第22頁目 初対面なら敬語を使うべき?
「えぇっ!? クロロさんは脱皮したことが無いのですか!?」
ここは今まで踏み込んだ事の無い森の領域。あれから数日歩いているが、どんだけ広いんだこの森は。所狭しと密集する枝葉の間から差し込む木漏れ日を浴びながら、ミィとマレフィムを背中に乗せて俺はのんびりと歩いていた。
「してないね。」
マレフィムの驚愕に返答するはスライムの様な形をしたミィだ。ウォーターソファーみたいにマレフィムを包み、俺が歩く時に生じる揺れを軽減していた。羽休め兼酔い防止だそうだが、ミィはそれでいいのか?
「だからまだそんなに小さいのですね。」
「これから色々食えばでっかくなるんだよ。巣から出て色々食うようになってからは結構身体が大きくなったしな。」
嘘である。
何も変わっていない。だが成長しないとまだまだ飛べないなんて考えると悔しいのでその事実は認めない。
「『エカゴット』と変わらない大きさですもんね。」
「エカゴット?」
また初めて聞くワードだな。物か? 動物か?
「この前王国騎士が乗っていた竜人種のようなベスですよ。」
あのダチョウトカゲか! あれエカゴットって言うのね。遠くからしか見られてないけど確かに大きさ、というか体積は似てるかもしれない。あっちはスラッと細くなんかこうスピードタイプって感じの二足竜で、こっちは四足が標準の犬とか猫っぽい骨格って言うか……まんまワニやトカゲの下半身なんだけど……。とにかくそんな感じで俺はバランスタイプな筋肉の付き方をしている。前世の記憶と言うか常識のせいで二足歩行もそこまで苦じゃないんだけどな。最初は邪魔だった尻尾も二足歩行を頻繁に行っていたせいか付け根の関節が柔軟になって今では気にならなくなっている。でも、素早さや安定具合は四足の方が断然高いので基本は四足だ。楽だしね。
「そのエカゴットってありふれたベスなのか?」
「そうだね。結構歴史ある不変種の家畜かな。軍事的にも利用されてるし、ペットにする人とかもいるみたいだよ。結構賢くて可愛いんだよね。」
軍事的にねぇ……。馬みたいなポジションかな。人が乗ってるんだしそうだよな。
「戦争ではアレに乗って戦うのか。」
「短期戦や悪路ではそうですね。ですが、長期戦や平地では『ウナ』を使います。」
「ウナ?」
「えぇ、他にも『イロット』や『アクリ』等色々なベスを使うのが不変種です。クロロさんもその内見る事があるでしょう。私は『ウナ』が苦手なので出来れば見つけても近寄りたくは……。」
種類多すぎだよ。全くわからん。わからない言葉は翻訳しようがない。
「ク、クロロさん……止まってください。」
マレフィムが言葉を止めたのは、そのウナとやらを思い出して口篭ったのではない。
突如不自然に揺れる目の前の低木。低木と言えども大樹より低いというだけ俺よりは充分背の高い植物だ。そこから現れたのは、――耳の横から捩れ角を二本生やした犬。青味がかった鈍色の毛を逆立て、こちらから距離を取りつつ鋭いを眼差しを刺してきている。
「う、ウナです! ウナですよ!」
「……まずいね。囲まれてる。」
ミィの緊迫した声が危険であるという説得力を増す。どうやらマレフィムがウナを苦手としているだけで、騒いでいる訳でもないらしい。確かに犬、というか狼に近い風貌しているそのベスの表情は険しく、友好的な態度ではないというのが口から覗かせている牙からわかる。
「俺達はウナじゃねぇ。」
この低い男性の声の主は目の前の犬ではない。
「待て、こいつ等からは敵意をそこまで感じねぇ。」
声のした方を向けば、そこにいるの同じ種族と思われる犬がいた。他にも回りには同じ用な犬が沢山いた。ミィの言う通り囲まれていたんだろう。
「……何か用でも?」
精一杯の強がりで言葉を発する。ただ、充分効き目はあったようだ。周りの犬は全員目を見開き、固まっている。
「……まさか、本当に話せるのか?」
「えぇ、と……この方は飛竜族のクロロさん。わ、私は妖精族のマレフィムです。」
「それでこいつはペットのミィだ。」
直後に背中から鈍痛が走る。犯人は恐らくミィだろう。そして場は完全な沈黙だ。こいつらがどういう思案を巡らせているかによって今後の対応が変わる。逃げる? 倒す? それとも説得できるのか?
「……こらぁ不憫なこった。よく暢気に散歩なんか出来るな。そんな色じゃ災竜と間違えられるんじゃないか?」
「えぇ、おかげ様で沢山の人から追われて困ってるんですよ。」
良かった。俺が災竜だとバレてる訳ではないんだな……。それにしても、こいつ等はその苦手なウナにそっくりなんだろう。マレフィムが珍しく怖気づいていて、ミィも喋る訳にはいかないので俺が答えるしかない。口調は母親直伝の敬語だ。
「ここんところ、俺らの縄張りが荒らされてるんだよ……黒い竜人種になぁ。まぁ、最初は俺らの広い縄張りに知らず知らずと踏み込んだだけだろうからと泳がせていたら、どんどん俺らの村に近づいてきやがる。――何が目的だ。」
え、えぇー……。妖精族の件もあったから、なるべく他の部族が住んでいるような場所は迂回しましょうって事で進んでたんじゃないのかよ……。
「縄張りとは知らなかったんです。渇望のなんとかって場所に行きたくて……ただ、その、荒らしてしまった事は謝ります。すみませんでした!」
「渇望の……? そりゃ俺らの村の奥だ。ちゃんと謝れる坊主みたいだし、悪意もねえならどうこうしようって事もねえ。」
「わ、私もベスと間違えるような失礼をしてしまいすみませんでした。」
「しゃーねぇさ。似てるのは確かだ。ただ、ウナには俺ら一族が誇るようなこの角はねぇ。もう間違えんなよ?」
意外と物分りがいい人だった。ってかウナって犬じゃん。こいつらから角取ったら大きい犬だよ。……えっ? 犬に乗って戦うの?ちょっとファンシーな……いや、このサイズだもんな……闘犬みたいに血生臭い戦いになりそう。うえぇ……。
「おいおい。そんなしかめっ面するなよ。俺らの村へ一直線に向かってくる災竜なんて聞いたらだれだって警戒するっつうの。」
「あ、いえ。こちらも、その、可変種の方とお会いするのは初めてだったので……え!? 災竜だって気付いて……!?」
「ハハッ。ったりめぇよぉ。おめぇ……白銀竜んとこの坊主だろ。あの人には散々世話になった。それに、縄張りだからって獲物を俺ら一族で独り占めする気はねぇんだ。」
……この人どういう立ち位置なんだ? 母に恩義を感じているっていう事は少し警戒を解いてもいいかもしれない。
「母さんを……知っているんですか?」
「ここは白銀竜の森だぞ?オクルスがあんだけデカくなったのは坊主のかーちゃんがおっかなかったからてのも理由の一つさ。」
それはなんかマレフィムに聞いたな。帝国と白銀竜を警戒して、前線基地がどんどん物騒になっていったとかなんとか。
「それに、この森で白銀竜に感謝していない奴なんざ悪人くらいさ。ベスですら密漁乱獲を防がれて繁栄してやがる。」
「そうなんですね……。」
つまりこの森は完全に俺のホームなんだ。育児をしながらも環境が乱れないように整えていたのかもしれない。それは巡り巡って俺に味方している。
「まさか、災竜なんてとんでもない隠し子がいるとはなぁ。しかも、死んでないどころかちゃんと教育までしてやがる。他の竜人種とは器がちげぇなんて思っていたがこれ程たぁ……。」
「――教育は受けてませんよ。白銀竜はこの子を見捨てました。」
話を遮ったのはマレフィムだった。
「彼は巣の底で腐肉を貪りながら孤独に生き長らえて、自分を捨てた家族から漏れ出た会話で教養を身につけたのです。」
そう語るマレフィムからは、先ほど感じられた怯えが薄れていた。マレフィムは白銀竜に感謝をしていた。しかし、俺の境遇を軽い物とも捉えていなかった。そして、マレフィムはまだミィに身体を包まれているままである。
「……そうか。確かに巣立った他のガキ共より小さいしな……お前、捨て子なんだな。」
「まぁ……はい。」
「つまり、おめぇは生き延びた努力を認められて捨てられたって訳だ。」
「そんな言い方……!」
マレフィムが珍しく怒りの色を見せる。しかし、それに反して落ち着いた声色でマレフィムの怒りは遮られた。
「災竜は数少ない竜人種の出来損ないだ。生まれちまったら汚名を隠す為にすぐ処分される。生き残っても同族から恥として消される。だから死体すら見つからねえ。それが超高額で取引される理由だ。そんなお前が、名誉あるはずの白銀竜から生まれたにも拘らず殺されずに今ここにいる……立派じゃねえか。」
俺はそんなに許されない存在だったのか。これからも同族に狙われる……? そう考えると暗い感情が心を満たしていく。俺は自分から災竜になった訳じゃないのに……。
「お前は自力で生きるという権利を得たんだ。歓迎するぜ。俺は見ての通り角狼族でジャオラン一族の族長をやってるダロウ・デルガル・ジャオランだ。よろしく頼むぜ、クロロ。」
「あっ、はい。よろしくお願いします。」
名前はダロウ……でいいんだよな? マレフィムから個人名は一番最初に来ると教わった。因みにマレフィムの名前はマレフィム・ロ~・ネリなんとかって名前だったけど、唯のマレフィムでいいらしい。故郷を捨てた旅人には名前だけの人も多いとか。
「ひとまずは村へ案内しよう。何の用かは知らねえが、渇望の丘陵に行くんだろ?お前等ご苦労だ。戻るぞ。」
「……いいのですか?」
マレフィムはまだ少し警戒気味だが、歓迎してくれるならお言葉に甘えたい。ダロウは仲間に呼びかけ、背を向けて歩き始める。
「さっき歓迎するって言ったろ? お前等に興味もある。土産話を聞かせてくれや。」
どうやら本当に歓迎してくれるらしい。このまま付いて行って村とやらにお邪魔しよう。
「お言葉に甘えさせていただきます。」
「へへっ……帝国の奴等がクロロを見たら腰を抜かすだろうなぁ。あんま会うこたねぇと思うけど、竜人種には近寄るなよ。殺されるぞ。」
それは本当に避けたい話だ。肌、というか鱗の色を見て災いを呼ぶだなんて馬鹿らしい。そんな理不尽に命を取られて溜まるもんか。にしても、やはり可変種なだけあって同種の事情に詳しいみたいだな。
「ダロウさん達は可変種なのに、ここで暮らしてるんですね。」
「まぁな。この森は他にも可変種が住んでるぜ。その中でも一番縄張りが広いのは俺等だろうけどな。」
「他にも可変種が?」
ここって仮にも王国領なんだよな? それなら不変種の方が住んでるはずじゃぁ……。
「流石に全部までは把握してねえけど、大きい勢力だと『手長猿族』と『高鷲族』だな。」
『テナガザル』と『タカワシ』? 色々いるんだな。見てみたいな……! なんだかこの角狼族みたいにファンタジー感のある種族かもしれない。これでこそ冒険だ。
「言ったでしょう。この森は白銀竜の森となってから、不変種は殆ど立ち入らなくなってしまったのですよ。」
と、マレフィムが補足を入れる。説明になるといつもの調子で話せるんだな。
「元から住む私達の様な不変種は白銀竜に害意が無いどころか恩恵があると知ってから完全にそれを頼り切って生活してしまっていたはずです。」
「なんだお前もここ出身なのか。まぁ、その通りだ。ここは王国領だが、少しばかり不変種の肩身が狭い。」
「ベスと可変種を怖がって他の部族とも殆ど関係を持っていませんしね。」
「みたいだな。俺等は縄張りがあるから横の繋がりはあるんだが、不変種から避けられちまって殆ど見る事がねぇ。」
「でも、高鷲族の奴等は不変種の奴等と共存していると聞いた事があるわ。」
ふと割り込む声。しかも、声は上からだ。その方から白い影が落ちる。
「へぇ、竜人種ってこんな感じなんだ。」
翼の生えた……白猫?
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