第32頁目 黙ってくれないかな?

「一体どんな説得したんだ? アイツがまさかあんな素直に言うこと聞くなんてよ……。」

「本当に……。」

「あぁん? 秘密って事かぁ? なんだよマセてやがんなぁ。」

「(女の子は素直じゃないものなの。言葉ではなんて言ってても、どう思ってるかは行動に表れるものなんだよ。)」


 ミィ、それっぽい事言ってるけど人は大体そんなもんだろ……。それにしても……本当に素直に引き下がったな。メビヨンの事だから、齧りついてでも付いてくると思ったんだが……。


「素直に越したこたぁ無ぇ。俺としても気にせずお前を守れるってもんだ。」

「本当族長は親馬鹿だかんなぁ。」

「メビヨンは下手な若いモンより強いのによぉ。」

「うるせぇ! お前等と比べたらまだまだだろうが! いいから高鷲族に好き勝手されねえよう目でも光らせとけ!」


 どうやら他の雄共にも、しっかり一目置かれてるメビヨンは本当に優秀らしい。それでも過保護になるのはしょうがないよな。娘は目に入れても痛くないって言うし、あれ、孫だっけ? ま、どっちでもいいんだけどさ。


「つってもよぉ……族長、先生まで連れてきて良かったんですかい?」

「先生は風魔法に詳しいからな。有翼種に対してある程度対策を講じれるかもしれねぇ。」

「高鷲族も風魔法が得意のようですからね。私の知識が少しでもお役に立てればと思います。」


 気付けば、マレフィムは先生と呼ばれるのが定着していた。今、一緒に護衛で付いて来てくれている、ダロウを含めた3人の子供も全員マレフィムから読み書きを教わっている。角狼族は全体的に大雑把な性格をしているので、言葉で教えられる人が殆どいなかったそうだ。例え、そういう細かい事を気にできる人がいても都会に出てしまうんだとか。

 

 普通ならそれぞれの親が教えたりもするのだが、マレフィムの教え方が上手いので、子供達は知育遊びを求めるが如く、自分から学びを請うようになっていた。親達はそれを部外者だからと疎ましく思う事をせず、喜んでくれている所が好感を持てる部族だと改めて思う。


 ――そこに突拍子も無く降るは鳥。


「おぉ~ゃおゃ、3人もですかぁ? んぅ? 更に妖精族や……スライムゥ!? ほうほう……ほうほうほうほう! これはまた愉快な面子ですなぁ!」


 脈絡の無い登場に、脈絡の無いテンション。身体は俺よりも少し大きく、足が異様に長い鷹や鷲に似た身体を持つその鳥は、翼の先と足が黒く、それ以外は真っ白。しかし、目の周りには化粧をしているかのような朱色が異彩を放っている。言動は……少しだけテンション高い時のマレフィムに似ている気がする。


 ダロウが直ぐに俺を後ろに下がらせ、残りの2人を俺の左右に付かせる。ミィは黙っているが、背中で硬直していて既に臨戦体勢であるような気配が感じ取れる。だが、俺とマレフィムは新しい部族と出会ったせいか、好奇心の方が勝っている様な状態だった。


「なんだァ……? てめェ……。」

「お迎えの人……ですか?」


 牙を剥き威嚇するダロウと、それらしい推測をぶつける俺。首をクリッと傾げながら、軽く翼をはばたかせる。その行動一つ一つで、雄達が更に警戒を強めた。


「いえいえ、いえいえいえ! む? ふ~む……なるほどぉ。警戒されてますねぇ……。ふーぁッ!」


 その鳥が妙な掛け声と共に翼を広げると、突如木々がざわめき始める。流石に俺も驚いて音の鳴る方を見た。


「これは……突風ですね。」


 マレフィムが冷静にそう呟く。


 何の為に……?


 俺達の方から鳥の方へと向いた豪風、枝葉や、実、鳥の巣の様な物まで分別無く吹き飛ばす。すると、それに運ばれ高い声が近付いてくる。


「きゃァァァぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ!!!」


 軽い物は風に運ばれ俺等の頭上を通過していくが、重い物は重力により風に乗る事はできない。俺は爪で抵抗しきれなくて飛んできたのであろうメビヨンを受け止めた。


 嘘である。


 俺の上に落ちてきただけだ。


「ぐふぅっ!」

「うわぁっ!」


 マレフィムは勢いよくミィに射出され回避させられるが、驚きはしたようだ。


「メビヨン!?」

「角狼族では無い白き翼の娘……ぁあ~! 族長様の娘さんですねぇ。」


 驚くダロウと、メビヨンの事を知っているかの様に話す謎の鳥。


「道理で言う事を素直に聞くと思ったんだ……。」


 ここに来て片方の前足を顔に当てるあざといダロウ。しかし、すぐに再度構えて鳥の方を睨みつけた。


「……おめぇ、パパドの使いかなんかか。」

「まぁまぁ、まあまあまあ。私はただの野次馬ですよ。娘さんに関しましては、悪意があった訳ではなく、盗み聞きをしてる輩を感じとったので出て来ていただいただけですょ。」

「野次馬? 高鷲族で間違いないのですよね?」

「えぇえぇ、えぇえぇえぇ。私、高鷲族のキュヴィティと申します。以前、海で見掛けた災竜さんに挨拶をしたくてですねぇ。ぁ、それと、族長様。縄張りを侵してしまい申し訳ござぃませんでした。パパド様には随分しかられてしまいましたよ。ハハッ。」


 海? って事はあの時、海の上を飛んでた高鷲族の1人って事か。にしてもこの人本当不思議なテンションだな。これ本気で謝ってるのか?


 とりあえずメビヨンが俺の上から退いたので普通に立ち上がる。メビヨンは身体を打ったものの、怪我等はしていないようだ。


「それで挨拶ってまさか……恨みを晴らしに来た、とかでしょうか。」

「ほう……そんなら話がはえぇ。ぶっ殺してパパドへの土産にしてやるよ。」


 ミィに吹っ飛ばされて少し不機嫌なマレフィムと、メビヨンを吹っ飛ばされて不機嫌なダロウ。そんな彼等が今にも攻撃を仕掛けそうだが、当のキュヴィティは態度を更に緩める。


「いやいや、ぁいやいやいや! 滅相も無い! 本当に挨拶だけですよぉ! 物騒ですねぇ。遠くから妙な魔法で魚を獲っている姿が見えたので、是非その魔法を教えて貰えたらなんてのは考えてますけどもぉ……んぅ゛!?」


 釈明をしつつ図々しい事を曰うと、急に奇声を上げて翼をバタつかせるキュヴィティ。また、魔法を使うのかと思ったのだが、よく見たらその長い足に根っこの様な物が巻きついている。


「痛い痛い! 痛゛い゛!! 痛゛い゛!!!」

「キュヴィティ! 貴様は謹慎の命が下ったはずだ。そんなお前が何故此処にいる。」


 低く落ち着いた女性の声を敷く者。質素な服に似合わない美しき銀糸の様な髪と、そこから覗かせる長い耳、そして、褐色の肌に浮く神秘的な白い紋様を身体に纏う美女が、十字型に組まれた謎の道具を背負って木陰から現れた。


「さかっ! 魚゛ッ゛!!!」

「醜く暴れるんじゃない。痴れ者め。」


 俺はこの種族を知っている。


「あ、あんた。もしかして、高鷲族と共生してるっていう……。」

「あぁ、ダークエルフのシャルビア・エルオ・ヘキだ。パパドの使いとして来た。どうやら、また迷惑を掛けてしまったようだな。こいつは変わり者のキュヴィティ。高鷲族の中でも少ない魚食を推進する者だが、その為には何も考えずに行動する困り者だ。」

「高鷲族は殆ど変わり者だからこいつの事はどうでもいいんだけど……不変種と共生してるって噂は本当だったのね……。」


 メビヨン、お前普通に話してるけど今、ダロウがめっちゃ睨んでるからな。これじゃ帰った後にフォローできないぞ?


「特に隠してる訳ではないのだがな。とにかく、こちらへ。案内する。」

「シャルビアしゃぁ~ん!? わたっ! 私は!? 足が!! 足がァッ!!」

「貴様はもう少しそこで反省していろ! それに魔法を使えば簡単に逃れられるだろう!」

「足が痛くて魔法が使えないんですゥ!!」


 その最もな反論に舌打ちをすると、キュヴィティの足に絡みついた木の根が解けていく。


「パパドから指示された期間は明日までだ。それまで家で大人しくしていろ。殺されたくなければな。」

「は、はいぃ!」


 登場時のテンションは何処へやら……。情けない声を出し一目散に飛んでいってしまったキュヴィティ。

 お……おっかねぇ……。共生してるんだよな? もう少し優しくしてやってもいいんでない?


「安心しろ。私達は決してお前達に危害を加える気は無い。高鷲族は好奇心が過ぎるだけだ。」

「ダークエルフは保守的だって聞いたんだが。」

「あぁ。間違いない。しかし、内輪だけでやっていける程この世は甘くない。」

「それはちげぇねえ。んでもって、悪ぃが、ちぃとばかし待ってくれ……言いたい事は、わかるな?」


 そう言って、しれっと付いて来ようとするメビヨンに、頭突きでもしそうな近さでメンチを切るダロウ。その目は怒りに満ちている。


「てめぇ……どういうつもりだ……。」

「わっ……アタシは偶然! 迷った、だけよ……。」


 偶然という言葉を強調するが、後ろめたさからか後半は尻すぼみになってしまっている。


「言ったよなぁ? 何かあるかもしれないってよぉ?」

「だから、アタシは、偶然……。」


 顔を詰めるダロウ、引くメビヨン。彼女はダロウによる想定以上の怒りに丸い目は細まり、目尻が潤み始める。ここは無理やりにでも宥めるしかないな。俺はそんな二人に近付き、頭でメビヨンを押して入れ替わる。ダロウはそのまま俺を見つめて表情を変えない。


「ダロウさん。今日は許してあげて欲しいです。角狼族は誇りを失った時に死んじゃうんですよね。メビヨンは『友を見捨てたら誇りを失う』と言っていました。」

「族長、いいじゃねえか。最近は誇りを口にする若者だって少ないんだぜ?」

「その通りだ。誇りを抱いて友を守るのに何が問題あるってんだ。これ以上責めたら本当にただの親馬鹿だぜ。」


 フォローを入れてくれる他の雄達。


「……ったくよぉ。なんだってこんなに俺が責められなきゃならねぇんだ。チッ……好きにしろ。」

「あ、ありがとうございます!」

「いいの!?」

「何かあったら一目散に逃げろ。いいな?」

「うん!」


 不機嫌そうにそう指示するダロウ。メビヨンは顔を綻ばせて軽く翼を羽ばたかせる。


「まるで私達が悪者の様な扱いだな。危害を加える気は無いと言っているだろう。」

「絶対はねぇからな。まぁ、気を悪くしたなら謝るが……俺の大事な娘なんだ。ダークエルフだって家族は大事にするだろ。」

「ふむ……。」


 その意見に特に反論は無いのだろう。黙って歩き始めるシャルビア。


「どうした? こっちだ。」


 そのまま先導してくれるらしい。


「はぁ……高鷲族に、ダークエルフですか。文献とはやはり異なるものですねぇ。高鷲族は何度か見たことがありますが、エルフ族まで見る事ができるとは……。」

「キュヴィティもマレフィムも似たようなもんだよな。」

「失礼な! クロロさん、私は周りに迷惑を掛けないように立ち回りますよ?」

「きもちわるさが似てる。」

「それは言いすぎよ。……でも、確かにオクルス帰りの人に質問攻めする時とかはあんな感じになるかも。」

「メビヨンさんまで!?」


 そんな俺達のやり取りに場の空気が少し和む。


「妖精族の村はこの森に点在しているが、私達にとって特に用は無いからな。こんなに近くで妖精族を見たのは私も始めてだ。」

「元来いたずら好きな性分の私達ですが、エルフ族には恐れ多くて手を出さないでしょうしね。」

「エルフ族は恐ろしく強いと聞く。報復を考えれば手を出す奴はアホだ。数が少ないからまず会えねえけどな。」


 そう語るダロウだが、そこで俺に一つの疑問が芽生える。


「えっ? 数が少ない? エルフって三大不変種なんだろ?」

「この前教えました通り、三大不変種は王国の王である種族というだけです。エルフはとても数が少ない種族ですよ。」

「やはりまだ子供なのだな。」


 そう言ってシャルビアがまじまじと俺を見る。

 

「白銀竜の子の災竜と聞き、こちらも少しは警戒していたのだが、その心配はないようだな。」

「へっ、聞き分けのねえ凶暴な奴だったら俺等がとっくに殺してらぁ。」

「それもそうだ。」


 こいつらよく本人の横でそんな物騒な事言えるよな。ダロウもシャルビアも冷酷さはどっこいどっこいかもしれん。



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