第25頁目 パーチーって自分の居場所を気にしちゃわない?

「さぁお前ら! ここ数日、俺等を散々恐れさせた災害様! 改め! 今日から俺等の友人となるクロロだぁっ!!!」


 この村で初めて迎える夜。擂り鉢状の村の中心は広場となっていて、中心には大きな櫓が建っている。そして、その櫓の上には曲線を描く太い木の枝が複雑に組まれ、オリゴ化した角狼族をも凌駕する大火を抱いていた。それを背に向け、ダロウが集まってきている人々に向け叫ぶ。内容は俺の紹介だが、口上にどこか悪ふざけが混ざっている気もする。


「薄々気付いている奴も多いだろうが、クロロは白銀竜の子だ! 俺等は白銀竜に恩がある! そして、こいつぁは既に多くの苦難を乗り越えてきている。しかし、災竜であるクロロには今後も多くの試練が立ち塞がるだろう! そう! 試練だ! 試練は超える為にある! 俺等は友人として、白銀竜の子であるクロロを支えようじゃないか!」


 元々危惧していた”多くの人間に災竜という存在を知られる”という事。それが今目の前で起きている。しかし、ミィはピクリとも動かず俺の背中で静観していた。何故なら、これは俺が宴の前にお願いしていた事だったからだ。


*****


「おう、クロロ待たせたな。長老達に紹介するから付いて来い。」


 家に帰ってきたダロウがそう言って俺を連れてきたのは、擂り鉢穴の最下層。薄っすらと煙を吐く、少し広めの横穴だった。近づくと独特な臭いが鼻をくすぐる。恐らくこの煙の香りだ。前世で嗅いだお線香の臭いに近いが、それよりも少し爽やかでフローラルさがある。例えるならアロマとタバコの中間とでもいう様な香りである。そんな煙の出所は奥にいるカーペットに座って何かを囲む人達。穴の中は薄暗くて、何をしているかはもっと近づかないとわからない。だが、こちらを向いて座る一人が、先導していたダロウに気付いたようだ。


「お主がクロロか……。」


 声は嗄れていて、変に訛っている事からかなり歳の取った男性だという事がわかる。頭はダロウと同じ狼頭だが毛並みも少し萎びて縒れている。そんな男の発言に周りの人間がこちらを見る。


「おぉ……誠に黒き竜人種じゃ……。」

「流石に小さいのぉ……。」

「やはり白銀竜様の……。」


 皆思い思いに騒ぎ始めるが、とりあえずは挨拶だ。


「はじめまして。クロロです。何かお騒がせしてしまったようで申し訳ございません。本日はダロウさんの歓迎により此方へお邪魔しました。よろしくお願いします。」

「お初にお目に――」


  マレフィムも続けて挨拶をしようとした所、その場の空気が先程までとは全く違う事に気付く。


「おぉぉぉ……! おぉ……! おぉ……!」

「なんと礼儀のなった子じゃ……!」

「可愛そうに……苦労したんじゃのぅ……。」

「白銀竜様は何故このような子を……。」


 先程とは全く違う騒ぎ方を始める爺婆達。そんな様子を見て苦笑するダロウ。


「ほれ、近う寄れ。顔をよぅ見せよ。」


 最初に俺を見つけた老人が、何やらプラスチック札の様な物を持った手で手招きをする。俺は断る理由も無いので近づいていく。老人達が並んでいた円の中心には札が規則的に並んでいる。その隣には黒い長方形のチップ、又はタイルとも言える様な物が山済みにされている。使い方はわからないが、雑な置き方を見るに占いや神事に使うと言うよりは娯楽に使用する物に見える。


「見紛う事無き、飛竜族よの……わしはここの長老であるワガイじゃ。幼き者が幼さを捨てる事を迫られるのが如何に哀しき事か……目的はダロウから聞いておる。少しの間、王国の目を避ける為に渇望の丘陵へ行きたいそうじゃの。」

「はい。」

「王国から目を避けるのはえぇじゃろう……しかし、それは一時的なモノじゃ。災竜であるお主は絶えず狙われる運命なのじゃ。それは、わかるじゃろう?」

「……はい。」 


 渇望の丘陵には行きたいが、その目的は王国に俺という存在がばれない事。未だ明確な危機に陥った事は無いが、1億の賞金が出るツチノコが見つかったとニュースが流れればツチノコである俺は大ピンチだ。その上、話を聞く限り、俺は多分1億とかじゃなくて数兆円くらいの価値がありそうな感じである。国を左右できるその存在は決して知られてはならないのだ。


「わし等はフマナ語話す通り、外族ではない。かと言って恩人の子を売るような誇り無き部族でもないんじゃ。そこで、提案なのじゃが……ここに住まんかね?」

「ちょっ、ちょっと待ってください。」


 ここで堪らず割り込んでくるマレフィム。マレフィムの目的は”世界の旅”だ。ここに住む事が決定してしまったら、目的が達成できないので焦っているのだろう。


「ふむぅ……?」

「失礼。私、クロロさんの現保護者であるマレフィムと申します。あのですね。クロロさんの真の目的は家族を探す事なんですよ。」

「それは聞いておる。」

「でしたら……!」

「話は最後まで聞くものじゃ若者よ……わしはあくまで”居たい間だけ”という事じゃ。常に野宿をしたい訳じゃなかろう? ここにおる間はわし等がお主を匿おう。」


 つまり宿を持ってはどうかと、そういう提案なんだろう。俺は今世だと屋根のある寝床より野宿の回数の方が多いのだが、勿論屋根があった方が嬉しい。ドラゴンは何故か、身体が冷えてくると猛烈に眠くなるのだ。なので、連日雨が続く日は可能な限り屋内にいるのが理想である。何より、王国から匿ってくれるなら申し分ない。


「それなら――。」

「それならば是非!」


 お前が答えるんかい! さっきもちゃっかり保護者名乗ってたし、ミィに何か言われても知らないからな?

 

「角狼族は誇り高き部族じゃ。恩を無碍にする様な事はせん。そして、その恩は白銀竜様から授かったものじゃが……それに報いる先は白銀竜様のみならず。それに、憂き目にあった幼子じゃ……種族の隔ては無い。放る事など出来ぬ……。」


 言葉が難しくて理解できない部分が多いけど、多分ほっとけないからみたいな事を言っているんだと思う。落ち着いていて、とても柔らかい思いやりのある声だ。本当に心の底から協力を申し出ている。少なくとも、俺はそう感じた。


「力を蓄え、困難に立ち向かえる心と身体を手に入れた時、ここを発てばよかろう。」

「ありがとうございます。」

「だからそれに当たって、俺が皆にクロロが災竜だと紹介する。」

「(えぇっ!?)」


 ダロウの提案に驚きの声をあげたのはミィだ。ちゃっかり俺の耳元で言っているので、これは驚きと抗議の一石二鳥なやり方のつもりなんだろう。しかし、長老の提案を受けるならそうなるのも仕方ない。ただ、ミィの懸念も重々承知している。なので、ミィへの説得も兼ねて質問を投げる。


「あの、疑う訳ではないんですけど……災竜だと公言して、狙われたりする事はないんでしょうか。」

「それは無い。とは断言できねぇな。だが、いずれバレるし、何より黙ってる方が探りを入れて裏からお前に手を出す可能性が高い。隠されると気になるのが人だからな。」


 世の中善人ばかりではな無いのは重々承知だ。だから、俺をどうにかしようとする人もいるかもしれないんだよな。子供相手にさえ無理な理想論を唱えないダロウはやはり族の長であるリアリストなんだろう。そんな説明に加えて質問を投げるはマレフィム。


「そこまでして私達を住まわせようとする理由はなんなのでしょう。私達がここに住まう事で貴方達に生じるメリットがありません。それが心配の種なのですよ。メリットが無いという事は私達がいなくなった時のデメリットがありません。……ですよね?」


 少し話しただけでこの部族がどれほど道徳観が整っているかは俺にもわかる。しかし、利も害も無い相手と関係性は生まれない。即ち、道徳以前の問題なのだ。


「わし等にとって誇りを失うという事は死に近い事なのじゃ……。マレフィム殿風に言うならばメリットが恩返しで、デメリットは誇りを失う事じゃの。誇りを失えば村ばかりでなく、一族からも追い出されてしまう。そうなると森の民からは訝しがられ、この森の民は王国民にも帝国民にも煙たがれている……。1人で生きていくのは辛かろうの……。」


 俺ってこの森では本当にイージーモードなんだな。そう思わせられる話だ。なんか危険な場所に行くと聞いて戦々恐々だったが、全く以って自分の幸運加減が恐ろしい。


「しかし、それは森の民の共通の認識ではないのですよね?」

「当然だ。これは俺の気まぐれだしな。他の部族が、災竜が闊歩してるって噂を聞いて何を企んだかは知らん。そして、俺等が守れるのもこの村の中だけだ。同じ角狼族でも、他の村の奴等は金儲けの為にお前を攫っちまおうと考える奴だっているかもな。」

「ふむ……。」


 現実的な説明に考え込むマレフィム。しかし、考えた所でどうこうする事もできないだろう。


「でもまぁ、安心しろ! 基本はメビヨンを側に付けるからよ。あいつはなんだかんだそこらの雄よりも強いんだ。ついでに、あいつと一緒に飛び方でも練習しろよ。なんなら火の噴き方だって教えてくれてもいいんだぜ?」


*****


「なぁクロロ! おめぇ火が吹けねぇってマジなのか?」


 演説とアルコールのせいで既に軽く出来上がっているダロウ。俺はメビヨンと一緒に男衆の集まりに参加していた。皆片手に木製のジョッキを掲げて好き好きに酒を呷る。狼頭だと顔が赤くなっているかもわからないのだが、今、大人達全員は人の頭になっていた。理由はすぐに気付く。コップに口をつけて飲むのは人の頭の方が適しているからだ。


「火が噴けねえのにベスを狩ってたなんて、かなり素早いな。もしかしたらメビヨンより早いんじゃねぇか?」


 酒臭い唾をとばしながら、男衆の1人が俺に期待の眼差しを向ける。しかし、後で恥をかくのは俺だからな。間違いはすぐに訂正させて貰う。


「いえ、素早くなんてありませんよ。火じゃなくて水を吐くんです。」

「水ぅ!? それじゃまるで泳竜じゃねえか! でも、飛竜族って水なんか吐けたか?」

「咳袋に水を溜め込んで吐くだけですよ。」


 そんな何気ない答えにドッと笑い声が起きる。こちらとしてはありのままを話しているだけなので、心外である。間抜けな行動に見えるかもしれないが、しっかりベスは狩れるのだ。


「それじゃあ、弾切れになったら大変だな!」

「いえ、魔法で水を咳袋に溜めればまた撃てます。」

「がっはっは! そりゃそうだ! 魔法が使えればな!」


 更に大笑いする男衆とメビヨンだが、流石にムッとくるなぁこの態度。彼等からすれば本当に俺は子供なんだろう。さっきも長老が幼児だのなんだの言ってたしな。でも、出来る事を出来ないと思われるのは腹が立つ。


「(クロロ、撃っちゃいなよ。空中になら大丈夫でしょ。水だしね。クロロは凄いんだから。)」


 耳元で悪魔が囁いている。しかし、今回は悪魔に従おう。


「じゃあ、見ててくださいね。」

「ん~?」


 俺はそう言ってニッコリと笑顔をダロウに向ける。そして、すぐさま咳袋への水の充填を始めた。重量感が増していく首。上手くいっている。そして、大樹の葉が囲む星空を向いて思いっきり喉に力を込めた。圧縮、圧縮、圧縮、からの……。


 ――解放。

 

 それは本当に一瞬だ。レーザービームの様に細長い水が甲高い声を上げて喉の奥から噴射される。正直見た目は地味だと思う。だが、普段から命の刈取る事が仕事の男衆には、それがどれ程の威力なのかを感じ取る事が出来る。


「こりゃぁ……たまげた……。」

「……えっ? 今のが水なの……?」


 呆気に取られるダロウを含む男達。メビヨンは不思議そうに問いかけてくる。


「うん。威力が高過ぎて、色々貫通して危険だから使いどころに困るんだけどね。」


 少し前に妖精族へ襲撃を仕掛けたと勘違いされた苦い記憶が蘇る。

 

「水は今、魔法で顕現させたのか……?」

「そうですけど?」


 ダロウの質問に答えたその一言で周りが一層ざわつく。元から咳袋に水を溜めてたんなら、身体が重くなるから動きづらくて仕方ない。


「こいつぁすげぇ。流石は白銀竜の子だ。この歳で初歩とは言えどあの質の魔法を使うとはな。」

「頭の作りどうなってんだ?」

「よっぽど苦労したんだな……。」

「私だってあれくらい……。」


 少しむくれるメビヨンが厳しい顔で俺を見る。年下かもしれない俺に魔法の腕を抜かれて悔しいのかもしれないが、こっちはこれを覚えなきゃ肉にありつけなかったんだ。許してくれ。


「竜人種なら火を噴きなさいよ!」

「えぇ!? でも、水を咳袋に入れて吐く方が簡単だったんだよ。」

「それで水を補充するのが面倒だから魔法でってか? 中々イカれてるぜ! 飛竜族なら魔法なんか使わなくても火を噴けるだろうがよ。」

「………………えぇえええええ!?!?」


 嘘だろ!? 小枝とか火打ち石とか集めたり、水素吐き出して爆発して俺はなんなんだよ!?


「(どういう事だよミィ! お前知らなかったのか!?)」


 怒りのあまり即時小声で抗議を入れる俺。


「(だって……私竜人種の身体の構造まではわからないから教えられないし……。)」


 た、立ちくらみが起きそうなレベルの言い訳だ。せめて、それが出来るという事くらいは教えてほしかったぞ、ミィ。


「飛竜族は、燃える風を咳袋に溜めて雷の牙で引火させて炎を吐くらしいぜ。」

「なるほどなぁ。」

「火を吹く時、火傷しねぇのか?」

「雷に炎って飛竜族はなんでもできんだな。」


 1人の男の雑学で周りは更に盛り上がっているが、何? 燃える風? 雷? それ、俺の知ってる飛竜族じゃないんだが。そうだよ! ウチの百科事典マレフィムに聞けば!?


「マレフィム?」

「ん~♪ ん~~んん~~~♪」


 喋らないと思ったら完全に酔っ払ってやがる。酒の入ったミニマムマイジョッキを片手に、ミィの上でゆらゆらと揺られながら鼻歌を歌っているマレフィム。目は何処にも焦点があっていないし、身体が女性に戻りかけていて服の胸部がパンパンだ。完全にイッちゃってんな。とりあえずミィに小声で何処か人目の付かない所へ運ぶようお願いして、その夜は村の皆と好きなだけ騒いだ。


 今生で初めての祭である。

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