第27頁目 子供の涙に対抗出来るものって何?
この村で早くも数ヶ月が経とうとしている。ここは本当に居心地がいい。公けでミィと話せないのが少し面倒だけど、家に帰ればプライベートはある。
「私1人でクロロを守りきるよりは安全だしね。裏切ったら皆殺しだけど。」
なんて言って、ミィも今の所この村で暮らす事に賛成している。ただ、ペット扱いをした事だけは気に入らないらしく、魔法の指導が少し厳しくなってしまった。その様子をメビヨンやその弟達から笑われてたりしてるのが今の不満だ。アイツ等から見れば自主トレをヒーヒー言いながら頑張る奇行だけどさ……理不尽だろ……。
マレフィムは村の文化を調べようと、いつもの手記を片手に出歩いては角狼族の話を聞いている。主婦の雑談相手や、男達の武勇伝を語る相手として人気があるようだ。子供達は面白がって玩具にしようとするらしく、苦手だと言っていた。あの質量差なら、じゃれるだけでも大怪我しそうだし仕方ないのかも。
因みに俺に貸し出された家は、ダロウの家の上の空き家ならぬ空き穴だ。来客なんて殆ど来ないので、家具等は全く揃えてないから内装はとても殺風景である。マレフィムのエリアにだけは、どこから持ってきたのかこの村のご当地特産グッズでかためてある。コミュ力あるなぁ……アイツ。そして、ここの特徴的な奥の暖炉だが、アレは暖よりも照明兼、調理器具として使うようだ。大家族はこれと別に竈も使うが、ずぼらな家はここで食材を直火焼きして食うだけらしい。俺は料理が出来ないので、竈は使わず暖炉で調理して食べている。地味に驚いたのがそれらの構造で、この暖炉と竈は更に奥にある縦穴に繋がっていて、排気や灰はそこに排出されるらしい。詳しくは見てないが、他の家もそうなっているとの事。溜まった灰は肥料に使ってると聞いて二度びっくり。やはり、この世界の文化水準はそれほど低くないんだ。
そんな生活の中、俺はと言うとメビヨンと魔法の練習をしたり、まだ1人前になってない子供達を連れて狩りごっこをしたりしている。縄張りの中の地理は詳しくないので、子供達が小さい獲物を見つけてそれを尾行しつつ俺を呼んで仕留めるのがセオリーだ。この水ビームは相変わらず地味だが、威力は派手なので子供達に大人気である。クロウ、コロウ、メロウなんて自分もやりたいなんて言って、最近じゃ魔法の練習の時も付いてくるのだ。でも、まぁ、慕われるのは悪い気がしない。
魔法の練習は今迄と変わらない。意識のある限り身体強化を続けて、たまにデミ化を夢見る感じ。そう言えば、俺はメビヨンが言っていた”風を操れれば空を飛べる”というのでとある記憶を思い出したんだ。それはいつだったか、巣の中でチビ共が飛ぶ練習をしていた時の母の台詞。
「もし間違えて落ちてしまえば死んでしまうから、まず風の膜作りを覚えなさい。」
それは、かつて墜落死した俺には二つと無い助言であった。墜落死は何も俺にだけ起こる問題じゃない。猫だから絶対大丈夫な訳でもないだろう。なので、上達の為の手順とセーフティにもなるという理由でメビヨンと共に風の膜作りを練習した。それからまた数日。
「ふっ……! わっ……おっ……とっ……飛んでる……!」
何故こうも先を越されるのか。
「クロロッ! クロロッ……!! 見て! ほら!!」
「み、見てるよ。」
「ねーちゃんすごい!」
風に煽られて靡く羽毛。彼女の白く細い毛や立派な髭も倒れ、激しく波打っていない事から安定した風を受けている事がわかる。
「ふふっ! ……行くわよっ!!」
少し地面から離れたモフモフの足を曲げて、これから飛びますとわかり易い体勢をとった彼女は我慢の限界が来たのか、大きく翼を羽ばたかせた。危険だからと止める間も無かった。
彼女の大きく白い翼は鳥の翼に近い。翼を上げる時も下げる時も広げたままで、空を受け止めるように羽ばたき飛ぶ。……風を操ればあのように飛べるのか。最初こそ少し羽ばたいたものの今は殆ど翼を動かさず、滑空するかのようにしていても高度が上がっていく。風を前の下方向から上がるように後ろへ吹かせているので、後ろ向きに上昇していくのがなんともシュールな光景だ。あれの原理は多分凧と一緒だと思う。自分を上へ持ち上げる方向へ調整して風を当てるだけだ。
「うわー!」
「たかーい!」
「いいなー!」
「……すげぇ。」
俺の感想はクロウ達とほぼ同レベルである。メビヨンはある程度の高さまで上がると、魔法を止めた様だ。すると、滑空で前に進み始める。落下に対し、比較的緩やかに下降しつつも、あれは間違いなく飛んでいると言っても過言ではない。時々羽ばたく事により、より下降の勢いが減速する。天性の運動神経の良さ、つまり才能なんだろうな。羽ばたいたりしても、体勢を崩すような危なっかしさも無い。上手く出来なくても、羽ばたく際に風魔法を小出しに翼へ当て、上昇して何度もやり直している。メビヨンは一体どんな考えで空気を作り出しているんだろう。俺も割り切って何も考えずに――風よ! ってやれば出来たりするのか? ……なんて考えて試したけど出来なかったんだよな。
「ッおぉい! ありゃぁメビヨンか!? だ、大丈夫なんだろうな!?」
空を飛ぶメビヨンに気付いて、急いでダロウが駆けつけて来たようだ。そりゃ空を飛べない種族の親が、空を飛ぶ娘を見たら恐ろしいだろう。空を飛んでいるメビヨンもダロウが来ている事に気付いたようだ。宙で辿々しくターンをしてこちらへ向かってくる。向かってくるのはいいが、向かうは此方へ一直線。あれじゃあまるで、鷲の急降下みたいだ。
「ぅおぉぉ……おぉ……?……!?……うおぉあぁぁあっ!?」
拡大表示されていく様に大きくなっていくメビヨンに驚きの声を上げるダロウ。自分と娘のダメージのどちらも危惧する所だろう。一方、俺は純粋に怖かった。ダロウに当たる2秒前。と言った距離までメビヨンが近づいたところで、見えない何かにぶつかり爆発した。
『バフォンッ!!!』
ダロウも、メビヨンも、側にいた弟達も皆弾かれたように転がっていく。俺は身体が重いせいかひっくり返るだけで済んだ。
「ったたぁ……。」
「うぅ……なんだぁ……?」
呻くメビヨンの隣には、同じく呻くダロウが間抜けな格好で転がっている。メビヨンは弾かれて反対側に吹っ飛んだのではなく、水切りの様に宙を跳ねてダロウと同じ方向へ吹っ飛んだのだ。
「び……びっくりしたぁ……。」
「ふぅ……。」
「なにいまのぉ……。」
身体の軽い弟達は少し離れていたおかげでそこまで吹き飛ばずに済んだようだ。
「うぅ……今の、もしかして、風の膜……なのか?」
「……うん。本当はバウンドして通り過ぎるはずだったんだけど……。」
既視感のあるこの現象。あの時とは違い、舞っているのは汚い土煙ではなく白い羽毛だが、これはチビ共の元気っこの方が起こしたあの爆発と同じだ。あの時は色々あって深く考えていなかったけども、あれは圧縮された空気の解放だったんだな。
「……おい。お前等……覚悟はできてるんだろうな……。」
後に、ここまで怒ったダロウを見た事が無いと弟達から聞いた。最初は俺も怒りの矛先だったのだが、俺はそもそも飛ぶ事を許可してない上に勝手にメビヨンが色々試していたと弟達がフォローしてくれると直ぐに謝られた。そうしたら、俺に向かうはずだった怒りまで凝縮され、メビヨンに全て降り注ぐ。そう言えば、こんな涙目のメビヨンも初めて見たかもしれない。
「なに!? 飛べるようになったのに、なんでこんな怒られなきゃいけないの!?」
前世でも似たような経験がある。友達の家に行ったら、友達と親が喧嘩し始めて滅茶苦茶気不味い空気になるアレだ。俺は悪くないと理解してくれたようだが、どう振る舞うべきかというか、どうすればいいかわからなくて狼狽えてしまう。
「メビヨン! お前、それ本気で言ってるのか!?」
「あたしは、ただ……早くパパの狩りの手伝いをしたかったから……!」
メビヨンは隠しているつもりだが、ダロウを大好きなのがバレバレだ。反抗的になるのは更年……いや、思春期のせいだろう。ベス狩りへ付いていこうとして怒られているのを何度も見たことがある。それも全て未熟だから、飛べないからだといつもぼやいていた。
「バカやろう! だからって……死んだらどうするんだ!!!」
メビヨンに向けられた真心による叱責。怒声からどれだけ怒っているかわかるのに、その”怒りの恐さ”が恐くない。……そんな光景に何故か俺の心が締め付けられる。ミィやマレフィムが俺に向けてくれる心配はこれと同じなんだろうな……。
「そりゃあ、お前がベスを狩れる様になったら俺だって嬉しい……でも、お前が死んだら意味が無えんだよ!」
ダロウ達の狩りは決して俺が子供達と狙っているような小物ばかりじゃない。角狼族の男達が狩って来るのは、とんでも無く大きい角や牙を生やした鹿モドキや猪モドキだ。ダロウ達の数倍は大きい、いつだったか王国騎士が乗っていたダチョウトカゲみたいな奴を仕留めて帰って来た日には、何人かが負傷して帰ってくるという事もあった。つまり、決して安全な仕事ではないのだ。だからこそ子供を気軽に同行させたりはしない。
「狩りは下手すりゃ死ぬんだぞ! だからお前を連れて行かないのに、狩りに行く為に死んでどうする!」
「………………でも……でもぉ……うぅ…………ぐすっ…………ぅっ……ぅあああぁぁぁぁぁ……。」
大好きな相手から心配を前面に出して責められたら何も言い返せないよな。罪悪感からなのか、メビヨンはついに泣き出してしまった。更に狼狽える俺。そんな俺を見て、申し訳なく思ったのかダロウが宥めてくる。
「本当に悪かった……クロロ。お前は賢いからあんな事をしないとは思うが、気をつけてくれよ? 大人は子供を守る義務があるが、養う為には四六時中一緒にいてやれないんだ……。」
「はい……俺も……すみませんでした……もっと強く言って止めるべき……。」
「――っだぁ! ガキがそんな立派な責任背負ってんじゃねぇよ! はい! だけでいいんだ! はい! だけで!」
「は、はい!」
子供というのはどうあるべきか。大人に関わっていない俺はそんな事を考えてもみなかった。そういえばミィもマレフィムも、俺の保護者だからじゃなくて、大人だからあんなに優しくしてくれるんだろうか。俺は友達だと思ってるんだけど……。でも、確かに俺も幼児と友達になれって言われて友達として接せられるかは疑問だ。そんな感覚なのかな。
「よし、んじゃあ。お前等は外で遊んで来い。俺はもう少しメビヨンと話がある。」
「……ねーちゃんまだ怒られるの?」
「……ねーちゃん泣いてるよ?」
「……いじめないであげてよぉ。」
弟達の連携フォローは、メビヨンの為を思って叱っているダロウからすれば連携攻撃と大差無い。
「ば、バカ! これは苛めてるんじゃねぇ! それに、こういう事がまたあっても死んじまうのは姉ちゃんなんだ。だから、それをどうにかする為に話し合うんだよ。だから、お前等は外で遊んでろ。本当に、苛めてる訳じゃない。」
「はーい……。」
「ぜったいだよ……?」
「ねーちゃん……。」
「悪いな……クロロ。こいつらの事、頼むわ。」
親の気持ちはわからないが、親の気持ちがわからない子供の気持ちはわかる。わからない故に、叱っているのは苛めている様にも見えてしまうのだろう。ここに弟達が居ても、良い事は無いかもな。そこで、俺はあることを思いつく。とにかく快諾して弟達を連れ出そう。
「まかせてください。」
その返事を聞くとダロウは申し訳無さそうに笑って返す。そのまま俺は弟達を連れてその場から離れたのだった。
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