第35頁目 食べ過ぎって損だよね?

「ぬおおおおおお!」

「こりゃすげぇぜ! 族長!!」

「おぉっ!」


 テンションを上げる雄二匹とマレフィム。そこは、今までで一番広いスペースだった。密度が低い天井、壁には独特な羽飾り。その羽は高鷲族の羽なのかもしれないが、しっかりと染料で染めてあり、赤に青に黄色ととてもカラフルである。そして、何に使うかはわからないが、各所に配置されている、石がはめ込んである傘の様な道具。角狼族とは全く違う感じの雰囲気だ。なんというかこっちの方が……都会? みたいな技術的な物がよく目に付く。

 

「これ全部食って良いのか????」

「族長! 今日は呼んでくれてありがとよ!」


 マレフィムと違い、デミ化した雄2匹は文化に感動しているのではない。広場の中心に置かれた大きい皿にこれでもかと盛られた料理にだ。大魚の姿焼きに肉の炒めもの、果物と青菜が和えられたサラダ。選り取り見取りである。


「ふわぁ……。」

「(果物は? 果物ある? あったら頂戴ね?)」


 メビヨンもミィも喜んでいるみたいだ。かく言う俺も涎が止まらない。


「皆凄く張り切ったみたいだねぇ。ウチもこんな豪勢な食事は滅多に見ないよ。」

「これ程の量、食べきれるのであろうな?」

「そこは心配ねぇ。俺等には無限の胃袋を持つクロロがいるからな。おい、てめぇら! まだ手ぇつけんなよ?」

「え? いいよいいいよ。食べなよ。それより、クロロちゃんそんなに食べるの?」

「アイツなら1人でこれの半分は食えるかもな。まだ他の奴等が来てねえだろ。」

「半分!? あと、他の奴等って……?」


 ここに置かれた料理の量に反して殆ど人がいない。料理の用意をしていた女性が数人いるくらいだ。宴でも始まりそうな用意の良さなのに、席についているのはパパド、スメラ、ダロウ達3匹、メビヨン、マレフィム、そして、俺とミィ。他は誰も席についていない。常識的に考えてこの人数にはとても不釣合いな量だぞ? 俺がいなかったら少し減って終わりだ。


「まぁ……さっき集まってた村人全員で用意してたみたいだからね。」

「じゃあ、なんで来ねえんだ?」

「恐がらせると思って遠慮してるんでしょ。」

「お前等って極端過ぎるだろ……。」

「いいからいいから! ほら食べなよ! 残しても村人が後で食べるからさ。」

「そうだな。無駄にはならないだろう。ダークエルフ族からは何も饗せずに申し訳ない。」

「まず饗して貰えるなんざ思っていなかったからな。そういう事なら……食うか。お前等、いいってよ。好きなだけ食え! 特にクロロは遠慮せずな!」


 その言葉に盛り上がる俺等。許可が下りたなら遠慮はしない。俺はデミ化はまだ出来ないが、手をとても器用に扱えるのだ。翼だけ周りの人に当たらないようにして、2本足で立ち食べたい料理を取り皿に盛っていく。


「クロロちゃん器用だねぇ。それとも、竜人種ってあんなもんなの?」

「人種で語っても広すぎる。獣人種と言っても、角狼族と高鷲族は同種なのだろう?」

「獣人種にも卵生と胎生で2種いるし、竜人種も飛竜、踏竜、泳竜、這竜と様々だからな。」

「そっかー。でも、飛竜筆頭の飛竜族はレアだから色々特殊な能力持ってそうだよね。」


 俺は好きなだけ料理を頬張りながら族長達の会話に聞き耳を立てる。普通に聞きたいけど、これだけの量の食事にありつける機会はそうそう無い。


「そういや、雷の牙が使えたり、炎を吹けたりするって言ってたなぁ。」

「それウチも聞いた事ある!! クロロちゃんも出来るの!?」

「いや、まだ出来ないとよ。」

「普通ならそういった種族独自の技は親が教える物なのだろう……しかし……。」


 スメラは言葉を濁す。それもそうだ。俺にそれを教えてくれる人はいなかったのだから。


「しかし、なんでしょう! クロロさんには私がおります。」


 気付けば、スメラの視線を遮るようにマレフィムが割り込んでいた。


「それに、この森には私以外にもクロロさんを大事に思っている方が沢山いらっしゃいます。」

「ははっ、だな。」

「ふふっ、そうであったな。私もその中の1人だ。」

「ウチもウチもー!!」

「ぅわっ!」


 パパドは立ち上がって俺の身体に抱きついてくる。その衝撃に少し驚くが会話の流れを追っていただけに悪い気はしない。


「なんならウチをお母さんって呼んでもいいんだぞぉー? ほれほれー!」

「そ、そんな擦って痛くないんですか?」

「聞いたぁー!? ウチの心配してくれるのぉー! クロロちゃんだけかもぉー!」


 地味に哀しいパパドの現況を聞かされるのだった。


「軽率な行動を少しでも減らせばそういう扱いも減るだろうに。」

「スメラが重いからウチはその分軽くなきゃ駄目なんですぅー。」


 そんな他愛も無い話をしながら料理を食べ進めていく。



 ――それから。



「えぇ……ダロウちゃん……。」

「あぁ……パパド……すまん……。」


 その日、初めてダロウからパパドを気遣う言葉が出たのではなかろうか。


「物理的におかしいだろう……。」


 スメラもドン引きする出来事。それは、俺の食欲である。


 あれからペースも落とさず夢中で食べ続けた結果、あれだけあった料理の山は殆どが更地となっていた。我ながら馬鹿をしたと思っている。もう少し料理の残量を気にすべきだったが、時既に遅し。


「あ、あの……。」


 料理が申し訳程度に残った皿を置き、やっと空気を解読した俺はどうしていいかわからず、とりあえず族長達に謝ろうとしていた。


「まっ……まぁまぁ! クロロちゃん! 気にしないで! ちょっとウチ等驚いただけだってば。ね!? スメラ!」

「あ、あぁ……その……クロロはいつもこの量を?」

「いや、そんな事はねぇが……依然これ程ではないが似たような事はあった。クロロ、おめぇ……もしかしていつも我慢してたのか?」

「ぁ……はい……。」


 その俺の反応にため息を吐くをダロウ。


「おめぇは本当に大人びてるというか……そうか……仕方ねぇわな。」

「ダロウさん、もしかして何か原因をご存知で?」

「なんだ、先生はもう知ってたのか? わりぃが俺にはさっぱりだ。先生は?」

「それが私にも……。」

「……先生でもか……だが、一つだけわかる事がある。」


 深刻そうな顔の族長達とマレフィム。最悪のケースが頭を過ぎる。


「クロロ、おめぇの身体は異常だ。物理的にあの量の料理が胃袋に入る訳がねぇ。だが、それが起こったとなれば、原因は一つ、魔法だな。」

「ですね。クロロさんは障害を抱えているのかもしれません。」

「……障害?」


 障害って事はまた身体の不備なのか? 災竜だけでもキツいのに、これ以上何を背負えというのか。まだ俺はハンデが足りないのかよ。


「クロロちゃん、そんな心配そうな顔しないでよ。原因さえ解れば治療できるかもよ?」

「そうだ。今どんな症状が起きているんだ? それから原因を探ろう。」

「その……幾ら食べても空腹が収まらないんです……お腹がいっぱいになった事がありません。」

「それってまだ食べようと思えば食べられるって事?」

「……はい。」


 ミィとマレフィムはこれ信じてくれた。しかし、この人達もそうとは限らない。異常だと言われてしまったのだ。不気味だと思われているかもしれない。心の底にぬるりと不安が塗りたくられる。


「――それは精神肥大症の可能性がある。」


 静かにそう零したのはスメラだった。


「なにそれ?」

「聞いた事ねえな。」

「私も初耳です。」

「これは私達ダークエルフの長い歴史の中でも僅かにしか記録に残っていない物だが、精神の増強を抑える働きのあるアストラル構成要素の異常により、精神が過剰に増強される障害らしい。そうなると肥大した精神のせいでアストラルの負荷が増え、飢えが続くらしい。」


 精神の増強を抑える効果が薄いって事か? そもそも精神ってそんなに強化されるもんなの? そんでアストラルの餓えってなんだよ。


「なるほどな。こいつの特異な性格はそれが……だが、それが正解だとしても、飯がここまで腹に入る理由がわからねえ。」

「症例の一つとして定量以上に摂取したマテリアルを自動で分解して、アストラルの餓えを凌ぐという記しもあった。」


 俺が食った物が……魔力だか精神だかになっているって事か? じゃあ、俺の尻から出るもんの量が幾ら食っても変わらないのはそういう事だったって事なのか……。


「なにそれぇ。じゃあクロロちゃんはほぼ、それで決まりかもね。それって他に不都合な事はあるの?」

「他には特に思い当たる事もないのだが、餓えだけでも充分厄介だろう。」

「だな。場合によっちゃ死ぬ事だってありえるし、何より苦痛だ。健康的なアストラルでいられるとは言えねぇ。」

「精神は必要以上に肥大化しても良いと言えない。アストラルの調律が崩れると人格にも影響が出る。」

「「「……。」」」


 黙り込む族長達。実は話が半分くらいしか理解出来ていないのでそこまで深刻性がわかっていない俺。ただ、族長達はどうにかこうにか明るい方向へ持って行こうと努力しているのだ。俺がここにいるために。


「つまり、俺はどうなんですか。どうしたらいいんですか。」


 希望を求めての質問である。周りも自分も不安にさせない為に声色は、自然に、落ち着いて。


「大変言いにくいのですが、全うに生きる為には空腹を我慢し続けなくてはいけない。クロロさんは、そういう身体なのです。」


 マレフィムの回答は俺にもわかりやすい物だった。


「今は。」


 フォローまで完璧である。しかし、そんな答えに俺は。


「――それだけ?」


 なんて返答してしまう。


「え? それだけとは……?」

「食べ過ぎると身体を壊すから、食べ過ぎるのは控えましょうって事じゃないのか? 他には?」

「身体というかアストラルですけどね。そして、他に不都合はありませんが……。」


 正直、心配をして損をした。と、言いたいくらいには軽い障害だと思った。俺は元から餌の量に満足出来ず、そのまま子竜が大きくなるまで生き抜いたのだ。空腹は最早日常で、それが異常であると指摘する者も周りにはいなかった。指摘する者がいないのであれば、それは俺にとっての常識である。満たされない空腹から逃れられた事が無いのだからそこが幸せの天井だ。寧ろ、俺は一度でも満腹になってはいけないのだと思う。天国からは地獄がよく見渡せるから。


「それなら問題無いよ。俺は今まで通りだ。」

「そうですか……。」


 俺のそんな返答に複雑な返答をする族長達とマレフィム。だが、マレフィムだけはすぐに見慣れた笑顔になる。


「それでこそ、クロロさんです。保護者として誇らしいですよ。ですが、保護者であるのですから、どうにかその障害を治す方法も全力でお探し致します。今回はスメラさんのおかげで障害の正体もわかり、大変助かりました。本当にありがとうございます。」

「(本当にね。最初は心配だったけど、付いて来て良かったよ。私もそんな障害聞いた事なかった。)」


 ミィも今回の訪問に成果を感じているようだ。味方も得られたし、そんなに警戒しなくて良かったんだな。でも、あの部族性だけ見たら警戒するのは当然かも。


「いや、これくらいしか力になれず済まない。記録には症例しか書いておらず、治療法等は見た覚えが無い。しかし、何かしら治療法があるはずだ。こちらも何か情報が入ったら伝えよう。」

「ウチ等も外出た時に情報集めてくるよう頼んでおくよ。」

「ありがてぇ。俺も長老達に話を聞いたりしてみよう。」

「ご協力、真に感謝致します。」


 族長達に向き合い、見慣れない動作で深々と礼をするマレフィム。


「王国式だねぇ。」

「やめろやめろ。俺等は森の民だぞ。」

「ほう。それが王国式の礼の表しなのか。」


 ここで不評を買うのがマレフィムらしい。


「おおぉぉーあー♪」

「あっちゃぁ……。」

「やっちまったなぁ……。」


 後ろから聞きなれないメビヨンの声と困り果てた雄2匹の声。


「んん?」


 ダロウも反応してそちらを見ると、食事の為にデミ化していたメビヨンが仰向けになって身体を右に左にグネグネと動かしてる。まるで背中を地面に擦り付けているようだ。その動作から、どうみても平常ではない事が伺えた。翼、痛くないのだろうか……。


「何やってんだこいつぁ……。」


 ダロウもそんな娘の痴態に困惑気味である。


「あー……この小皿に入ってるのアウコックの実の甘煮だね。」

「って事は酔っ払ってんのか。」

「そのようだな。」


 俺の魔の手はデザートにまで及んではいなかった。族長達と話をしてる間、残ったこのなんとかの甘煮に手を付けたのだろう。


「わりぃ、族長……。」

「デザートの安全にまで気を配れたぁ言ってねぇよ。気にすんな。こいつが馬鹿やっただけだ。」

「料理に毒がー! なんて言われてもウチ等だって困るしねぇ。まぁ、元々ご飯食べたらお開きの予定だったからもうそのまま帰りなよ。」

「それがいいだろう。」

「そうだな。わりぃがそうさせて貰うわ。」


 そう言って、角狼族達はメビヨンを除いて全員オリゴの姿になる。


「メビヨンはクロロ、お前が背負って帰ってくれ。翼がある奴の方がデミ化した奴は乗せやすいだろ。」

「えっ、あっ、はい。」


 思わぬ指名にとりあえず返事をしてしまった。


「あらー♪ おいたしちゃ駄目だぞぉー?」


 からかってくるパパドを無視してマレフィムに魔法でメビヨンをいい感じで背に乗っけてもらう。


「村の端までは案内しよう。そこから縄張りの外までは、シャルビア!」

「はっ。」


 またどこからともなく現れるシャルビア。なんでこいつの登場の仕方に皆疑問を覚えないんだ。そんな事を考えつつ、そのままその日は高鷲族の村から引き上げる事となった。

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