事は違いないよ!」
ご機嫌な店主にドヤ顔のマレフィム。どうですかこのコミュ力! みたいな顔してるけど、俺はまずマレフィムのコミュ力を疑った事なんてない。
「でも今日は祭りとかなんでもなくて普通の日だけどね! 祭りになったら満員で大忙しさ!」
「えっ、ぇっ!?」
はわわわわっとわかり易い狼狽を取り戻すマレフィムとそれを笑う店主。こういうのを含めてコミュ力が高いと思うんだよなぁ。その後、赤面を誤魔化すように颯爽と支払いを終えたマレフィムと俺は、店主から鍵を受け取ってカウンター横の”幅が広く折り返すほど長い階段”を上がり、二階にあるという部屋に向かう。
そういえばここ、天井が異様に高いな。日本の建築物を知ってると違和感しか感じない天井の高さだ。二階の天井も同じくらい高い。その上、扉がどれも大きいな。この世界は基本両開きのドアばかりだと思っていたが、部屋一つ一つもそうなのか。でも……そうか。デミ化が上手くない可変種や、さっき見張りをやっていたゴツい不変種みたいなのもいるんだもんな。それを考えたら天井が高いのも多様な種族に対応する為なのかもしれない。だけど、この天井の高さだと最上階は三階程度だろうな。
「は、恥ずかしい。」
俺の頭の上で後悔の述べるマレフィム。
「(調子に乗って長ったらしく喋るからそんな目に遭うんだよ。)」
「……。」
容赦ないな、ミィ。こういう間の抜けた所もマレフィムの魅力の一つだ。俺は別に直さなくていいと思うけどね。
「(二一番の部屋だからここだね。)」
そこは上がってすぐの角部屋であった。両開きのドアの片側だけにある鍵穴に店主から預かった鍵を差し込む。すると、重々しくガチャッと扉の内部で何かが外れる音がした。そういえば、先程からドアノブが見当たらない。押せばいいのか?
「どうしたんですか? 部屋の中へ入りましょうよ。」
「あぁ。」
俺はとりあえず頭にマレフィムが乗っているので、頭でなく翼を前に迫り出して押してみる。扉の重み以外に抵抗感は無い。そのまま中へ入るとそこは簡素な洋間だった。木製の椅子とテーブル。そして、ランプ一つとベッドの様な大きい木製の台。その上には分厚い布が畳まれて置いてある。それを敷いて寝るのかな。ついでにだが、ベッドがこれまた大きい。これ、妖精族みたいな小人なら敷かずに畳んである布の上で寝ればいいだけじゃん。スイートルームに近い広さじゃねえの?
「おお! ここから市場が一望出来ますね!」
市場側の壁が少し広めのベランダとなっている。簡易的なテーブルとデッキチェアまで置いてあり、人間であればとても寛げるスペースなんだろうけど……
「昼だと
「それは仕方ないでしょ。とりあえず、これからどうしようか話し合おうよ。」
俺はやっぱりもっと遊びたいなぁ。
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