第29頁目 猫って犬に攻撃しがちじゃない?
俺が幾ら成長しようとミィには勝てる気がしない。そう思えてしまう光景が目の前に広がっていた。水を操って海から生簀に架け橋を作り、そこをどんどん魚が渡っていく神秘的な漁。光回線ならぬ魚回線かよ。泳いで魚を潰さないよう顎の力を加減しつつ獲ってる俺が馬鹿みたいじゃないか。あんなの見てたらやる気なくしちまいそうだよ。
「ミ、ミィ! やりすぎんなよ!? 大量に獲った魚を見て、また捕まえてきてくれって言われても俺一人じゃできないんだからなっ!」
「私と二人ならできるよっ♪」
違う。そうじゃない。なんだか妙にご機嫌なミィを説得しながらも、俺も大魚を捕まえたいと思う。雷の牙だっけか、漫画とかアニメとかだと水に電流流せば魚がプカーッって浮いてきたりしたもんだけど……。そんな事やったら自分が感電しちゃうよな。ってかそんな威力の電圧? 電流? が出るのかもわからないしなぁ。測り方も覚えてないし……理科委員だったんだからもう少し真面目に勉強しておけばよかった……。
リベンジという程でもないが程々の大きさの魚を何匹か捕まえて生簀に戻る。顎の力の加減も大穴にいた時、チビ共に渡す魚を獲ってたおかげか慣れた物だ。また魚を獲りに行こうとすると、左の方の海上に白くてデカい鳥型のベスが見える。襲われたら堪ったもんじゃないが、かなり遠くにいるので今の所そんな心配はなさそうだ。しかし、1匹だけじゃないな。3匹くらいが海上で旋回している。あいつらの主食も魚なのかな。
「何見てんの……? ……ベスかな。こっちには気付いてないみたい。」
ミィも水から上がり、スライム型になって近寄ってきた。少女の姿じゃないのは、いつ村の誰かが来てもいいように警戒しているんだろう。
「ちょっと獲りすぎたし、何匹か食べたら?」
ベスに対してそこまで興味が無いのか、俺に魅力的な提案をしてきた。あのアンコウモドキ以外になら手を付けても良さそうだ。泳いだせいか、かなり腹が減っている。
「いいね。ちょっとくらい食べてもいいよな。」
「クロロ達は食欲なんてあって不便だよね。」
「それはそうだけど、美味しい食事の良さがわからないのは嫌だな。」
「私にはちゃんと味覚もあるよ!」
「知ってるよ。身体が濁るのが嫌なんだろ。」
ミィは水だからな。スライムと違って取り込んだ物を溶かしたりは出来ない。咀嚼した物が体内に浮遊するのは誰が見ても汚い。ゲロじゃないけど、ゲロみたいな物になってしまう。要は亜ゲロだな。亜ゲロ。汚い話になってしまった。失礼。
「やろうと思えば触るだけで味は感じられるし、直ぐに浄化だって出来るよ? でも、なんか勿体無いし、化け物みたいじゃない……?」
「ははっ。確かに。」
食べ物を含んではぐちゃぐちゃにして体外に吐き出すスライムなんて、モンスター以外の何者でもないよな。
「笑わないでよぉ! これでも美味しい食べ物は好きなんだからね!?」
「そうなのか? でも全然食わねえじゃん。」
「偶に食べてるよ。果物が好きなの。」
知らなかった。いつも食事の時に何も言わないのは、食事に興味が無いからだと思っていた。でも、あの村に着いてから、食事の時に周りに人がいる場合も多かったからな。人目を気にして言ってこなかっただけかもしれない。今度からは果物とかを分けてやろう。
「ほら、私の事は気にしないで少しは食べなよ。お腹空いたでしょ。」
俺は角狼族の村に来てからあまり食べ物に困らなくなっていた。ベスを狩ろうと思えば狩れるし、食べ物は別に肉以外にも色々ある。しかし、ドミヨンがおすそ分けをくれたりするのだが、そんな日々の中改めて思う事があった。俺は満腹にならないのだ。竜人種でありながら角狼族よりも小さいこの身体は、なぜか角狼族よりも食料を多く腹に詰め込める。限りなくだ。今まで運動量を節約する為に過度な狩りをせず、空腹感が少し紛れれば良いという程度で食事は抑えていた。だが、ダロウに招かれてダロウの家でドミヨンの手作り料理を振舞われた時、俺はそれを際限無く食べ続け良心が痛んだ所でやっとご馳走様の一言を搾り出したのだ。あの時の引きつったデルガル一家の顔を見て俺は、これが異常だと悟った。
「クロロのその不感症をどうにかして治さなきゃね。」
「不感症って?」
「満腹感の不感症。」
俺はその異常に気付いてすぐにミィとマレフィムに相談した。残念ながら二人共原因についてはわからないようだったが、疑いもせずに信用してくれたのだ。俺にはお腹が空いてる状態と、凄くお腹が空いている状態の2つしかないというフザけた話をだぞ? ミィ達には悪いけど俺がその話を聞いたら、早く寝ろだなんて返しそうな相談内容だ。それとも、魔法の世界じゃよくわからない異常という物が多いのかもしれない。なんにせよ、俺は素直に信じてくれた彼女達へ強く感謝した。
「クロロこそ食べ過ぎないでよ? また捕まえるのも手間なんだから。」
「わかってるよ。ミィはいいのか?」
「味がね……生臭さと塩味は海水で充分だから。」
「あー……常に味は感じるものなのか?」
「いや、味わおうと思えば幾らでも味わえるからって事。」
「……そゆこと。」
ミィが果物好きな理由が少しわかったかもしれない。とにかく、一旦小休止だ。俺は生簀から適当に小さい魚を選んで、口に放りこんでいく。その間、ミィは俺の背中に張り付いているらしい。そろそろクロウ達が戻ってきてもおかしくないもんな。
「クロロはよく魚飽きないねぇ。」
「昔から大好きだからな。」
「子供が昔からだなんて……。」
そう言われても前世から好きなんだから昔からで問題ない。前世じゃこんな紫色の空をしてたら、もう帰らなきゃって気持ちになってたなぁ……。
趣良く日が暮れて、太陽が森の奥へ沈んでいく。そんな方向から聞き覚えのある声がした。
「クロローッ! あんた何してんの!?」
「メビヨンさん! お待ちを!」
メビヨンだ。少し遅れてマレフィムも後ろから飛んできている。マレフィムの飛ぶ速度よりもメビヨンの方が速く走れるとはな。やるじゃん。
「ま、まってー!」
「ねーちゃん!」
「はやいよぉ!」
続いてクロウ達も後ろからやってくる。一緒に独特な形の籠を背負ったダロウと男達も走って来ている。メビヨンはこの魚を喜んでくれるだろうか。
「え!? 何この池!? 魚が……いっぱい……って何アレ!?」
到着して生簀を見るなり驚くメビヨン。魚よりも成果の規模に驚いているようだが、やっぱりあのアンコウモドキに目がいくよな。実際この生簀はやりすぎなんじゃないかと思っていたが、アンコウモドキで誤魔化せそうだ。
「クロウ達とお前を元気付けようと思って魚を獲ったんだ。まさかあんなデカいベス魚まで獲れるとは思ってなかったけど……。」
「うおお! すげぇな! 見ろよ! こんな魚はオクルスの市場でも見た事がねぇ! これはクロロが仕留めたのか!?」
ダロウ達がアンコウモドキを近くで見ようと駆け寄っていく。俺が仕留めたと言うと後に面倒な絡み方をされそうだが、ミィの事を話す訳もいかないので仕方なく肯定した。メビヨンを含めた全員が生簀とアンコウモドキに驚いている。
「……なぁ、もう叱られ終わったのか?」
「……うん。とりあえず飛ぶ練習は禁止だって……その代わり、風魔法の練習の試験をクリアできたら飛ぶ練習を許すってパパが……。」
「仕方ないよな。ほら、元気出せよ。クロウ達にお前は魚が好きって聞いたからさ。張り切ってこんだけ獲って来たんだぜ。」
「ねーちゃん、魚だよ?」
「ヒモノじゃないけど……。」
「まだ落ちこんでる……?」
クロウ達も話が聞こえたようだ。つぶらな瞳を光らせて、メビヨンを取り囲みぐるぐる回る。それに何か意味はあるんだろうな……? しかし、メビヨンだってこいつらの姉だ。これ以上心配させまいとしているのか、直ぐに笑顔を咲かせた。
「クロウ、コロウ、メロウ……ありがとう! クロロもね! 魚って高いからあんまり買って貰えないんだけど、こんなにあったら飽きるくらい食べられそう!」
「そうだぜ。お前等、やるじゃねえか。メビヨンの為にこんな事までするなんてなぁ。クロロォ、メビヨン狙ってんのかぁ……?」
ニヤニヤと下卑た表情で牙を見せるダロウ。まるで子豚3兄弟の家でも取り壊しに行きそうな顔だ。
「へ、変なこと言わないでよ!」
「アヴァッ!!!」
ここで強烈な猫パンチがダロウの顔にヒットして身体が横回転しながら吹っ飛ぶ。そりゃあ……思春期の娘にそんな悪趣味な悪乗りかましたらぶん殴られるわな……。
「おぉ……いちちち……なんでクロロじゃなくてお前が怒るんだよ……。」
「ま、まぁ……もう日も暮れかけてますし、そろそろ持って帰りましょう。」
マレフィムの言う通り、既に闇が寄って来ている。生簀の陰の部分は既に視認し辛い程に暗い。
「そうだな。これだけの魚の量……いけるか?」
「入らなかった分は海に返せばいいのでは?」
「ちっと勿体ねぇが仕方ねぇか……それでいいか? クロロ。」
勿論その方が捨てるよりいいだろう。生簀から水路を一本海で繋げるだけだしそこまで苦労も無い。
「はい。俺の事は気にせず持ち帰れる分だけ持ち帰りましょう。」
「(……クロロさん。これ、ミィさんも手伝ったのですか?)」
マレフィムにはやはりわかってしまうようだ。俺の本当の実力がわかっているし、ミィの底知れなさも知っている。
「(うん。なんか張り切っちゃってて。)」
「(駄目ですよ。自重して貰わねば……あのベスもミィさんの仕業ですよね?)」
「(半々かな……? なんか雷の牙? っぽいのが使えてミィが水流でトドメをさした。)」
「雷の牙!? ついに使えたのですか!?」
「お、おう……。」
凄い反応の仕方だ。マレフィムは一緒に過ごしていて、世界を知る度にちょっとずつ俺とミィの異常性を認識してきている。からと言って、俺達を避けたりとかはしていないのだが、更に興味や好奇心を強く感じるようになっていた。
「飛竜族が炎を吐く時にも使うと聞く例の雷の牙ですか! 是非拝見したいものですね……!」
「こ、今度な。今はまずダロウさん達を手伝おうぜ。」
ダロウ達は何処からか持ってきた流木に魔法で火をつけて生簀を囲むように設置している。そして、他の数匹が水魔法で魚を飛ばし、風魔法で籠にいれていった。手馴れた作業に狩りで鍛えられた魔法の練度が窺える。俺もあんなふうに魔法を使えたらいいんだけどな。
「むぅ……確かにこのまま見てるだけではサボってる様に思われてしまいますね。」
そう言って、アンコウモドキを繁々と見つめるダロウの元へ向かうマレフィム。
「こんな大穴どうやって開けたんだ? ……にしても、こいつを解体して持って帰るのはちと勿体ねぇな。長老達にも見せてやりてぇしなぁ。」
「そこは私にお任せください。」
マレフィムの一言で、アンコウモドキが浮かびだす。そのぶよぶよした柔らかい身体が、まるで球体のように丸まって鰭を風に靡かせていた。スカイダイビングを擬似的に体験する機械みたいだ。
「おいおい……マレフィム……お前こんな器用な事出来んのかよ……妖精族が風魔法を器用に使うってなぁ本当だったんだな。」
驚くダロウのコメントの意味がわからない。アンコウモドキは重いが、持ち上げるのに器用さが関わってくるのか?
「これって難しいんですか?」
「ったりめえよ。こんなダルッとした物を落とさずに風で包み込む器用さとこの重量を風だけで浮かばせる威力、んで何より風が全く漏れてねえ。これが一番すげえ。」
「妖精族は見ての通り風魔法で飛びますが、無駄に風を撒き散らすと周りの同族も吹き飛ばしてしまうので必須の技術なのですよ。」
「はぁー……なるほどな。」
俺もダロウ共に大きく頷いた。メビヨンもこれくらい風の扱いが上手くなれば、安心して飛行を解禁してもらえるかもしれない。アイツは離陸する時、羽ばたきで生じる風以外の風も俺に当たっていた。今度飛ぶ練習する時はマレフィムを呼ぼう。
「パパ! こっちは終わったよ!」
生簀の方からメビヨンの声がする。どうやら籠に限界まで魚を盛ったようだ。
「こんなに魚を食べれるなんて……楽しみね♪」
「ぜんぶ入った!」
「すこしはみ出してるけど!」
「魚いっぱーい!」
メビヨンも弟達もご機嫌だ。そして、籠を見た限り本当にギリギリの量である。そんな籠を背負うダロウ達を前に、遠慮せずもう少しつまみ食いしてよかったかも、なんて思う帰り道だった。
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