第28頁目 敵が使う不意打ちってズルくない?
俺はクロウ達を連れて村の少し東側へ出る。こちら側はいつも村の子供達に案内されて出掛ける狩り場のある方向である。つまり、安全な地域だ。
「お前等はメビヨンが心配なんだろうけど、メビヨンが怪我をしない為には理解してもらうしかないんだ。」
ダロウは怒っていたが、言っている事は多分間違っていなかった。愛する娘の涙にはたじろいだものの、死んで欲しくないという思いは変わらないはず。なんなら母性溢れるドミヨンもいるし、どうにか上手く収めてくれるだろう。……それでも幼いこいつらにはわからないよな。25歳だけど……。
「だから、俺等は落ち込んだメビヨンを慰めてやろうぜ。」
「(そうだね。それがいいかも。クロロは女の子の扱いがわかってるね。)」
ミィが耳打ちで茶々を入れてくる。
「……うん。」
「……どうしたらいいかな?」
「ねーちゃん……。」
どうにも元気になってくれない。でも、ここで挫けてられないぞ。
「お前等まで落ち込んだままだとメビヨンがもっと泣いちまうぞ! なんでもいい! アイツが喜びそうな物を何か知らないか?」
「(そうそうその意気♪)」
ミィは子供達しか居ない時は油断しているのか普通に耳打ちしてくるんだよなぁ。しかも、見守り方が生暖かすぎて気分は密着! 授業参観24時! ……なんともこそばゆい。
「……えーと。おはな……とか。」
「キレーな石とかすきだよ?」
「オクルスのひもの。」
「……オクルスの…干物?」
オクルスとは王国領の町でこの森の西にある。角狼族はオクルスと行商を行っているので、そこから帰ってきた人がお土産をくれたりするらしい。そのオクルスは前哨基地、つまり軍事拠点であり、大河の側にある事から水産業と保存食品が名物となっているとマレフィムから聞いた。
「それって魚だよな?」
「うん。」
「ちょっとしょっぱいの。」
「あたしはお肉の方がすき……。」
玄関の前にぶら下げてある魚の干物を見た事があるけど、あれがオクルス土産だったんだな。にしても魚好きとは猫らしいな。でもあの虎みたいなサイズの猫だと、魚より肉が好きそうなもんだけど……個人の趣味か。
「なら魚を捕ろう! ここら近くに水場は無いか?」
「むこーの方に海があるよ。」
「海!?」
まさかの答えを導き出すコロウ。この世界で海なんて聞いた事しかない。それがあるなんて言われたら行って見たくなるじゃないか。
「でも、魚ってすごい逃げるの早いんだよ?」
「高鷲族やベスがとってるとこしか見たことない。」
「海はお肉とれないの?」
「(そっかぁ……この子達クロロの泳ぎの上手さ知らないもんね。)」
少し誇らしげに呟くミィ。ふっふっふっ……。水の精霊に愛された男の泳ぎを見せてやるぜ! 波だけは今生初だからちょっと不安要素だけど、それでどうこうなる程度の泳ぎ力じゃないぜ!
「まぁまぁ、いいから案内してみ?」
「わかった! ビームでつかまえるんでしょ!」
「海は水がしょっぱくて目にしみるんだよ!」
「こっちこっち!」
段々と話題が変わってきたせいか、テンションが俄に上がって来ているクロウ達。そうなると俺を跳ねるような歩幅で先導し、付いて来るように促してくる。純で良い子達だなぁ……なんてしみじみ考えてしまったり。
「(ふふっ……成功なんじゃない? 私も海は久々だからちょっと楽しみかも。)」
「海に行くならマレフィムも誘えば良かったかな?」
「マレフィムはまた今度誘おうよ。じゃないと、あの子達に置いてかれちゃうよ。」
「じゃあ……お詫びに大物でも獲って帰るか!」
それもそうだと、俺もクロウ達を追って走る事にした。
*****
それから結構な距離を移動して小さい浜辺に着いた。これはまた、綺麗な景色だ。青い空に輝く太陽、そして、空と海を隔てるまっすぐな境界線。パラソルに、ブイや船が見当たらないというのは、これほどまで景観を良くしてくれるものなんだなぁ。しかし、魔法の練習や移動に時間が掛かり、これから徐々に夕方になっていくだろう。携帯電話の無いこの世界じゃ行方不明は早々に騒がれる。出る前に一言掛けて出るべきだったと今更ながら思った。だって、こんなに時間が掛かるとは思わなかったんだよ……。
「ついたー!」
「いえーい!」
「海ー!」
「急ぐか。」
はしゃぐクロウ達を尻目に、早速水の中に入っていく俺。だが、クロウ達は俺が泳いで魚を獲ると思っていなかったようだ。
「えっ!?」
「およぐの!?」
「ビームは!?」
「まぁ見てろって、危険だからそこにいろよ。直ぐ戻る。」
と、忠告をして……行くぜ! もっと沖の方だ! 俺はゴーグル瞼を閉じる。そして、浅瀬では久々にドラゴンバタフライだ!前足を折りたたみ、翼で水を抱きこむようにしてから後ろへ追い出す動きを繰り返す。
「すげぇ!」
「あれおぼれてるんじゃないの?」
「ちがうよ! 前にすすんでる!」
確かにちょっと溺れてるようにも見えるかもな……それならこれだ! 前足はそのままで翼を畳み、身体全体と尻尾を捻らせて即座に魚雷泳法に切り替える。潜水して、魚を探そう。これぐらい沖に来たら多少は大きめな獲物もいるだろう。
「クロロ、私も手伝うよ。やっぱり大物がいいでしょ?」
耳に響くミィの提案だが、水中なので何処にいるかわからない。とりあえず伝わればいいという具合でわかりやすく頷いておく。ミィが手伝ってくれるなら百人力だ。
改めて獲物探しを再開するが、ここまで来ると底が岩礁になっているんだな。先程から魚の姿は見える。しかし、せっかくなら立派な獲物を獲ってちやほやされたい。なんて、大魚を見落とさないよう低速で泳いでいると、岩陰から大きい尾がはみ出しているを見つけた。頭は岩の向こうだ。確実にこちら側は見つかっていない。
あれだ……行くぞ!
これと決めたら、慎重に翼を広げてスタートダッシュの準備をしつつ近付く。そして、可能な限りの水量を翼で掴んで瞬間的に加速! 俺は可能な限り首を伸ばし、大口を開けて尾にかぶりつく。
――届いた!
『ガッ。』
視界が突如暗転。直後、身体全体が強烈に圧迫されはじめる。
な、なんだ!? 何が起きた!?
そう混乱する間にも、より圧力は高まっていく。ここで脳の奥から滲み出て来る久々の感覚。
死。
口には先程噛り付いた魚がまだ入っているが、今はそれどころじゃない。内臓が穴という穴から出てきそうだ。
嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ……! 俺はここにいるんだ……! 消えたくない……! まだ……! 消えたくない……!!!
「ううぅぅぅぐぐぐぐぐ……ぐうううううう!!!」
咄嗟の抗いとして、俺は夢中で顎に力を入れる。すると、世界が跳ねた。いや、俺か!? 俺が跳ねたのか!? 何にせよ身体を圧迫する力が弱まった。でも体中に抵抗感があって上手く身動きが出来ない。なんとか身体を捩ろうしたところで、今度は海流の様な流れる力に巻き込まれて光に出る。
「クロロ! クロロ! もうちょっとだから!」
強烈な水流に流される俺を呼びかけるミィの声。そうか、必死で気付いてなかったけど、呼吸が……。
ズオッと言う水圧からの開放感と共に頭が水上に出る。
「がふっげほっごほっ……うっ……はぁ……はぁ……。」
「クロロ! 無事!? 凄く大きなベスに食べられてたんだよ!?」
「……ぇえ? ……はぁ……はぁ……。」
ベスに? 俺が? じゃあ俺は口の中にいたのか? あの魚の尾は……疑似餌? ……ちっくしょぉ……バカみてぇだな……。
「にーちゃーん!」
「魚とれたー!?」
「おぼれたのかと思ったー!」
「だ……大丈夫だー! 大物がいたから待ってろー!」
混乱を払い、力を振り絞ってなんとか心配させないように振舞う。俺を一口で頬張るベスとはどんな奴なのか興味もある。だがそいつはまだあの場所にいるのだろうか。とにかくリベンジだ。
「ミィ、悪いけど付いて来てくれ。」
「当たり前でしょ! 今度はクロロが後で説教だからね!」
うぅ、まさか俺まで叱られる羽目になるとは……ご機嫌取らないとなぁ……と、少し下がったテンションで再び水中に潜る。
「右、そう、そのまままっすぐ。」
水面に上がる時、意識が朦朧としていたので元いた場所がわからなかったがミィは把握しているようだ。
「ほらあれ!」
そこには血煙を水に溶かしながら横たわる、岩石の様な見た目の魚が死んでいた。開きっぱなしの大口は確かに俺を一呑み出来るくらいの大きさである。そこから見える舌の先は先が窄んでいて鰭のようにもなっている。やはり疑似餌だったようだ。にしても、背中と口内を繋ぐこの大穴はミィが開けたんだろうな。恐ろしい威力だ。でも、それくらい俺を心配してくれたって事なんだよな……。
俺はとりあえずこのアンコウモドキの短い尾鰭を咥えた。そうすると、水流が俺を水面に押し上げ始める。疲れた俺をミィが補助してくれているみたいだ。その流れに導かれ、楽々と浅瀬に着く。しかし、アンコウはデカすぎてすぐに砂浜に引っかかってしまった。そこで、とりあえず水からあがる俺にクロウ達が集まってくる。
「す、すげぇーーー!」
「おっきーぃ!」
「こんなの見たことない!!」
「……はぁ……ふぅ……どうよ。」
といっても仕留めたのはミィだからな。なんとも腑に落ちない賞賛だ。それにこれ、干物とかに使われてる魚じゃないし、まず食えるかすらも疑問だ。だが、はしゃぐクロウ達を見てると、そんな余計な考えも薄れていく。
「にーちゃん! なんでもできるな!」
「とべないけどすごい!」
「これパパにも見せようよ!」
飛べないけどは余計だろ! でも、箔は付いたかな……。尊敬具合が凄くて身長よりも鼻が伸びそうだ。そうそう、ダロウにも見せてやりたいと言えばだ。まだ日は高いけど、今から帰って向こうに付く頃には日が傾いているくらいだと思う。だから、こいつらには一旦帰って貰って、大人達を呼んできてもらおう。
「これ、すんごく重くてさ。村に持って帰りたいけど、俺等だけじゃ無理だからダロウさん達を呼んできてくれ。お前等が連れてきている間にもっと捕まえるからよ。」
「うん! うん!」
「わかった!」
「パパよぶ!!」
「よし、頼んだぞ! お前等!」
その言葉で弾けるように森へ入ってく三匹。あいつら元気いいなぁ。それになんかこう、犬っぽくていいよな。
「……で?」
「うっ……。」
目の前で人型になったミィはお怒りだ。ご機嫌を取る間も無かった……。
「なんか言う事あるんじゃいの?」
「……ごめんなさい。」
「素直でよろしい。どうせあの子達に良い所見せようと――」
「あと……ありがとう。」
その言葉でミィの言葉が止まる。そして、ゆっくり近付いてきて俺の首を抱きしめる。
「本当に毎回毎回心配させて……今回は自力でどうにかできたから良かったけど、もし、もっと大きいベスに襲われてたら死んでたかもしれないんだからね?」
「自力だなんて、ミィが水流で口から出してくれたから助かったんだよ。」
「確かにそうかも。息も保たなかったみたいだしね。」
気付くと、いつの間にかミィの態度はいつもの柔らかい物になっていた。
「でも、いつあんな技使えるようになったの?」
「……え? あんな技って?」
「放電だよ。いきなりビリビリって来てビックリしちゃった。あれが飛竜族が出来るっていう例のやつ?」
「えぇ!? いや、そんなこと――」
記憶を辿りながら、水に浸かってピクリとも動かないアンコウモドキを見る。もしかして、あの苦し紛れに思いっきり噛んだ時、アンコウモドキが跳ねたのって……。
「もしかして、無意識だったの?」
「うん……そうみたいだ。」
「なら、魚でも獲ってそれに使ってみたら?」
「……そうだな。 そうするか!」
一瞬火を吹いてみようと思ったが、雷の出し方がわからないし、失敗した時にただ臭い思いをするのは嫌なので断念した。この後捕まえる魚に臭いが移ってもやだし。
「あの子達もいないからいっぱい手伝えるね! ほいっと!」
そんなやる気を出したミィが湿った砂浜に手を付けると物凄い勢いで広い砂の生簀が出来上がっていく。わかっちゃいたけど、万能だなぁ。
「さっ! がんばるぞぉ!」
「……程ほどにな。」
多分ミィの手に掛かればこの生簀を魚でみっちり満たせたりとかしちゃうんだろうなぁ。でも、こちらはこちらで久々の漁を楽しみたい。せっかくだから自分で捕まえた魚を振舞いたいしな。
「っうし!」
と、再度気合を入れなおして、俺は勢い良く海に潜っていった。
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