第24頁目 人に自分の事情を話されるのってむず痒いよね?
「そろそろだ。」
ダロウがそう言う少し前辺りから、通った道沿いに生える木の所々に、切り傷の様な物が付けられている。あれはマーキングか道標的なものなんだと思う。ただそこには規則性が見当たらない。これからどれだけの情報を得られるのか……。
前回、妖精族との関係はうやむやになりちゃんと築く事が出来なかった。騎士団とやらのせいで水場から移動する羽目になったしね。角狼族は今の所、本当に話しやすい部族だ。フマナ語も当たり前の様に全員使ってるみたいだし、見た目も可愛く格好良い。
なんて考えながらぼんやりと、ダロウに視線を合わせていると前触れもなく、ダロウがメキメキと身体の構造を変え始めた。身体全体が収縮され、2足歩行になり、前足も人の腕に近い形となる。俺は突然の変化に驚き回りを見回すが、メビヨンや他の雄達も一斉に身体を人型に変え始めた。
「えっ、ええっ!?」
戸惑いの声をあげる俺の方を向いてダロウが不思議そうに尋ねる。
「どうした?」
「……まさか、デミ化できないの?」
そう核心を突いてきたのは、他の雄よりも人肌の部分が多く、猫耳を生やした白い水着の様な服装の女性。メビヨンだ。胸と腰周りだけ上手くふわふわな毛皮を残し、身軽で動きやすそうな格好である。他の雄達よりも華やかで凝っているその変身は、如何にも女性である事を意識させられる。横髪が長いのは多分人間の耳が無いからなんだろうな……。
「……ま、まぁ。」
「なあにぃ? それじゃあ、まだ弟達と変わらないわね。」
「デミ化は危険な魔法だしな。教えられる可変種が周りにいないんじゃ仕方ねぇ。」
少し馬鹿にするかのような口調でメビヨンは笑うが、ダロウの言う通りだ。俺に可変種の師匠はいない。精霊ならいるけど……。
「(あのメビヨンとかいう女むかつくんだけど。)」
それは周りにバレるかも知れないリスクを負ってまで俺に小声で話し掛ける事じゃないぞ、ミィ。それにしても、道のあちこちに民族的なオブジェみたいな物までチラホラと見えるようになった。そして、目の前に映るは、今までの森とは少し違う形状の地形。
「ここが俺等の村だ。」
そこは大きい擂り鉢上の穴を囲む様に大樹が円形に生え揃い、ボコボコと無造作に生える根っこの下に、横穴を掘って暮らす角狼族の集落。オリゴ姿の人もいれば、デミ姿の人もいて、賑やかな日常を営んでいる。全員が全員、意思の疎通が出来る人達なんだと思うと、とても嬉しく思えた。
「それじゃあ解散だ。クロロは一旦ウチに来い。俺の家族を紹介してやる。」
そのダロウの一声で皆がバラけて行く中、擂り鉢の下の方から土煙をあげて全速力で駆けてくる子犬達がいた。
「「「パパーッ!! ねーちゃーんッ!!」」」
訂正というか補足をさせて欲しい。子犬と言えど、大きさは俺と同じか少し大きいくらいだ。これが噂の弟達なんだろう。腕を広げるダロウを擦り抜けてメビヨンに飛び掛かる。それを受けた彼女は、喜びながらも嫌そうに弟達をどけようとするが、多勢に無勢で顔中を舐められる。しかし、堪忍袋の緒が切れたのか……。
「もう! いい加減離れなさいよ!」
というメビヨンの怒声でハシャぎながら逃げ出し、スルーされたショックから硬直したダロウへ後ろから飛び掛る。しかし、こちらは嬉しそうに息子達を抱きしめ嫌がらない。男らしく幸せそうな笑い声で俺に幸福な家族を見せ付けてくる。
「あぁ、すまんすまん。紹介する。こいつらはクロウ、コロウ、メロウの三つ子だ。」
ダロウの紹介で、『良し』が出たかの如く臭いを嗅いだり、俺をテシテシと肉球で触れてくるクロウ達。
「竜人種~?」
「はじめてみた!」
「かたーい! くろーい! ちいさーい!」
メロウは雌なんだな。というか本当に子供だ。見た目以上に幼い。そして、確かに俺はダロウより身体が小さいけど、本人に小さいって言っちゃ駄目なんだぞ? 教育が必要みたいだな。
「ほら、お前等挨拶しろ。」
「クロウ!」
「コロウ!」
「メロウ!」
三人合わせて~? なんて言いたくなるような自己紹介だ。とりあえず自分も挨拶しなくては……こんな子供達に礼儀で負けたくないし。
「俺はクロロ。よろしくな。」
「私はマレフィムです。よろしくおねがいします。」
「「「よろしくー!」」」
素直でいい子達だなぁ。人間ならこれくらいから段々捻くれていくんだよ。
「君達何歳?」
「「「にじゅうご!」」」
「っつー訳でクロロより少し下くらいだろ。」
「ど、どうかな……。」
少なくとも精神年齢はこいつらより高いと思うぞ。
「まぁ、まだまだガキだからな。多少の粗相は目を瞑ってくれ。」
ワーウルフみたいな見た目で目尻の垂れた父の顔をするダロウ。先程まで男衆を束ねて気を張っていた長の顔を思い出せなくなりそうな程に優しい顔だ。しかし、前世で25歳なんて……遊んでいたら怒られる歳なんだけどな……。
「さぁ、付いて来い。あそこが俺の家だ。」
ダロウが指を差した先は、擂り鉢上の穴の下部にある一際大きい木の根だ。その根の下か上の穴がダロウの家なのだろう。
「ママに、パパとねーちゃんが帰ってきたって伝えてくる!」
「伝えてくる!」
「くる!」
そう言って、来た時と同じような速度で坂を下りていく3兄妹。
「なんとも仲の良い兄妹ですね。」
「ったく、元気過ぎて困りものよ。」
そんな事を吐き捨てるメビヨンの目は決して本気で嫌がっているそれではなかった。種族は違えど、やはり家族なのだろう。
「それにしても大きい集落ですねぇ。」
マレフィムが目を輝かせながら手記を取り出して何かを書いている。でも、これだけ素晴らしく異文化感が溢れる場所なら無理もないか。景観だけを言うなら今世で最も異世界らしさのある場所だ。民族的な独自の模様が刺繍されているタペストリーが吊るされていたり、トーテムポールに牙のような物を埋め込んだような謎のオブジェ。そして、各家の入り口には見たこともない果物や茸が干されていたりする。
「あ、あの茸!?」
とある家の前に吊るしてあったのは、俺が一度食べて痛い目を見た茸がある。エノキモドキだ。
「『イコネ』がどうかしたか?」
「これ、食べて吐き出した……。」
「『イコネ』を知らずにそのまま食ったのか!? そりゃ酒飲みがやる遊びだぞ!! だっはっはっはっ!!!」
「クロロさんは中々チャレンジャーですね。」
俺の失敗話に大笑いするダロウ。俺だって知らなかったんだ。そんなに笑う事ないだろうに。
「あんた馬鹿ねぇ。普通知りもしないもの口に入れる? これは味付けとかに使う薬味なのよ?」
「魚に飽きてたんだ……仕方ないだろ……。」
「魚? 確かに魚は美味しいけど、肉を食べればいいじゃない。」
「ベスを狩れるようになったのは茸を食ったその後なんだよ。」
「……ふぅーん。」
前世で、趣味の合わない女子と話してた時を思い出すかのような会話だ。何に興味があって、何に興味が無いのかわからないこの感じ。変な懐かしさを感じる。
雑談をしながら集落を下へ降りていくが、多くの村人が俺の事を見て何か話している。それは訝しむ様な視線ではなく、好奇心からくるようなくすぐったい視線だ。この集落の人たちは本当に災竜の事を知っている上で迷信を信じていない。そんな感じなんだろう。
ここ最近思うんだが、災竜の扱いっていうのはツチノコに近い。現地の住民からすれば恐ろしい怪物で、見たら処分か賞金かって感じだけど、聞いた事があるって程度の人からすればただの賞金を貰えるボーナスキャラだ。そして恐ろしさも、高く跳ねて毒を吐けるから恐ろしい。けど、言ってしまえばその程度みたいな……。そんで、ローカルネタだから離れた地方の人間はその存在すら知らないみたいな……言ってて哀しくなってくるな。
「本当にメビヨンさんと同じ種族の人はいないんですね。」
「……そうよ。なんか文句でもあんの?」
「い、いや。立派な翼もあるし、モテそうだなって……。」
不機嫌になってしまったメビヨンに対し、咄嗟の誤魔化しとはいえ、またとんでもない方向に話を運んでしまう。チャラ男かよ。これで更に機嫌を悪くしたら大変だ。
「別に。」
「……。」
「クロロさんはもう少しデリカシーを覚えないといけませんね。」
くっ……今回の件についてはマレフィムに反論できない。
「俺ぁ長老達に今日宴をやるって話をしてくっからよ。メビヨン、クロロ達を頼むわ。」
長老達に話をってかなり大掛かりにやる気じゃないか。どんな名目でやるんだろ。まさか迷い人歓迎みたいな……? まさかな。
「ほら、ぼーっとしてないで付いてきて。」
そう急かすメビヨンに導かれ、先程ダロウが指差していた大きい木の根っこの下の隙間に入る。玄関には天井から暖簾みたいな、縦に木札の連なった物がぶら下げられていた。これでプライベートを守るのだろう。
「ただいま。」
「「お邪魔します。」」
仄かに香る獣の臭い。薄暗く、木造の家具に土器の壷や皿が置かれている。奥で揺らめく2つの光は暖炉の様な物と竈からだ。そして、色々な所に置かれている明かりの灯っていないランプ。なんとも生活感の感じる家だが、決して俺の知っている文化の生活ではない事がわかる。
逆光になっていて顔がよく見えないが、奥の暖炉横のロッキングチェアーに女性が1人座っている。手元で何か作業をしていたようだが、それを止めゆっくりと立ち上がって近づいてきた。すると、入り口から漏れる光で徐々にその顔が露になっていく。母性溢れる表情をしたその人は、人肌の露出が少ないが、野性味と女性らしさを一部一部に感じるようなデザインで毛皮を着こなした壮年くらいの女性だった。
「はじめまして。ダロウの妻のドミヨンです。そして、おかえりない。メビヨン。また言いつけを守らずに付いていったのでしょう。」
「だって、あれだけ騒ぎになった災竜よ? こんなんだったから良かったけど。もしかしたらパパが怪我するかもだった訳だし……。」
後半が尻すぼみになっていくメビヨン。やはり、この家族からは強い家族愛を感じ取れる。一々羨ましく思えてしまう。
「お客様をこんなのだなんて言うんじゃありません! ウチの娘が大変失礼を働いているようですみません……。」
「い、いえいえ。こちらこそ、知らず知らずにお騒がせしてしまったようで……。」
「せめて年上である私がしっかり他の部族の縄張りだと知っていれば……申し訳ございません。」
「あらぁ……。」
意味があるかはわからないが、マレフィムと一緒にドミヨンさんに謝る。そういえば、メビヨンの名前だけダロウっぽくないと思っていたけど、ドミヨンさんからとってるみたいだ。仲間外れじゃなくて良かった。実はこの家族に受け入れられてなくて……みたいな重い展開はごめんだ。
「あなた、お幾つ? 白銀竜はお子様を産まれてからそれ程経ってない気がするのだけれど……。」
「それが、歳がわからなくて……すみません。」
「そんな、謝る事なんてないわ。」
「彼はですね――。」
マレフィムが俺の境遇を軽く説明する。その手記に認められた悲劇は、まるで詩の様に聞く人の心へ染み込んでいく様だった。そして、話が進むにつれドミヨンがみるみると顔を曇らせていき……。
「失礼……。」
静けさの中で深々と響くドミヨンのすすり泣く声。複雑な模様のハンカチで涙を拭いている。俺は俺で自分の話なのに、どうにも口に出す言葉が浮かばない。
「ちょっと、抱きしめてもいいかしら……。」
「は、はい。」
「苦労したのね……。」
「はい……。」
俺の長い首の後ろに手を回し、体温を俺に受け渡すかのように柔らかく包み込む。
「その……なんか、ごめんなさい。」
後ろから威勢を萎ませた声でメビヨンが謝ってきた。角狼族からすれば、俺なんて突発的に現れたトラブルだし、会って見れば何の変哲も無い未熟な青二才だ。丁寧に接する理由なんて白銀竜の子という親の七光りなんて理由。メビヨンが俺の背景も想像せず接したのは仕方ない事だと思う。だから……。
「大丈夫だよ。だから、俺と仲良くして欲しい。」
今出てきた咄嗟の一言はデリカシーがまぁまぁあったと思う。
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