蛙の行進曲

第48頁目 探索もちゃんとやろ?

「はぁ……はぁ……アレが……オクルス……なのか……?」


 遠くの方にまるで萎れた眼球の様なドーム状の物々しい外壁が見える。天辺に穴は開いてるけど……空からの襲撃対策なのかな……。


 俺は、ここまで来るのに数日掛けて丘陵きゅうりょうと森の境目を移動していた。勿論、俺を探しているかもしれない森からの捜索隊にバレないようにこっそりとだ。アストラルとマテリアルが同時に削られる様な地獄の行軍だった……。ちょっとした丘や崖を利用して隠れつつ移動しなければならないのは本当に気を使ったが、あんな書置きをしてまで連れ戻されるのは恥ずかしすぎる。なので、必要以上に警戒して進んだのだ。悪い事をした訳でもないのに……。


「ここらはもう角狼族の縄張りでもないですから、少し森側に入りましょう。物見に見つかっても面倒ですしね。」


 という事で俺達は早速森に入る。


「どんな部族の縄張りかはわからないですからね。気をつけてくださいよ。」

「気をつけるったってどうすりゃいいんだよ。」

「ミィさんが蒸気となって拡がるので、『隠れて』と言われたら隠れればいいんです。」

「……わかった。」


 この森に住んでいる事を確認出来たのは角狼族、高鷲族、ダークエルフ族、妖精族、手長猿族の5種族だ。それ以外にも小さい部族がちらほらと散らばっているという。また変な風に因縁を付けられたら嫌だなぁ……。


*****


 そんな心配など杞憂だったかのようだ。俺は難なく大きな鉄の扉の前に着く。高い石造りの塔の間にあるその扉は前世でよく見た馴染み深い両開きではなく、大きな金属の塊一枚を上げ下げして開けるギロチン構造である。その前には見張りが四人立っている。


 全員同じ紋章を身に付けていて、背が小さいのが二人、骨が連なったみたいな尻尾が生えてるのが一人、肌に鱗じゃないけど、ゴツゴツした殻みたいなのが付いている人が一人で四人だ。その四人が怪訝けげんな表情でこちらを見ている。


「(あの小さいのが多分ホビット族。)」

「(あれがか。確かに前見た王国騎士の奴等と似てるな。)」


 ぱっと見てただの赤毛の少年にしか見えないが、足元を見れば不釣合いに大きい脚甲を履いている。やっぱり『ホビット』は人間じゃなかったんだな。


「(そして、あの尻尾が生えてるのが武尾ぶび族。)」

「(あれはなんなんだ?)」


 東洋人っぽい黄色い肌で彫りの深い顔だ。しかし、髪が青白く、骨の尻尾を生やしているってのは中々ファンタジーな風貌である。でも、その尻尾はどう使うんだ? 肉も皮もついてないんだが。


「(だから尻尾だよ。でも筋肉とか神経は無いからぶら下がってるだけ。)」

「(無駄じゃねえか。)」

「止まれ。」


 俺達を止めたのはまだミィから説明されていない最後の1人。こいつの見た目が一番異様である。下半身は他の三人と同様にレギンスを履いているが、上半身には他の三人と違って鎖帷子くさりかたびらに金属の鱗を沢山貼り付けたような鎧を着ている。そして何より、上半身の盛り上がり方が不自然と言うべきか……まるでアメコミとかに出てくるような過剰な逆三角形みたいな体型である。肩とかアメフトのコスチューム着てるみたいに盛り上がってるもんな……。


「は、はい。」


 威圧感から思わず声が上擦ってしまうが、怪しまれてはまずい。度胸度胸……!


「(この人は多分岩殻がんかく族かな。肌が硬質化する種族だよ。男性は上半身が特に発達していて、女性は下半身が発達するの。)」


 へぇ、男と女で特徴が異なるのもいるんだな。女はわからないけど、男は皆この厳つい顔がデフォなら地上げ屋とか向いてるぞ、きっと。


「竜人種……珍しいな。森の民か?」

「そうです。」

「初めてみる種族だが……オクルスへの目的は?」

「ぇー……」

「観光です。」


 言葉を濁らせた俺へすかさずフォローを入れるマレフィム。実は、事前に少しだけどうするべきかをマレフィムから聞いていたのだ。まずは一番ベスと疑われやすい俺が最初の返答をする事。次にマレフィムも話して、どちらもベスでないという事を説明せず自然にアピールする事。なんでも、ベスでないことを一々口で説明すると田舎者扱いされると角狼族の行商人から聞いたんだとか。


「観光か。それなら西の方には行かない方がいいぞ。治安が悪いからな。」

「なるほど。ご忠告ありがとうございます。」

「通行料は一人千ダリルだ。大きい荷物も無いようだからそれでいいだろう。」

「わかりました。」


 意外とすんなり通れそうだ。そういえば俺はお金についての知識が皆無なんだけど。どうするんだ? 以前マレフィムが資金を少し持ってるみたいな事呟いてたけどさ。なんか黒いチップみたいなのがお金なんだよな。


「ここに入れろ。」


 その男が取り出したのは、俺が想像していた黒いチップの大きい物だった。色は変わらず真っ黒で、スマートフォンくらいの大きさのソレを俺等の前に差し出すと、マレフィムが飛んで近付き自分の持っていた黒いチップを近づける。すると、青緑色の光の粒がマレフィムのチップから出て、相手の黒い板に吸い込まれていく。


「それではご確認ください。」

「……。」


 無言で黒い板を見つめる岩殻がんかく族の男。何を確認しているんだろう。


「うむ。問題ない。二千ダリルだな。……扉を開けろ。」


 ……え? それで金を払った事になるのか? 今のって魔法だよな? ……加護が無い人はどうやって金を使うんだよ。まさか加護が無ければ金さえマトモに使えないってのか……?


「クロロさん? どうしたんですか?」

「……あ、あぁ。いやさ……。」


 とりあえずは成功したんだ。喜ばないと。金を受け取ったであろう見張りは元々立っていた配置に戻り、武尾ぶび族の男が扉横にある穴に取っ手を取り付けてそれを回し始める。すると奥の歯車が回転し、滑車がゆっくりと回り始めた。それと同時にゆっくりとギロチン扉が上がり始める。その扉は俺等が丁度通れるくらいの高さまで上がったのを見て見張りが手を止めた。


「通っていいぞ!」


 その言葉に従って先に進む。


「さっきのお金なんだけど……。」

「心配いりませんよ。貯金はまだ沢山あります。」

「いや、そうじゃなくてお金を魔法で払っただろ? それってつまり加護が無いとお金が払えないって事なのか?」

「勿論です。」


 なんという事だ……それはもう迫害と変わらないだろ。


「魔法が使えないと商人のライセンスを購入できないので、商人は全員魔法が使えますよ。なので加護の無い人は買い物をした際、商人が魔法を使ってお金を移します。」

「でもそれって勝手に多く金を払わされたりするんじゃ……。」

「そうですね。なので加護を持たない人は『虚石うつろいし』に入っている金額を確認する道具を持ち歩いているのです。」

「『虚石うつろいし』?」

「これですよ。」


 マレフィムが見せたのは、先程使っていた黒いチップだ。それに仮想通貨みたいなのが入っているって事なのか。ハイテクかよ。


「着きましたよ。」

「……だな。」


 普通の冒険ならこうやって扉を超えたら、賑やかな声が聞こえたり忙しなく馬車が行き来してたりとかするんだろうが、そんな物は無い。ちらほら出歩いている人とまさかのデカい煉瓦で造られた……背の高い……ビル?


「なんだ……これ……。」

「私も文明の結晶に圧倒されそうですが、あまり道の中心で止まらないように。田舎者だと思われてしまいますよ。」

「いや、だってこれ建物……だよな?」

「えぇ、街では金属の骨とこのような石を組み合わせて建物を建てるようですよ。」


 そりゃわかるよ。前世ならな。でもここは異世界だぞ? こんなビルみたいなの建てられるのかよ。


「それにしても……思ったよりも静かですねぇ。向こうの方では何か聞こえますが。」


 マレフィムの言う通りだ。街、という割りには人が少ない。ドーム状の壁の影のせいで薄暗いし……。建物はこんなに大きいのに、これじゃあまるで寂れた団地の中を歩いているみたいだ。しかし、時折見かける住民は俺を興味津々に見つめてくる。


「(目立ってるけど、変装は大成功みたいだね!)」

「(捕まらなくてよかったよ。)」

「(一応追手の警戒はしとくけど、竜人種と妖精族の組み合わせなんてそうそう無いからマレフィムも目立たないようにクロロの背中に張り付いててよね!)」

「(わかりました。)」


 ……俺はまだ今の姿を確認できていないんだよな。どっかに鏡ねえかなぁ。なんて考えていると鼻をくすぐる美味しそうな匂いがする。それを辿るとホビット族の女性が小魚を串に刺して焼いていた。


「そこの竜のお兄ちゃん、小魚の串焼き一本九十七ダリルだよ! どうだい!」


 勿論竜と呼ばれる人は俺の周りにいない。この人が呼んでるのはきっと俺の事だろう。その人が焼いている魚はどれも見たことが無い魚だ。見た目は前世の普通の魚に近い。塩も振ってあるし、これは美味しそうだなぁ。しかし、俺は金を持っていないのだ。こういう時は子供らしくおねだりだよな!


「マレフィム、アレを食べたいんだが……。」

「いいですよ。」

「(ちょっと! 目立たないようにって言った側から!?)」

「毎度あり! 何本だい?」


 俺はその質問を受けてマレフィムの顔を見る。沢山食べたいが、マレフィムの金だしなぁ。マレフィムは俺の意図を察したのか、頷いて注文をした。ミィ、すまんな。


「四本ください。」

「(あぁ! もう……!)」

「あいよ! ほれ。」


 元気よく返事をして虚石を前に差し出してくる。マレフィムはそれに近付いてまた光の粒を送る。


「それじゃあそこから好きなの四本持っていき!」


 串焼き売りが指したのは作り置きが大量に刺さっている台。よく見ると全部同じ魚じゃないんだな。


「クロロさん、どうぞ。」

「やったぜ!」


 俺は若干のワクワクを抑えて、まだ出来たてである目印の湯気を放つ四本に目星をつける。そして、一本ずつ一口で制覇するのだ。おほっ! これ、掛かってるのは塩だけじゃないな? 目を凝らすと香草の塵みたいなのがまぶしてある。生臭さを誤魔化す為の香辛料かな。屋台の割に手が込んでるじゃねえか。相場は知らないけどこれ高いのかね?


「良い食べっぷりだねぇ。お兄ちゃん達、森の民なのかい?」

「はい。森から出て旅でもしてみようかと思ってるんです。」

「はぁー、森にこんな綺麗な竜人種がいたんだねぇ。」


 どうやらこの人にも、俺のこの姿は綺麗に映るらしい。手だけ見てもこの灰色とエメラルドグリーンの差し色が入っている外殻は綺麗だもんな。


「お姉さんはオクルス出身ですか?」

「やだよぉ! こんな年寄り捕まえてお姉さんだなんて!」


 ホビットは毛むくじゃらの足を除けばただの少し耳が尖ったロリショタだ。一応成人してる事は見越してお姉さんと呼んだのだが、正しくはおばさんらしい。


「あたしはここ出身じゃないけど、もう随分と長くオクルスに住んでるねぇ。それがどうかしたのかい?」

「そうですね。少し聞きたい事がありまして……。今、オクルスでは白銀竜の事に関しての情報に緘口令かんこうれいかれているのでしょうか?」


 そのマレフィムの質問に手を止めてキョトンとするおばさん。しかし、すぐにまた手を動かし始める。


「……まぁ、そうさね。でも、『鱗も口は塞がない』ってね。みーんな隠れて好き勝手話してるよ。特に仕入屋共が騒ぎ立ててるね。」

「白銀竜の巣……ですか。」


 マレフィムが少し眉間に皺を寄せた。


「あぁ、そうだよ。以前、下手に手を出した輩が報復されて全滅したってのに、馬鹿なもんだよ。おっと、竜のお兄ちゃんにはあまり気分の良い話じゃなかったね。」

「い、いえ。」


 仕入屋……報復で全滅……それって俺を巣から落とした奴等か。思わぬ自分と因果のある情報に少しキョドッてしまったが、多分何も思われてないはずだ。


「(その仕入屋が狙い目じゃないかな。自分達が報復されない為に白銀竜の消えた先の情報を集めているかもしれないでしょ。)」


 ここにきてミィが冷静に今後の予定となりそうな事を呟く。なるほど。そこまでは考えが至らなかったな。


「ここは住宅区画だからね。騎士団より自警団の方が多いけど、北の騎士団の砦の近くと中央の市場ではあまり白銀竜の話をしない方がいいよ。じゃないとしょっぴかれちまうからね。」

「ご忠告ありがとうございます。」

「因みに西の貧民街にゃ行かない方がいいよ。さっき行ったような頭の悪い仕入屋や裏市があるからね。楽しい旅がしたいならおすすめしないよ。」

「……なるほど。なるべく近寄らないように致します。」

「(行き先決まり!)」

「あぁ、そうしな。」


 ちょいちょいちょーい! 早いんじゃないの? 早いんじゃないの???

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