第36頁目 ほっとく誤解もあるよね?

「やはり角狼族は肉が好物なのだな。」

「肉と酒の組み合わせに勝る味はねぇぞぉ? っつかエルフは肉を食えないんだっけか。」

「あぁ、高鷲族に勧められて口にしてみた事はあったが、あれは頻繁に食すものではないな。癖が強すぎる。」

「種部族で味覚が違うからな。そう感じるのも仕方がねぇ。」


 先頭ではシャルビアとダロウが雑談をしている。つまり、ここはまだ高鷲族の縄張り内である。


「うえーい♪ あったかーい♪ ぬふふふふふふ……。」

「ご機嫌ですねぇ。」

「本当にな。後でこの事に文句を言ったらぶん殴られそうだ。」


 背中の負ぶさるメビヨンはまだまだご機嫌だ。今回こいつ何も役に立たなかったし、お土産貰って酔って帰るってそれでいいのか。至れり尽くせりでほぼ観光じゃねえか。


「気持ちいぃ~……。」


 そんな事を言いながら首に抱きつくメビヨン。デミ化しているせいで力も弱くそこまで問題はないが、落ちそうにならないか心配だ。


「まだ起きてるからいいけどよ。これ、寝たらオリゴに戻るのか?」

「でしょうね。」

「(オリゴに戻ったからって落としちゃ駄目だよ。)」

「(わかってるよ。)」


 オリゴになると身体がデカくなるから重くなりそうだ。


「もし寝そうになったら叩き起こさないとな。」

「悪いな。クロロ。もうそろそろ俺等の縄張りなはずだ。」

「はーい。」


 翼で多少身体のずれを調節できるから楽っちゃ楽だけどさぁ。それでも最年少の俺じゃなくて他に……。


「そうだよ。マレフィムが風魔法で――。」

「待て。」


 妙案を提案しようとした直前にシャルビアが俺等を引きとめた。全員が歩みを止めて、足音が止むと遠くから小さく葉の擦れる音と人の叫び声が聞こえてくる。さらに、その声は確実にこちらへ向かってきているのだ。


「クロロは先生やメビヨン達と隠れてろ。おめぇ等! 前方を警戒しろ!」


 角狼族と俺はダロウの指示に従う。それに合わせて、シャルビアも背中に着けていた謎の十字型の道具を手に持った。それは武器なのか。


「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁあ゛ぁぁぁあ゛あ゛ぁぁあ゛ぁぁぁぁ!!」

「この声……。」


 そう呟いて、声の主を待つシャルビア。そして、枝葉を揺らしながら飛び出てきたのは朝に見掛けた鳥、キュヴィティだ。しかし、奇声を発しながら、俺等の事を気にも留めずそのまま通り過ぎていく。その姿を目にして舌打ちをするシャルビアは十時型の道具を両手に持ち、中心の交差している部分をキュヴィティに合わせるように掲げる。まるでスコープである。そのままキュヴィティに魔法を当てようとしたのかもしれない。


 だが、音の主はキュヴィティだけではなかった。その後を追う何者かが、高速で樹上を移動していたのだ。 


「なんだ!?」

「おい、あいつぁ手長猿族じゃねぇか!? なんでこんなとこにいやがる!」

「向こうからは何も連絡を受けていない!」


 シャルビアはそう叫ぶと、構えた道具の交差している部分から銃弾の様な物を連続で発射した。豪速で放たれたそれは大樹の幹へ当たると、大きい音を立てて穿っていく。映画やゲームで見た小機関銃の様だ。ただ、一発も当たってはいない。その代わり、手長猿族もこちらに気付いたのか、移動を止めてそのまま木を盾にするように木の陰へ身を潜めてしまった。

 

仄聞そくぶんした事がある。お前は高鷲族と共生するというダークエルフか。」


 それは腹に響くような低い声であった。暗く、口にする言葉全てに重みがあるような、そんな何かの決意や覚悟の類を感じさせる声である。


「そうだ! ここは我等と高鷲族の縄張り! 何故立ち入られたし!」

「何を言う。先ほどの者が我等の縄張りを侵したのだ。」

「何!?」

「先程の者以外を害する気は無い。そこで、面と向かって話をしたい。宜しいか。」

「あぁ、いいだろう。」


 そのシャルビアの言葉により、木の陰から現れたのは異様な造形の猿だった。膝があるかもわからないくらいの短足で、地面に肘がつくほど長く太い腕。前世の知識を持っていると異形の者にしか思えない姿だ。それが5匹も出てきたのである。


 しかし、隠れている俺等にはまだ気付いてないようだ。


「何? 角狼族だと? 何故角狼族がここにいる。」


 ダロウの姿を見て表情を険しくする手長猿族のリーダーらしき人物。だが、シャルビアはそれに動じない。


「まずは私の質問に答えろ。先程の高鷲族が手長猿族の縄張りを侵したと言っていたな。」

「ふん。その通りだ。」

「何をしていたんだ。」

「そんな事は知らない。ただ縄張りを侵していたから殺す。それだけだ。そういう決まりだろう。」

「あぁ、それは構わない。こちらもその件については常々言い聞かせている。」


 えぇっ!? 殺すって……いいのかよ!?


「ならばアイツを引き渡せ。明日までにな。それが出来なければお前等の縄張りを少しばかりいただく。」

「…………いいだろう。」

「それでいい。それで何故角狼族がここにいる。我等は何も聞いていない。」


 落ち着いている様な興奮している様な、よくわからない口調だ。一つ言える事は角狼族や高鷲族とは全く違う部族性という事だ。高鷲族は何を考えているか解らないとダロウ達は評していたが、俺からすればこっちの方がわからないぞ。


「ねぇ~……おうちまぁ~だぁ?」

「(うわわっ!)」

「(メビヨンさん今はっ!)」


 すっかり忘れていたメビヨンが喋ってしまった為、焦って口を塞ごうとしたが、如何せん背中に手など届かない。そして、マレフィムも身体が小さいので口を塞いだりは出来ない。その結果行動したのはミィだった。メビヨンの口にダイブしたのである。


「んん!? んぶぶぶぶぶ!?!?!?!? っぱやあああああ!!」

「誰だ!?」


 まぁ、そうなるよな。びっくりしたメビヨンはパニックになり大声で悲鳴をあげる。すると、勿論俺等はバレる訳で。


「(クロロさん仕方がありません。ここは大人しく出ましょう。)」

「(最悪私が殺すから。)」


 ミィのその選択肢を選ばないで済むケースでありたい。とにかくゆっくりと出ていく。


「なっ!?!? 飛竜族の災竜だと!? そして、妖精族に……見慣れぬ獣人種…………ふふふふ…………ははははははははは!!」

「何を笑っている。」


 突然高笑いを始める手長猿族の男に、シャルビアは真っ向から疑問をぶつける。


「ふん。しらばっくれるな。そういう事であるならこちらにも考えがある。引くぞ! お前等の行動は族長に報告する。当然、縄張りを侵した者も引き渡して貰う。」

「待て! 何を勘違いしている!」

「明日までに引き渡すのだぞ!」


 会話を放棄して大樹を攀じ上っていく手長猿族達。シャルビアの質問に振り返りもせず来た方向へ帰っていく。


「なんだぁ? 何か勘違いをするだけして帰っちまったな……あいつぁ、確かいつもボンボボの隣に引っ付いてる奴だ。」

「そんな事よりキュヴィティだ! 私達の顔に泥を塗る事しか出来ないのか!」

「そいつぁ何がしたかったんだろうな。」

「ふんっ! どうせ下らないことだろう!」

「大変だな。まぁ、俺のとこにもあんな奴がいたら落とし前をつけて貰うがな……それと。」


 ダロウがこちらに近付いてくる。俺の隣にはメビヨンが寄りかかってぼーっとしている。


「まだそんな調子なのか?」


 そう問いかけるダロウを見たメビヨンは急にスクッと立ち上がる。そして、そのままダロウに駆け寄る。


「パパーッ!」


 緩みきった顔をしたメビヨンがダロウの頭に抱きついてそのまま顔をスリスリし始める。今のメビヨンはクロウ達よりも幼い言動をしている。少し食べてそんな泥酔するなんて、あの料理やばいんじゃないか?


「そういえば……アウコックの実は特定の獣人種を酩酊状態にすると文献で呼んだ事がございます。」


 マレフィムが思い出したように言う。それを聞いたダロウはメビヨンのせいで表情が良く見えないのだが……。


「アウコックか……偶にはドミヨンに頼んで……。」

「……族長……それは流石にドン引きですぜ。」

「よくそんなフマナ様に呪われそうな事を思いつくもんだ。」

「ばっ……! 冗談だ! 冗談!」

「ふわっ!」


 慌ててメビヨンを払って弁明するダロウ。俺は念のためにメビヨンを受け止める。


「えへへへへへへ。」


 ご機嫌かよ。


「と、とにかくだな。手長猿族が何を考えてるかわからんが、念の為にまた族長会議が必要かもしれねえ。」

「そうだな。私からも詳しい事情を話そう。」

「あぁ、頼んだ。」


 そんなやり取りをしてから、ダロウはデミ化して、パパドから貰った首飾りの石を掌の上に乗せた。


「おい! パパド! 聞こえるか!」

「うわぁ!? 声おっきいよ! 何!? え? ダロウちゃん? もうウチの声聞きたくなったの?」

「殺すぞ。」

「うそうそ。何……? 真面目な話?」

「あぁ。」


 すげぇ。完全に無線機じゃんか。魔法とかいうよくわからない技術のおかげで、携帯電話なんていらない世界になってるんだな。これって場合によっちゃいつでも盗聴出来るって事なのか? だとしたら、ダロウのプライベートなくなっちゃうじゃん。普段は身に着けないでおくのかな。


 スメラを呼び出したパパドに対し、ダロウとシャルビアは今起きた事を全て話した。


「……キューヴィーティーめぇ……。」

「では、キュヴィティはこちらで捕らえよう。何が目的だったかも問いただしたい。」

「あぁ、頼んだ。」

「村から出た時間からして、もう縄張りの境界付近か?」


 流石に縄張りの地形は把握しているのか、俺たちが今何処にいるかを推測であてるスメラ。


「そうだな。もうすぐ俺等の縄張りだ。」

「ならば、角狼族を信用して頼みたい事がある。」

「……なんだ。」

「シャルビアをこちらへ戻させて欲しい。」

「ん? そんな事か、構わない。ここまで来れば充分だ。そして、縄張りを荒らさないとも誓おう。」

「助かる。彼女にはキュヴィティの捜索に当たって貰いたいのだ。」


 余程シャルビアはスメラに信用されているらしい。確かに仕事が出来る雰囲気がだだ漏れてるもんなぁ、この人。


「そりゃ重要任務だわな。」

「私からも感謝する。」


 ダークエルフは本当に礼儀正しいな。高鷲族もこれ見て何か思わないのかね。


「いいっていいって。」

「では、この件について進展があればこちらから再度伝達しよう。」

「おう。」


 そして、沈黙するダロウの首飾り。


「それでは慌ただしくなってしまいすまないが、これで失礼する。クロロも、またな。母のように大きくなれ。」

「は、はい。」


 びっくりしたぁ。この人あんな風に笑うんだな。恐い人だと思ってたけど、仕事に熱心なだけなのかな。今度機会があれば話してみたいと思うくらいには、魅力的に見えてしまった。


「何突っ立ってんだ。一応何があるかはまだわからねえからな。こっからは少し急いで帰るぞ。」

「「おう!」」


 元気良く返事をする雄に置いていかれないように、俺もマレフィムに魔法でメビヨンを背中に乗っけて貰い走ってついていく。今日は色々あったなぁ……。

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