第23頁目 わんにゃんパラダイス?

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………。」


 凄いため息をしてダロウが片手を両目に当てる。犬がやるとそのポーズめっちゃ可愛いな。


「すまん……クロロ……こいつは俺の娘のメビヨンだ。それでどうしてここにいる。危ねえから家に居ろって言ったろ。」

「もしコイツがとんでもなく凶暴な奴だったら私の力が必要で――。」

「必要ねえ。まだまだお飾りの羽を背負った奴が戦いの役に立つ訳ねえだろ。」

「えっ? でも、今上から……」

「コイツの趣味は木登りだ。」


 ダロウ達より一回り小さいその白猫は、ペガサスの様な白くて大きい翼を持つ女の子だった。つまりペガサスから馬を引いて猫を付け替えた様な……そんな風貌である。この大樹の上へはその立派な翼でなく、立派な爪で上ったらしい。


「同じ種族じゃねえって言いたいんだろ? こいつもお前と同じ捨て子、或いは迷い子だ。かなり幼い頃に俺が拾ったからな。アイツの親は俺と家内だけだ。」

「……そうなんですね。」


 同じ捨て子というだけで少し親近感を覚えてしまう俺。しかし、両親がいて苦労もそんなにしてなさそうだ……。


 はっ!


 いかんいかん。不幸自慢なんて誰も幸せになれない。不幸なにゃんこはいなかった。それでいいじゃないか。


「年は多分お前と同じか、それより少し上くらいだろう。お転婆だが、仲良くしてやってくれ。」

「俺、自分の歳がわからないんです。」


 俺は途中まで律儀に日付を刻んでいたが、途中から虚しくなってやめてしまった。なので、今俺が何歳かはわからない。


「お前、他の兄弟と比べて小さいしな。しかも、竜人種は部族によってかなり寿命が変わる。」


 ダロウの後ろで他の雄に絡むメビヨンを見て歳を予想する。……さっぱりわからない。


「彼女、幾つなんです?」

「五十手前くらいだ。」

「えぇっ!?」


 オバさんじゃねーか! 俺はそんな長生きしてねぇよ! してねぇよな……? でも季節の移り変わりは結構沢山あったような……いやでもそんな……。そうだ!


「マレフィム! マレフィムは!?」

「私は六十六ですよ。」

「!?」


 サラッと衝撃的な事実を吐かれて開いた口が閉まらない。そこにダロウはすかさずセクハラを入れる。


「その歳なら遊び盛りだわな! 色んなとこで女捕まえてんのか?」

「いえ、生憎そんな事は。」


 当たり前だ。こいつは青年に見えて女なんだからな。にしても馬鹿な……ここの世界は皆長寿なのか?


「ち、因みにダロウさんは。」

「俺か? 俺は……えーっと……百二十くらいだった気がするなぁ。数えるのダルくてよぉ。あんま覚えてねぇんだわ。」

「この前百三十になったじゃない。」


 メビヨンが後ろから訂正してきた。


「あっ……そういやそうだったな。」

「飲んでばっかりいるからボケるのよ。」


 父親に対して冷たい上に反抗的。50手前って言ってたけどこの世界では思春期くらいなのかもしれない。でも猫だからな……元々そういう種族とも考えられる。


「一人前になってからほざきやがれ!」

「私はもう一人前よ!」


 売り言葉に買い言葉だ。語気は強いが、険悪感は余り感じ取れない。周りの雄達も、またか……みたいな生暖かい目で見ている。おそらくこの応酬がいつものノリなのだろう。


「ったく……アイツはなんでこうも反抗的になっちまったんだ。」

「ウチの姉妹は母にべったりだったんですけどね。」


 メビヨンを見てふと俺の家族である姉妹を思い出す。


「そんな顔すんな。村に戻ればあいつの弟達も集めて紹介する。渇望の丘陵は危険な所だからな。俺の集落で少し楽しんでいけよ。皆、白銀竜の息子だって知ったら大歓迎してくれるはずだぜ。例えそれが災竜でもな。」


 妖精族とはかなり違った距離感だ。妖精族は閉鎖的で、何もしないから何もしないでくれという感じだった。マレフィムがいなかったら、危険視、或いは敵対視されていたかもしれない。それに比べてこの角狼族はフレンドリーでモフモフで暖かい。見慣れた犬の姿に近いからというのもあるのかもな。猫も一匹いるけど。


「可変種の中でもありふれている犬系の部族はとても開放的で交流にも長けていると読んだ事があります。」

「まぁ、手長猿や高鷲と比べたらそうだな。猿は保守的だし、鷲は何考えてるのかわからん。」

「さっきメビヨンさんが言ってた不変種と共存してるっていうのは……。」

「さんなんて付けなくていいわよ。」

「あっはい。」


 こいつら本当にグイグイ来るな。猫も犬に育てられたらこうなるのか。


「他の集落で逸れて迷った雄が高鷲族の縄張りに迷い込んだらしくて……そこで黒い肌の『エルフ』族と協力してベスを狩ってる姿を見たとか。」

「そりゃ『ダークエルフ』だ。共存してるかは知らねぇが、この森に昔から暮らしてるのは確かだな。」

「その『エルフ』族ってどんなのだ?」


 『エルフ』……また聞いたことない種族だな。とにかくマレフィムに質問を投げるが、回答はダロウから送られる。


「なんだぁ? 『エルフ』族っつったら三大不変種の『エルフ』だろ。背が高くて、耳が長くて、長寿で色白の最も魔法が得意な不変種のよ。」


 え? それってエルフじゃん。エルフいんの? あのファンタジーで異種族って言ったら真っ先に出てくるあのエルフだろ? ファンタズィー度急上昇だ……。でも三大不変種って言ってたから他にもいるんだな。


「エルフ! エルフね! 知ってる知ってる。でも、三大不変種ってのは知らないなぁ。他は妖精族ともう一つは何だ?」


 まぁ、多分人間なんだろうけど。人間をこの世界の言葉で俺はなんていうのかをしらない。人って単語は知っているのだが、種族名までは知らないのだ。


「クロロさん。知ったかぶりはよくありませんよ。妖精族は三大不変種ではありませんしね。他の二つは『ホビット』と『ドワーフ』です。」

「知ったかぶりじゃないよ。母さんが話してたのを聞いた事があるんだ。それで、残りの二つはどんなのなんだ?」


 前世の知識ではないという説明をするのに、母親の存在を仄めかすのはとても楽な手法であった。

 

「なるほど。しかし、それぞれの名前は覚えてないという訳ですね。」

「『ドワーフ』は腕が長くて、ゴツくて、うるせぇ。物作りと酒が大好きな工匠の化身だな。」


 散々な評価だが、腕が長い? それ以外の特徴から察するに多分ドワーフか何かだ。ドワーフって腕長かったっけ? う~ん……俺が知ってるのと皆何処か違うのかも。


「まぁ、概ねその通りですね。そして、ドワーフには男性しかおらず、世継ぎは石から魔法で作るのが大きな特徴ですね。」

「なんだそれ。聞いた事ないぞ。」


 やっぱりドワーフじゃないのかもしれない。


「白銀竜はそこまでお話されていなかったのですね。」

「ま、まぁ、そうかも……。」

「んで、『ホビット』は足が毛むくじゃらで、陽気な『タバコ』好きだ。数だけなら一番多いかもな。」


 なるほどね。人間は『ホビット』って言うのか。にしても、足が毛むくじゃらって特徴に挙げる程かよ。足がもじゃついてるのはおっさんだけじゃねえか。それと何? 何が好きだって?


「その『タバコ』ってのはなんですか?」

「ハハッ、ガキはわかんねぇわな。良い香りのする葉を乾燥させた物だ。火をつけて香りを楽しむ嗜好品だぜ。ウチじゃ臭いが狩りの邪魔になるから吸うのは禁止されてるが、都会には嗜んでる奴等が沢山いる。」


 あぁー……タバコね。この世界にもあるんだな。人間はタバコ好きって、何処に行ってもそれは変わらないのか。


「この前私達を訪ねて来た王国の騎士団は全員『ホビット』の部隊でしたね。ホビットの身軽さを買われて遊撃隊を組まれているのかもしれません。『ホビット』の健脚は素晴らしく、靴を必要としないのも一つの大きな特徴ですからね。

「靴が必要ない!?」


 待て、それはなんか違うだろ。確かに前世でも途上国では靴を履いてなかったりしたけど……種族として靴が必要ないってのは違わないか? 人間が人間辞めてるみたいじゃねえか。


「え、えぇ。そんなに驚く事でしょうか? 靴が不要というのは、確かに不変種では少ないかもですけど……彼等は足の裏の皮が大変分厚く、更に毛で覆われていて保護されているのです。ですので、特殊な地形を行く場合以外は裸足だそうですよ。」


 ……それは、人間じゃないわ。つまり、人間は三大不変種とやらに含まれてないって事か。でも、確かにこんだけ個性溢れた種族に人間が放り込まれても太刀打ち出来ないよな。肩身狭くひっそりと生きてるのかも。ん? そういえば……。


「騎士団の人達は裸足だったっけ?」

「多少足が丈夫でも、武器や魔法には敵いませんからね。軍部はしっかりホビット用の脚甲を用意してるみたいです。」

「妖精族は三大不変種じゃないのか……そんなに数がいないって事?」

「数もそうですが、不変種の最大の王国、ホワルドフ・ヴィッフェートの王がその三種族なんです。ですので、王国では可変種だけでなく他の不変種を見下す人もいると聞いた事があります。」


 不変種同士でも差別があるのか。国籍とかなら帰化できたりするんだろうけど、種族なんて変えられないもんな。しかも、原因が王様の種族だなんて王国を解体でもしないと差別が無くならないじゃん。所詮他人事だけど、大変だなぁ。


「妖精族、鬼人族、巨人族に、岩殻族や武尾族と他にも不変種は沢山いるんだ。そいつらにはそいつらの郷や国があったりする。」


 本当に沢山いるな。しかも、口ぶりからして今挙がった種族も多分一例だ。可変種ばかりが、種類が沢山ある訳ではないのか。にしても王国の王が三種族ねぇ。選民制の中で更に王が一人選ばれるなら、そこでまた派閥が出来るだろ。そこはちゃんと対策とってるって事か?


「そうですね。妖精族の国も西の方にあると聞いた事があります。」

「……待ってくれ、王国の王がその三種族ってどういう事なんだ?」

「王国には王が三人いるってだけですよ。各種族の代表が一人ずつですね。」


 王が三人!? よくわかってないけど三権分立みたいなもんか? 何をするにも即決が出来なさそうな体制だ。何故そんなやり方に落ち着いたんだろう。


「その顔じゃまだまだ勉強が足りねえみたいだな。今日は歓迎会ついでに世間ってのも教えてやるよ。」


 難しい話をし始めてからメビヨンは何処かに行ってしまった。俺も勉強は……程々でいいんだけどな……。


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