第33頁目 よーしゃよしゃよしゃよしゃよし……?

 森は森だ。何処へ行っても変わらない。しかし、村は違う。住む者達によってその世界は創り変えられるのだ。ダークエルフのシャルビアに案内された場所は、来た道とそこまで変わらない大樹が何本も生えた土地に、また俺の知らない文化が根差した村だった。


「「「うわぁぁぁ……。」」」

「おめぇら……遠足じゃねえんだぞ?」


 ダロウが、高鷲族の村を見て感激する俺とマレフィムとメビヨンを注意する。しかし、これを見て驚かないでいるなんて無理だ。


 大樹の外皮に木版を差し込んで階段が作られている。その先には中が空洞になっているこぶがあり、そこで誰かが暮らしているのだろう。そして、大樹の上の方にはこれでもかという量の蔦と小枝が密集している。既に白い鳥が何羽か見えるので、あれは間違いなく高鷲族の巣なのだろう。


「下が私達の村で、樹上のあれが高鷲族の村だ。こっちへ。族長様達の所へ案内する。」

「魔法で家を作ってるのね。アタシもできるようになりたいわ!」

「乾物が植物ばかりですねぇ。見たことの無いものまであります。これは興味深い。」


 メビヨンもマレフィムも好き勝手コメントしていて完全に観光気分だ。俺は流石にダロウに怒られそうなのでそういうコメントは控えておく。しかし、案内された先の光景で意図せずして言葉を奪われる事となった。


 大樹の中でも、一際大きい大樹。その中心が屋敷の様な形に削り出されている。例えると、片流れの屋根を幾重にも重ね、亜細亜っ気で味を付けたとでも表現するべきか。そして、それの周りを木面が屏風の様に佇み、凹んでいる空間は樹上にまで伸びていた。和風とも洋風とも言えぬ不思議なデザインの建物は、一言で言うならば威風である。


「こいつぁ立派だな。」


 ダロウでさえそんな事を呟いてしまう程の見栄えだ。俺もつい萎縮してしまう。そして、マレフィムも無言で手記に何かを書き記している。


 巨大樹の側面から入り口へ続く長い螺旋階段を上り入り口に着く。大きな簾が上がり、中に案内されると、部屋を淡く照らす提灯みたいな照明が出迎えてくれる。建物の真ん中は吹き抜けで、柱は数少なく、とても不思議な構造だ。何重にも重なった屋根の下には柱こそあれど、壁は存在しない。それはまるで、五重塔の骨の様だ。この構造だと横から吹き込む風雨に悩まされそうだが、俺が気にする事ではないか……。三方向木面に囲まれてるしな……。


「ほう……正しく災竜だな。」


 声がする方を見ると、シャルビアに似た風貌の男。ダークエルフだ。


「そして、そちらは角狼族の族長であられるか。」

「あぁ、ダロウだ。」

「私はここのダークエルフの長、スメラ・オリロア・ヘキである。して、呼んだはずのない獣人種と不変種がいるようだが……。」

「こいつを呼んだのはてめぇじゃねえだろ。」


 そんな冷たい反応に顔色一つ変えないスメア。彼も友好を期待していた訳ではなかったのだろう。

 

「何? 来たの?」


 今度は女性の声だ。

 

「てめぇが呼んだんだろうが! パパド!」


 身軽に、柵もない上の階の縁から飛び降りた白と黒の羽を纏う背の高い女性。目の周りも朱塗りしてあり、デミ化しているが、彩色だけで高鷲族だというのが伺える。

 

「そんな怒んないでよ、ダロウちゃーん! わー! モフモフー!」


 威嚇をものともせずにダロウの首に抱きついてワシャワシャする。あんな牙見せてるでけぇ犬によくそんな事できるな。


「そんで!? 君が? 噂の災竜くん!? ぅっわー! かっくいー!」


 ダロウへ絡むのと同じ様な調子で俺に近付こうとするパパドと呼ばれる女性。しかし、その行く手を角狼族の雄2匹が阻んだ。


「パパド、順序を誤るな。まずは信頼の構築が先だろう。シャルビア、ご苦労だった。もう下がっていいぞ。」


 その一言でシャルビアは霧の様に消えた。まるで元からいなかったようにだ。俺はそれに戸惑ったが、周りはそれに対して何も思っていないらしい。


「ちぇー……なんでそんなにウチ等を警戒すんのさー。同じ森の民だろー? なんかした事あったっけぇ?」

「しまくりだろうが! 手長猿族と共に決めた決まりを気分でぽこぽこ破りやがって……ままごとじゃねえんだぞ。白銀竜が去った今、尚更秩序を守らなきゃいけない状況だろうが!」

「そんな事言ったってぇ~。守ろうとはしてるもーん。それにそうそう! 白銀竜様がいなくなってしまったけど、その子をさぁ~。なんで角狼族が独り占めしてる訳ぇ? ずるくなぁい?」

「クロロ、こんな奴が高鷲族の族長やってんだ。マトモじゃないってのがわかったか?」


 なんとなく予想はしていたが、やっぱりこのパパドって人が族長なんだな。


「無礼な態度をすまない。しかし、私達とて、白銀竜様には感謝をしているのだ。その子たる彼に興味を抱くのは致し方ないだろう。」

「そーだそーだー! って事で話せるんだよね? お名前なんて言うんでちゅかー?」


 舐め腐った態度だが、敵意は微塵も感じない。だから俺は、あくまで無難な返答をする。


「クロロ、です。よろしくお願いします。パパドさん。スメアさん。」

「ぇっ、ちょっとやだぁ。なんでこんなに礼儀正しいの?」

「これは驚いた。やはり子は親に似るというのは本当のようだ。」

「馬鹿言うな。それだけ苦労してきたってだけだ。こいつの言動見てたら寧ろ哀しくなってくるぜ……。」


 人間だった俺からすれば、この世界の子供? が甘やかされすぎというか……。性格で同情されても複雑なんだけどな。


「それで、クロロくんの頭の上に乗ってるのは誰? 後ろの子は噂の娘さんでしょ。」

「は、はいっ! メビヨン、です!」


 メビヨンは緊張しているのか、無意味に返事をする。強張ったその声からはいつもの余裕が感じ取れない。俺にはわからないけど、大きい魔力とかそういう物を感じてたりするのだろうか。


「お初にお目にかかります。私はクロロさんの保護者であるマレフィムという者です。見ての通り妖精族ですが、敵意はございません。」

「保護者だと?」

「ふーん……何が目的ぃ?」


 まるで娘についた悪い虫を見るような目でマレフィムを嘗め回すパパド。恩人の子に得体の知れない奴が付いて、保護者を自称だもんな。何か疑われても仕方ないか。


「目的ですか、それはクロロさんの目的を遂げさせる事が目的と言えば目的ですね。」


 ここで素直に冒険や旅行って言わないのがマレフィムらしい。


「クロロちゃんの目的?」

「えぇ、クロロさんは母である白銀竜を探していずれ森から出るつもりです。」

「会いに行くって事?」

「しかし、行き先は知っているのか?」


 ご尤もな質問だ。しかし、探しに行くなら何処へ? という質問への答えを俺は持っていない。


「今は母さんへの手掛かりは何もありません。」

「ですが、あの方を追うのがそれ程難しいとは思えません。ですよね?」


 マレフィムの言う通り、母さんは目立つ。空を飛ぶのだから、誰かが母さんを見ているはずだ。


「白銀の飛竜族など、そうそういないであろうしな。」

「そりゃ普通になら探せるだろうさ。でも災竜だよ? どんな目にあったっておかしくない。まさかダロウちゃんがそこまで面倒見る気?」

「それはしてやりたいが……俺は族長だ。村の奴等を見捨てる気はない。」

「ふーん……それでせめてもって事で匿ってる訳ね。」


 俺だっていつまでも匿ってもらうつもりは無い。魔法がもう少し上手くなって空が飛べたら直ぐにでも森から出て探しに行きたい。でも、今のままじゃ未だ無理だ。


「でもさぁ、その理由ならウチ等だって匿っても良くない?」

「良くねえ。ほんのちいせぇ決まりすら守れねぇ奴等に、大事な恩人の子を預けられるかってんだ。」

「そんな細かい事ばかり気にしてたらぁ、クロロちゃんがクソ真面目な子になっちゃうでしょー?」


 そんな荒唐無稽な反論にダロウの眉間の皺がヒクヒクしている。メビヨンに対する怒りとは全く種類の違う怒気だ。


「おい、スメラとか言ったな。お前よくこんな奴等と共生してられるな。」

「偶々同じ場所に住んでいただけだ。もし、こちらに都合の悪い事をしようものなら容赦はしない。」

「おーこわ。やんなっちゃうねーもぉ。」


 パパドと比較すると、スメラやダロウがどれだけ族長に相応しいかわかるな。というか、なんでこんな人が族長に選ばれたんだろうか。


「ウチは本当にクロロちゃんと仲良くしたいだけなの。それに、ウチの部族の性格上ずっと閉じこもってるのは無理そう。社交的だからね。」

「無計画なだけだろうが。」

「ほら、ボンボボちゃん達って凄い内向的じゃない。行商も殆どしてないみたいだし。でも、ダロウちゃん達とならもう少し関係を築けるかもなぁって思うんだけどぉ。」

「……それはお前等も望んでるのか?」


 お前等とはダークエルフの事だ。ダークエルフは内向的で外との繋がりは作らないと聞いた。なので、高鷲族が好き勝手して懸念が無いのか疑問なのだろう。


「私達は互いに害を為さないという契約をしてある。害と判断したら駆逐するまで。それまでは、ここを守るだけだ。」

「ダークエルフと争いたくなんてないからね。ウチ等だってそこは考えて動いてるよ。」

「白銀の傘は消えた。今は俺等達だけでやっていかなきゃならねえ。互いに協力するのは別に悪い提案だと思っちゃいねえさ。だからこそ、これからはもう少し決まりを守ってくれ。」

「今回破ったのはキュヴィティの暴走だからねぇ。というかまずウチ達が決まりを破ってるのって基本は連絡関係でしょ?」


 キュヴィティって来る時に会った変な鳥だよな? やっぱりこの村で有名なトラブルメーカーなんだな。


「まぁ、事前に通達してくれればってのが多いな。」

「だから連絡できる方法をつくろうじゃない。」

「使者以外にって事か?」

「そうそう! はい、これみて。」


 パパドは自身の首にかかっていたネックレスを渡す。革紐についているのは地味な色をした透き通ってもいない石。それをダロウはデミ化をして、それを受け取る。


「なんだぁ?」

「これね。星欠石。」

「これがか。」


 ダロウは知っているようだが、俺は聞いた事もない物だ。何も聞かずにダロウはそのネックレスをパパドに返したが、それは何に使う物なんだろうか。


「(なぁ、マレフィム。あれってなんだ?)」


 忘れる前にわからない事はその場で聞く。勿論小声でだ。


「(アレは簡単に言えば魔力を溜め込む石です。あのサイズですと、そこまでの魔力は送れませんが、声を伝えるだけなら問題ないでしょう。)」

「(なるほど。)」


 アレを使えば遠距離でも魔法を使えるって事だな。でも送れる魔力がサイズに比例するなら使い道が限られるなぁ。


「じゃあ、これ、お願い。」


 パパドは更に拳くらいの星欠石をダロウに手渡す。ダロウは黙ってそれを握る。すると、石が青白く発光し始めた。

 

「(なんか光ってるぞ。)」

「(魔力が活性化すると発光する石なんです。アウラによって発光する色が違うんですよ。ダロウさんは青白く光るようですね。)」

「次は私へ。」


 静かにそう言ったスメラに、ダロウは星欠石の発光を止めて手渡した。受け取ったスメラは再度星欠石を一時的に光らせる。


「んじゃ、ちょーだい。」


 パパドはスメラからその石を受け取ると、また発光させ宙に軽く投げてしまう。


 パキッ!


 魔法を使ったのだろう。その石は少々の欠片を散らしながら、3つに割れてパパドの手に戻る。それを何処からか取り出した金具の付いた革紐で簡易的なネックレスへと仕上げ、スメラとダロウに1つづつ手渡した。


「これで何かある時に連絡するからさ。これからは少しずつ交流を増やしたいの。クロロちゃんも気軽にウチへ遊びに来てよ。」

「……ふん。ここまで考えてるたぁ意外だったな……クロロは護衛付きなら許可してもいいだろう。勿論、本人の意思次第だがな。」

「安心しろ。ダークエルフの長として、彼を守ると誓う。」

「ちょっとちょっと。ウチだってクロロちゃんを守るって誓うんだから。」


 高鷲族はともかく、シャルビアさんとスメラさんを見る限り、ダークエルフは信用できそうな人たちだ。最初こそ不信感があったものの、高鷲族もそこまで悪意がある部族には思えない。ここの暮らしも少し気になるし、遊びに来ていいなら観光したりもしてみたいな。マレフィムが大喜びしそうだ。 


「にしても、手長猿族はどうするんだ。」

「角狼族以上にお堅いのよねぇ。でも焦る事ないわ。今日だってまさかこんなに交渉が上手くいくとは思わなかったし。」


 ケラケラと笑いながら語るパパドは、会った当初よりかなり機嫌が良さそうだ。


「俺はクロロを捕まえて実験でもして遊んだりすんのかと警戒してたんだがな。拍子抜けだぜ。全く。」

「その言い方じゃあ、まるでウチ達がそうしなくて残念みたいじゃない。」


 空気が段々と軽くなっていく。

 もしかしたら心配なんて……するだけ無駄だったかもな。

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