第31頁目 餌付けって有効だよね?
「ぇー……前回は数字の書き方を教えましたが、これはとても大事なので忘れないようにおさらいを致しましょう。まず、時間に区切りがあるというのはご存知ですよね? 一年が十二ヶ月、一月が約四週、一週が七日、一日が二十四時間、一時間が六〇分、一分が六〇秒。こちら、皆さんはもう書けるようになりましたか?」
「かけるー!」
「わかるー!」
昼、ドミヨンさんの家でご馳走になった後、俺は子供達と一緒にマレフィムから読み書きを習っていた。今日は珍しくメビヨンも来ている。マレフィムは、社長椅子ならぬ社長ソファーの様になったミィに腰掛けて俺達の前にふんぞり返って座っているのだが、そのサイズ感のおかげかあまり腹立たしい光景ではない。それに教え方はとても丁寧である。
因みにマレフィムが教えてくれているのは、この世界の共通語であるフマナ語の読み書きだ。しかし、この言葉、どうにも英語と類似点が多い。かなり前の知識なので色々忘れているが、俺にとっては大助りなのだ。
そして、気付いただろうか。この世界はなんと、異世界なのに時間の定義が地球と同じなのである。これは設定の放棄と言わざるを得ないのではないか? 助かるけど。言葉やチートはくれない癖に、こんな所だけ同じなのはもう考えるのをやめたとしか思えない。助かるけど。全くもってこの世界のロマンの破壊具合は腹立たしい……! ……助かるけど!
「それでは今から私の言う”時間”を書いて下さい。書き終えたら呼んで下さいね。」
俺達は地面に木の枝や爪でマレフィムのお題に沿うよう文字で答えを書いていく。それが間違っていれば、風魔法で訂正をしたり、子供たちに手本を見せたりしてくれる。その姿はまさにマレペン先生。
「皆さんしっかり出来ていますね。それでは、今日は形容詞に触れてみましょうか。皆さん、集まって下さい。」
マレフィムは俺たちを一箇所に集めてその中心に文字を書いていく。
「例えば……これは『水』です。そして、これが『空』、『木』ですね。物には大きさという考えがございます。その大きさも表現も様々ですよね。『広い』『長い』『多い』等々です。それ等は大体、発音から綴りを予測出来るでしょうが、しっかりと規則性があるのです。」
頷く俺たちの顔を見て続けるマレフィム。
「とりあえず皆さん文字はマスターしているので、『多い水』『広い空』『長い木』を書いてみましょう。」
そんな指示に、口を揃えてはーいと答えたら、全員木の棒を持って地面に文字を書いていく。紙なんてないのだから仕方ない。
ここで生活をして知ったのだが、この世界で大事な記録は石版に書くらしい。その次に木の皮だそうだ。理由としては、寿命が大きく影響している。石は錆びないし腐らない。そして、魔法が少し上手く使えれば思い通りに書ける。そして、重さを管理すれば改変も防ぎやすいとか。次に木の皮が使われているのは、文字を焦がして書く事が出来るからである。つまり、これも改変防止な訳だ。その上、軽い事もまた重宝されているが、殆どの種族は力が強いので木の皮を使うのは妖精族の様な小型の種族が主らしい。
因みにこの世界でまだ本はみていない。しかし、似た用途のものがある。魔方陣が刻まれている粘土板みたいな物があって、そこに記されている文は魔力が無い人でも、登録されているページを切り替えられて閲覧出来る代物だとか。魔力を溜める技術のおかげで生まれた革命の一品とかなんとか……。全部マレフィムの受け売りだ。
マレフィムが手記にインクで書き込んでいるのは、清書前のメモだからだそうで、後に集大成を纏めるって張り切っていた。塗料は娯楽品なので値が張るらしい。よくやるよな全く。
「クロロ!」
この声は……ダロウ?
「はい?」
「わりぃ……高鷲族にお前の事がバレちまった。」
「えぇ……。」
「えぇ!?!?」
一番大きい声を上げたのはまさかのメビヨンだ。ミィを見るとプルプルしているが、マレフィムが小声で何か言ってるを見る限り抑えているのだろう。
「ちょっ、ちょっとどういうこと!? なんで!? パパ! もしかしてクロロを引き渡す気!?」
「い、いや、そんなこたぁしねえよ。なんでも……クロロが高鷲族を見つけた時、そいつ等もお前に気付いていたらしい……。」
「そんな……じゃあ、なんて言ってきてるの……?」
それが気になるところだ。そもそも高鷲族がなんで俺に興味を持つ。
「さっきまで族長会議でよ。俺は例の縄張りに許可無く立ち入った事を軽く注意したんだ。そしたらよ……会議の後、高鷲族の使いが来てよ……。」
「来て……?」
「…………あ、挨拶したいって。」
「へ?」
思わず間抜けな声を出してしまったが、意味がわからない。
「……高鷲族らしいわね。」
「……あぁ。」
「いやいやいやいや、何納得してんの。どういう事? 挨拶って何かの暗喩か?」
「前少し話したろ。高鷲族ってのは変わってるんだよ。何を考えてるのかわからねぇ。」
「挨拶っていうのも言葉通りだと思うわ。」
「ええ??? はじめまして。こんにちは。で、終わり?」
「あぁ。」
ちょ、ちょっと何言ってるかわからないです。
「ふむ。にわかに信じがたいですが、角狼族とは長年の付き合いもあると思います。即ち事実なのでしょう。」
マレフィムはこんな時頼りになるのかもしれない。それに変人なら、こっちにもマレフィムという変人がいるじゃないか。
「それでも、族長会議で公言しなかったという事は、それなりの分別はあるようですね。」
「あぁ。好奇心があって、マイペース。それでもって馬鹿じゃない。俺等とは毛色の違う部族だよ。」
「信用は出来る輩なのですか?」
「奴等もこの森の民だ。と言えばわかるか?」
「なるほど。で、あれば問題ないでしょう。私も少し興味がございます。クロロさん、挨拶に行きましょうぶぶぶぶぶぶ。んぅ! んぅ゛っ! ん゛ぅ゛っ!!」
「お、おい、どうした?」
ミィが暴れだしたのだ。これはマレフィムの提案に対して、明確に抗議しているという事だ。
「んみ゛っ! ミィざっ! お、落ぢづっ! いでっ! あぶっ! うぅ゛っ!。」
よく見るとソファーに四肢が縛り付けられていて、背中を思いっきり叩かれているようだ。怪我しない程度の強さだろうけど、その奇行が見ててやばい。
「と、とにかく危ない人たちでなければ俺もお会いしたいです。母さんに恩を感じてる人たちなら尚更。」
「危害を加えてきたりはしねぇと思うがな。こっちも守ると言った手前、何が何でも味方するぜ。とりあえず、明後日辺りに来いと呼ばれてっからそん時に連れてこうと思う。」
「アタシも行く!」
間髪入れずに同行を志願するメビヨン。
「駄目だ。」
「嫌!」
「駄目だっつってるだろ! もし何かあったら二人共守ってやれねえ!」
「すぐに逃げるから!」
「駄目だ。もっと腕の立つ雄を付ける。先生は強いから自衛できるよな?」
「えっ、えぇ、私よりクロロさんを……。」
「パパの馬鹿!!!」
マレフィムが答えている所を遮って、メビヨンは叫んで広場から走り去ってしまった。
「……ったく。わりいな。せっかくの授業の邪魔しちまって。この村の雄は読み書きできる奴に限って教えるのが下手だからよ。」
「……いいんですか?」
そのまま話を変えようとするダロウだが、続けられそうな空気ではない。これでいいのかと聞いてしまうくらいには、メビヨンが少し心配だ。先日の件もある。
「んぁ~……こればっかりはなぁ……危険かもしれねえし、そうじゃねえかもしれねえ。答えがねえから何を言っても外れなんだよ。俺がやれる事は当日におめぇを守る事だけだ。だから、こういうのは”お友達”にどうにかしてもらうのよ。頼んだぜ。」
「そうですね。クロロさん。授業は一旦止めて、メビヨンさんを少しだけ宥めてあげてください。明後日、私達が無事に帰ってくれば問題無いのですから。」
「……わかったよ。俺だけ読み書き上手くなっても拗ねるだろうしね。」
まるで負け惜しみの様な理由付けだが、ただの軽口だ。俺はメビヨンの走っていった方向へ走り出す。
「ぬわっ!」
間抜けな声を出して落下するマレフィム。ミィが俺の背中に張り付いたのだ。
「あのスライムは本当にクロロに懐いてやがんな。」
「っつつ……クロロさんの保護者ですからね。」
*****
メビヨンを追いかけたは良いが、当然俺じゃ追いつけない。でも、なんとなく行き先はわかる。村近くの少し木が開けた場所だ。なんとかそこに着いた俺は、端に生えた大樹程大きくもないが、それなりに高く立派な木に呼び掛ける。
「メビヨン! 俺の護衛なんだから勝手にどっか行っちゃ駄目だろ!」
すると少しの沈黙から白猫が降ってくる。
「……そうよ。それなのにパパはついて行っちゃ駄目って……。」
「そんなに付いて来たいのか? 悪い奴等じゃないんだろ?」
「良い奴等でもないのよ。だから、クロロが興味本位で連れ去られたりする可能性だってあるのに……それを知っていながら村で待つなんて嫌だわ。」
「随分と心配してくれるね。」
猫とは言え、女の子に心配されるのはどうにも悪い気がしない。
「勘違いしないでよっ! 友を見捨てるのは角狼族の誇りが許さないだけよ!」
「わ、わかってるよ。」
そんな断言をされると少し寂しいな。でも、俺の事を大事な友達だと思ってくれているみたいだ。それはちょっと嬉しいかもしれない。
「あー! もう! ムシャクシャするわね! なんでアタシがあんたの為にこんな悩まなきゃいけないのよ!」
「知らねーよ。」
そう言えばメビヨンが同年代の子供と一緒にいる場面をあまり見たこと無い。小さい子達の面倒を見たり、大人達に混ざって談笑してるところはよく見るのだが。おかげさまで、大人を除いて一番仲の良い子供は知り合って間もない俺なんじゃないかという疑問が生まれる程だ。
「メビヨンはなんで同じくらいの歳の奴等と遊ばないんだ?」
「……あの子達に聞いてよ。アタシ何もしてないし。」
「虐められてる訳じゃないんだよな?」
「距離を置かれてるだけよ。……多分…………そ、れ、よ、り! 今はあんたの事でしょ! 怪我でもして戻ってきたら許さないんだから!」
不器用だなぁと感じてしまうのは捻くれ過ぎか。その優しさを普段から見せてやれば、普通に友達作れると思うんだけど……。
「俺だって一応竜人種なんだぜ? そう簡単にやられたりしないよ。……なぁ、二人で海行こう。魚獲ってやるよ。」
「え? 今から!?」
「前、また獲ってくれって言ってたろ? ほら、行くぞ!」
「(何々? デートのお誘い? クロロもそういうお年頃?)」
「確かに言ったけど……ってちょっと待ってよ!」
ミィの茶々はこの際無視して走り出す。メビヨンは俺より速いんだからすぐに追いつくだろう。俺は悩みたくない時の対処法をよく知っている。気になる事があるなら気にならないくらい動けばいい。
*****
「はぁ……ふぅ……ま……待って……。」
「着いたぞ! 早く来いよ!」
「そんな……変な走り方なのに……なんでこの距離走リ続けて……ピンピンしてんのよ……。」
俺の想定通りメビヨンは先を走る俺に軽々と追いついたが、スタミナ切れを起こしてすぐにへばってしまった。俺は最高速こそそこまで出ないものの、休まず走り続けて全く疲れていない。メビヨンの言う通り犬猫と違ってトカゲの走り方が不格好なのはちょっとアレだけどな……。
「(クロロ、ちゃんとあの子に合わせてあげなきゃ。可愛そうだよ。)」
「腹が減ってんだよ。」
猫ってスタミナ無いんだっけ。持久力より瞬発力があるタイプなんだな。
「ここで休んでろよ。とびっきり美味そうなの獲ってくるからよ!」
「わ……わかったわ……はぁ……。」
俺は疲れ切って息を切らすメビヨンを背に、青空が溶け込んだ海に飛び込んだ。
「今日は気をつけてよね。私もクロロから離れないから。」
「わかってるって。」
その後ミィと協力して鮮やかで大きい魚を3匹捕まえる。両手に1匹ずつ。咥えてもう1匹だ。
「凄い! 本当に上手に泳げるのね!」
俺は魚を海水で洗った流木の置いて並べる。
「獲れたてだから生でも美味しいんだぜ。」
「聞いたことある!」
「見てろ?」
せっかくだから美味しく食べて貰いたい俺は、爪で不器用ながら頭を千切って、内蔵を取り出してから海水で洗う。天然の調味料だな。大きめの魚だから骨はそのままでいいか。寄生虫とかは……大丈夫だよな?
「ほら。」
俺は下処理の終わった魚をメビヨンに手渡す。
「これ、そのまま食べていいの?」
「あぁ、ガブッといけ、ガブッと。」
その言葉に目を輝かせて一口頬張るメビヨン。
「お、美味しい!」
「だろ? これからも偶に食べさせてやるから、明後日は我慢してくれ。」
「それは別の話よ。」
ご、強情だなコイツ……。
「でも、また食べさせてね。」
「ええ? 明後日留守番する気無いんだろ!?」
「そうよ。でも食べたいんだから仕方ないでしょ。」
「なんだよそれー。」
理不尽過ぎる……。ただ、目に見えて機嫌は良くなったようだ。
「お転婆娘だなぁ。」
「年下が何言ってんのよ。……もう一匹ちょうだい。」
「……。」
ごめんよ、ダロウ。説得は無理でした。
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