第26頁目 変な顔してる時の猫って何考えてるんだろう?

「あんた、あんな所に行って何がしたかったの?」

「渇望の……なんとか?」

「丘陵。」


 即座に訂正するメビヨン。彼女は態度こそキツいが、性格はキツくない。

 

「そうそう。丘陵ね、丘陵。なんか覚えられないんだよな、それ。」

「何よそれ。」

「マレフィムが王国から逃げるならそこが良いって言ってただけだよ。他には特に何も。」

「……ふーん。」


 俺は与えられた家を確認した後に、メビヨンに魔法を教えろと連れ出された所だった。昨日の宴で話した事がとても気になっていたらしい。普通はこの歳で本物に近いマテリアルを顕現させる事は珍しいんだとかなんとか。


「一応もう魔法は使えるんだよね?」

「そうよ。というか身体強化が出来ないとデミになんかなれないわよ。」


 それもそうだ。俺は身体強化を使い続けているのに、デミにはなれないんだがな。


「それで? 何ができるようになりたいの?」

「決まってるでしょ。空よ。空を飛びたいの。」


 そう言って翼をはばたかせるメビヨン。彼女の身体はオリゴ姿の大人の角狼族より小さいが、多分ライオンくらいはある身体の大きさだ。……前世だと、犬より猫の方が強いイメージなんだよな。それこそライオンとか虎とかね。犬で強い種類は狼とか土佐犬みたいなのしか浮かばない。でもこの世界だし、彼女も成長すればダロウ達を越す大きさになるかもしれないな。


「そんな事言っても俺、空飛べないよ?」

「それはあんたが下手なだけでしょ。風を魔法で操れればすぐに飛べるってパパから聞いたわ。」


 一言余計だろがい。何故モノのついでにDISられなきゃいけないんだ。しかし、彼女が俺の護衛なら飛べるようになれば心強いんだ……根は悪い子じゃないと思いながら教えていこう。


「風って何かわかる?」

「馬鹿にしないで。」


 俺からの質問を翼で扇ぎ文字通りバサッと切る。そして、俺に当たる強風を確認したら角度を付けてドヤ顔。これが風よ。とでも言いたげだな。


「これが風よ。」


 言っちゃったよ。余りに恥ずかしげも無く決め顔を作るものだから、此方の顔に血が上ってくる。これは中二病の一種だ。俺にも似たような時期があっただろう。だが、俺の質問に対する答えとしては的外れだ。


「言葉で説明して。」

「言葉で? なんでよ。風がどういうものかはこれでわかるでしょ? 言葉より感覚よ。」

「じゃあ感覚的でもいいから話してよ。翼で扇いだら何故俺は風を感じたの?

「え?? そういう物だからでしょ???」


 この世界の科学が進んでいない、という訳じゃない。母がチビ共に空への飛び方を教える時に、風は存在する物としてしっかり教えていた。ドラゴンにはブレスや空を飛ぶ際に風、つまり空気という存在が必要となる。なので、子供であろうと空気の存在を把握しなくてはいけなかったのだ。しかし、森で暮らす角狼族には空気という概念は必要無く、ただ風として伝わっているのだと思う。


 「この世界は見えない空気って物で満たされているんだ。メビヨンはそれを翼で押したから勢いで俺のとこまでとんできた。それが風だよ。」


 あってるよな? 理科委員だったとはいえ、特別理科系の科目が得意だった訳ではない。間違ったところで指摘する奴もいないからいいんだけどね。


「見えない物? それが動くのが風って事?」

「そう。だからその空気を顕現するのが風の魔法だね。」

「……ふ、ふぅ~ん。」


 へぇ。意外と無駄な突っかかりはしてこないんだな。プライド高そうだから何かと信じられない! とか言い出して難航するかと思ってたんだけど。


「くぅ~……くぅ~…………。」

「あいつもそうやって飛んでるの?」


 わらび餅みたいな姿になっているミィ。その上で蓑虫の様に毛布で包まりながら寝息を立てているマレフィム。あの毛布は女の姿になっている身体を隠す為のものだ。そして、マレフィムは二日酔いという事で2度寝したままミィに連れ歩かれている。メビヨンの指すあいつとは間違いなくマレフィムの事だろう。


「そうだろうね。ちょっと勉強すればわかるよ。」

「勉強は大丈夫。今あんたから学んだし。」

「そ、そっか。」


 勉強が嫌いな所は多分ダロウに似たんだろうな。偏見だけどああいう人は勉強とか嫌いそうだ。


「さっきメビヨンが翼で風を起こしたでしょ? あれでも出来るし、デミになって手で扇いでも風は起きる。空気を押せば移動するんだ。つまり風は起きる。ね?」

「なるほどねぇー。」


 メビヨンはそう言うと、手馴れたようにデミ化し片手でもう片方の手を扇ぐ。空気なんて俺ですら作れない。多分、空を飛んでいたチビ共だって本当の空気を作ってはいない。今使おうとしている風魔法とは、透明で触れて軽くて動かせるマテリアルを顕現させる魔法だ。呼吸に使えるかが疑問だけど、チビ共を見た限りあいつらは呼吸に空気が使える事を疑っていなかった。つまり、標準的概念として風はそういう存在だと認識できているんだ。俺だったら、二酸化炭素と窒素の割合がー! なんて不要な事を考えて得体のしれない気体を創りあげてしまいそうだ。空気を構成している物質なんてもう覚えてないし、俺は一生風魔法が使えないかもしれないなんて事も……。

 

「口の中を膨らませられるだろ? それは身体の中にある空気を溜めると出来るんだ。」


 50手前のオバさんに俺は何を教えてるんだという疑問が一瞬脳裏を過ぎるが、気のせいだと思わなきゃやってられない。義務教育を受けてる身からすれば馬鹿にしか見えないが、王国にも帝国にも属してないなら生きる為の知恵以外は必要無いんだろう。


「空気ねぇ……そんな事考えた事も無かった。」

「風で遊んで空気がどういう物か覚える事と、後は翼の動かし方だね。」

「翼の動かし方は問題無いわ。アタシ、滑空程度なら出来るし。」

「滑空……!」


 その手があったか! 水の中で羽ばたく練習なんかしなくても、外なら木から落ちる……いや、飛ぶって方法があるじゃないか! あぁ~なんでその発想が浮かばなかったんだ……でも、誤って落ちたら怪我するんだよな。


「滑空って怖くない……?」

「何言ってんの? 怖がってたら飛べないわよ。」


 そうじゃん。こいつ猫じゃん。俺みたいに鱗纏ってないから軽いんじゃん。そんで猫じゃん。……これは俺が真似しない方がいい奴だな。自分なりのやり方でやってこう……。


「と、とにかくこれからは空気がどういう物か考えつつ魔法を使ってみて。空気は水と違って伸縮したりもする。そういう特性を一つ一つ理解しようとしながら頭で空気がどういう物かって定めるんだ。」


 俺の知識じゃ教えられるのはこの程度。だけど、メビヨンにとっては武器になる知識だと思う。そして、これからは俺へのレクチャーだ。


「マレフィム。おい、起きろってば。」

「あばばばばばばばばばば。」


 俺が何かした訳じゃない。ミィが振動して寝ているマレフィムを起こしているのだ。


「……うっぷ。」


 そんな声を聞いた瞬間にミィはマレフィムを放りだした。


「へぶっ! うっ……! うぅっ……!」


 いつもの毅然とした態度が見る影も無い。


「そいつ、今日は使えないんじゃない?」

「それだと困るんだよ。昨日聞いた竜人種の技の雷の牙とか、火を吹いたりとかしてみたいんだよ。」

「雷の牙はともかく、火を吹くのは燃える風が燃料なんでしょ? それならゲップみたいなもんなんじゃないの。」

「そんな適当な訳ないだろ……。」


 しかし、メビヨンの言葉は戯言とは言い切れなかった。何故なら咳袋から何かを発射する感覚はゲップによく似ている感覚だからだ。燃える風、つまりガスを咳袋に充填だって? それならわざとゲップをするあの感覚に似ているのか? 前世、と言っても前世の幼い時代だ。空気を飲み込んで何度でもゲップが出来るという遊びが流行った。母さんから下品だからやめなさいなんて言われてすぐに矯正させられたが、やり方はまだ覚えている。試しに空気を飲み込む。それは、咳袋でも肺でも無く胃に押し込まれていく。喉の力を抜けば出るのは勿論、ゲップだ。


「ケプッ。」

「ちょっと、本当に試すなんて馬鹿なの? 汚いでしょ。」

「い、いやぁ、物は試しかなって。」


 メビヨンは嫌そうな顔をして翼でこちらを扇ぎながら離れていく。どうやら翼で風を掴む練習でもするようだ。……しかし、俺だって嫌がられても炎を吹きたいんだ。試さないといつまで経っても出来ないのだから仕方ない。でも、まぁ確かに女の子の前でする事ではなかったかも。


 とにかく、今出たのはただのゲップである。しかし、ガスは確か咳袋に溜めると聞いた。それなら、咳袋に空気を……ん? 吐き出すのは空気じゃなくてガスだ。なら、咳袋に溜めるガスはどこから来るんだ……? 俺は水をよく溜め込んで吐き出す為、咳袋を絞るという感覚をよく理解していた。それを絞るのではなく、奥から押し上げるように力を入れる。言ってしまえば、吐こうとする、痰を切ろうとする様なそんな感覚だ。


「ヘッッッ……ヘグッッッ…………ヘェ゛ッッッ……!!」


 最低な絵面である。女の子の近くで俺は何をしているんだ。そんな事をしても何か変化があるような気はしない。咳袋にも何か溜まっている感覚は…………する! 空じゃない。少量だが、何か咳袋に入っている感覚がある。これこそ、物は試しだ。とにかく吐いてみよう。ゆっくり、圧縮せずに少し漏れ出すような力で咳袋の弁を解放する。


 スゥーッ…………。


「くっさ! 何これ! くっさっ!!!」


 う○この臭いだ。間違いなくう○この臭いがする。口の中が最高にう○こ臭い。ガスとは知っていても、想定以上の激臭に悶絶する俺。もしかしてガスって屁的な何かなの? ドラゴンって種族を創った神はアホなの? 死ぬの? 飯食う穴から出す臭いじゃないだろこれ!


「何してんの……?」


 メビヨンがこれ以上無い冷めた目でこちらを見ている。向こうからすれば、1人でゲップをしてその臭いがクサいと騒いでいる男子にしか見えないんだ。そりゃそうだ。俺も自分で言ってて馬鹿みたいだと思う。でも……。


「ガスが、出せたんだ!」


 姿勢を正して男らしさを繕う。但し、メビヨンはまだ怪訝な表情である。


「……ゲップで?」

「いや、いやいやいや、近いけど、そうじゃない。……確かに元の発想はゲップだったんだけど。でも、なんか咳袋の奥をこう、引き上げる感じで力を入れたらガスが……。」

「でも。」

「そう! 着火が出来ないんだよ。ガスは出せるのに着火が出来ないなんて、これじゃあ臭い息が吐けるだけだ!」

「………………。」


 少しガスが吐けた事でテンションが上がってしまったまま着火出来ない悔しさを吐き出した。すると、ずっと眉間に皺のよってたメビヨンの表情が崩れる。


「……ぷふっ。そんなに臭かったの?」

「そ、そうなんだよ。鼻が曲がりそうだった。もしかしたら、この臭いだけでベスを狩れるかも。」

「ふふっ……ふふふふっ……あははははっ!」


 『風下にいなくてなくて良かったわ。』なんて言いながらも、それは初めてメビヨンが俺に対して向けてくれた笑いだった。メビヨンとはなんとなく距離を感じていたが、この調子で仲良くなれたらと思うんだけど。


「あんたって変なとこ大人びてるし、やる事が子供っぽかったりするし、ペットでスライムなんか飼ってたりする変な奴だけど面白いわね。」

「そ、そう?」

「うん。正直、あんたのお守りなんて任されてもやる気なんかなかったけど、友達くらいにはなってあげるわ。」

「う、うん……よろしく、メビヨン。」


 とんでもない心情を暴露されたけど、黙って嫌々付き合ってくれるよりはいいのかも……?


「友達になったから忠告だけしておくわ。渇望の丘陵、あそこは危険だから近づかない方が良いわよ。」


 何の脈絡もない急な忠告である。メビヨンには渇望の丘陵に何か因縁でもあるのだろうか。


「近付く気はないけど……そんなに危険なの?」

「えぇ。私の本当の両親は多分あそこに呑まれたんだと思う。私はあそこでパパに拾われたの。」


 また、俺の知らない表情を見せるメビヨン。そんな場所、俺だって本当に行く気は無かったんだ。可能なら生涯踏み入らないでいれたら良かったと思う。でも、そういう運命だったんだ。

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