第16頁目 森のアサシン?
「いい? 加護を持ってるなら魔法を使う事自体はそんなに難しくないの。問題はどんな魔法を使うかだよ?」
俺はベス狩りを控え、改めて安定して魔法が使えるようにミィから基本的な知識を教わっていた。
「加護があればマナに干渉が出来るの。この世界の全てはマナで構成されてるんだけど、魔法を使うって言うのは、精神、魔力を使ってマナをマテリアル、アストラル、エーテルのどれかに変換する訳。」
よくある感じの設定だな。マナは素粒子的な物で、それを魔法に使うって事だろ。
「ん? でも世界の全てがマナで出来ていて、魔法もマナを使うなら、使うマナはどれなんだ?」
「うーん……ちょっと認識がずれてるかも。この世界の全てはマナで出来てるけど、この世界にマナは無いの。」
「へ? ……意味がわからん。」
「んーと、この世界には表層と裏層があって、表層が私達のいる世界で、裏層がマナが存在する世界って言えばいいのかな……。」
ちょっと難しいが、マナのあるどっかからこの世界に変換して別の物として持ってくるって感じだろうか。
「とにかく、この世界にはマナは無くて、裏層からマナを変換して持ってくる力が魔力。わかる?」
「なんとなくだけどわかった。」
「よし。それで、魔法は望みを叶える物なんだけど。使うには明確なイメージが……って言うとちょっと違うかな。認識……? が必要なの。」
「前に言った魔法で顕現させた物は、あくまで本物に近い何かって奴だよな。」
「そう! 顕現させたい物がどういう物か認識していないといけないの。」
それを深く理解している事による顕現。それにより創造はより確実な物になるという事だ。かなり便利だが、この世界の全員が加護さえあればその魔法という奇跡を使える訳だ。すると、少し恐ろしい考えが浮かぶ。
「それって……さ……敵の内臓に直接水を満たしたりしたら簡単に殺せるって事だよな……。」
「それは簡単にはできないね。顕現させられる距離とかもあるんだけど。身体の内側へ魔法を使うって事は即ち、他人のアストラルの影響下に魔法を使うって事なんだ。そんなの、そのアストラルが許さないよ。」
「簡単にはできないって事は出来もするんだろ?」
「そりゃあ出来るよ? 魔力は多少多く必要だろうけどね。でもさ、それって君が思いっきり噛めば人を殺せるっていうのと一緒でしょ。」
「それは……そうだけどよ……。」
確かに魔力を筋力に変えたら前世と変わらないが、何か不気味さが違う気がする。ホラー映画みたいな呪いの様な殺し方が誰にでも出来るって事だよな……。
「魔法で殺されたら誰が犯人かもわからないな。」
「そんな事ないよ。エーテルが残ってるはずだから、アウラから簡単に調べられるよ。」
「アウラ?」
また知らない単語だ。そろそろ覚えるのも大変になってくる。
「アウラは魔法に付いた個人の色というかなんというか……。魔法には魔法を使った人の加護のアウラが溶け込んでるの。だから、魔法で受けた傷痕から感じるアウラと同じアウラの人を見つければいいだけだよ。」
「へぇ~。そんな都合よく完全犯罪とかはできないのか。」
相変わらずロマン的なものを簡単に壊してくる世界だ。勿論安心したのも事実だが。
「話を戻すが、俺は魔法で顕現させる物とさせる場所をしっかり認識していれば魔法を使える訳だな。」
「それと一応動きもね。魔法で顕現させたその時から顕現された物はこの世界の理で動くの。ただの石を出しただけじゃ下に落ちてくだけ。相手にぶつけたいなら相手に向かって飛んでく石を顕現しなきゃだよ。」
「なるほど。」
咳袋に水を顕現させる事だけを考えてたけど、直接飛んでく水も出せるのか。ウォーターバレット! とか叫びながら水弾を飛ばすのも面白そうだ。恥ずかしいからやらないけど……。
「そういえば、さっき言ってた魔法を使用出来る距離ってどれくらいなんだ?」
「魔法はアストラル体が加護を通して行うの。だからアストラル体から生まれる現象だよ。」
「……つまり?」
「アストラル体から出すって事。」
アストラルって魂的な物だよな?
魂から魔法を出すってどういう事だ?
「アストラル体は基本マテリアル体と同じ形をしているから、身体から出すって言えばわかるかな。まぁ、魔法でアストラルを増強させたら違う話になってくるけど。」
「なんだ、それなら最初からそう言ってくれよ。増強ってのはよくわからんが。」
じゃあ、尚更敵の体内に魔法を使って何かで満たして殺すとか出来ない訳だ。
「魔法は考える力さえあればなんだって出来る力なの。でもちゃんとルールがある。それを破ったら簡単に死んじゃったりするんだから、絶、対、無理しないでね。」
「わかったって。俺だって死にたくないよ。」
ベス狩りだってやる事は水を咳袋に詰める事くらい。そんなに魔力を使わないはずだ。多分。
*****
「お待たせ致しました。」
マレフィムが戻り、妖精族全員が隠れた事を俺に伝える。
「協力ありがとう。それじゃあマレフィムも自分の家に隠れててくれ。」
「わかりました……今回の依頼が上手くいく事を願ってますよ。」
「まかせろ。」
そんなやり取りをして、マレフィムはサッと木陰に消えていった。それからマレフィムが消えていった方へ歩みを進め。全く村には見えない静かな森を1人静かに散歩して見回った。どうやら、要望通り妖精族は全員隠れてくれたようだ。気付けば日は完全に沈んでいた。村のランプも消灯され、照らす光は月明かりのみだ。
「ミィ、多分もう大丈夫だ。」
「はーい。よーいしょっ。」
ミィが掛け声と共に妖精族の姿になる。
「なんかちょっと前の変身よりクオリティが上がってないか?」
「ふふん! マレフィムって人の服装をちょっと真似たからね! 似てた方が引っかかりやすいでしょ?」
確かにマレフィムの服装に少し似ている。しかし、顔と体つきは見慣れたミィのままだからあまり違和感はなかった。こうして見てみると、マレフィムよりミィの考えた服の方が普通の妖精族に近いデザインな気がしないでもない。いや、マレフィムが他の妖精族と違いすぎる格好をしているのだ。当のミィはマレフィムから妖精っぽくなさを上手く取り払ったデザインとなっている。ただ、結局のところ水なので当然無色透明である。
「ねぇ、クロロ。」
「ん?」
「クロロが近くにいたら、多分、ベスが警戒して襲ってこないから少し隠れててよ。」
それもそうか。見覚えの無いドラゴンが狩場をうろついてたら警戒するのは当然だ。
「でもミィが襲われた時はどうするんだ?」
「それは私に考えがあるから任せて! ちゃんと呼ぶから。」
その考えを教えて欲しかったのだが、ミィの妙な自信に気おされて納得してしまった。
「わかった。」
「んしょ。」
「うおっ!?」
驚くのも当然だ。ミィが前にいるのに耳元からミィの声がしたのだ。うろたえる俺を見てミィは少し楽しそうだ。
「あははっ。そんな驚かないでよ。ただの分身だよ。」
「ただのって……。」
「本体は目の前にいる私。私が襲われたらその子が教えてくれるよ。」
「お、おぅ。」
ここに来て更なる新能力を見せるミィ。これじゃ俺は本当にトドメをさすだけって感じになりそうだ。それだと余りにも情けない。
「襲われたらちゃんと呼べよ? 絶対だぞ?」
「心配してくれるの? ありがとっ! でも私頑丈だから大丈夫だよ!」
違う。そうじゃない。しかし、喜ばれた手前否定もできない。なんだかもやもやした気持ちのまま、俺は村から離れる事にした。
*****
念の為村の方から見えないであろう大樹の影へ隠れた俺。こちらの方向から敵が来たら全く無意味なのだが、今出来る事はそれくらいだ。にしても、ミィが頑丈で擬態も出来るからと囮になって貰ったが、敵が来るかどうかは別問題だ。
「……大丈夫かなぁ。」
「大丈夫、大丈夫!」
耳元でミィの声がする。分身が喋っているのだ。
「お前って分身なんだよな?本体の言葉をお前に伝えられるって事は俺が喋っている事って伝えられるのか?」
暇なので分身の機能でも確認しようと質問を投げる。
「伝えられるというか私は本人だよ。」
「はぁ?」
「分身なだけでミィは私1人なの。あっちが本体で、こっちが分身だけどどっちも本人って事。」
「え? それって凄い便利なんじゃないか?」
身体がもう一個あったら色々出来るのにって願いを叶えられる訳だ。それにミィは水があれば身体を大きくできたりする。なので身体が半分になるデメリットも解消可能だ。
「私には便利かも。痛みとかも感じないしね。」
「そっか。全員分の痛みも共有しなきゃいけないのか。」
それは普通ならどうしようもないデメリットだ。気軽に大量分身して、一度に数人が殺されたらそいつ等の痛みも共有……とか考えたくも無い。というか、最早普通とは……と言いたくなるような世界でもあるのだが……。
「にしてもミィって痛覚ないんだな。」
痛覚が無い。これは創作物で偶にある設定だが、総じてマトモな人格として書かれない。自分の痛みがわからないという事は、他人の痛みもわからないという訳だからだ。もしかしたらミィも何処か冷酷な面を――。
「あるけど。」
「ん? いや、でも痛みは感じないって……。」
「そうする事が出来るだけで基本はあるよ。触覚無いとまともに動けないし。」
杞憂でしかなかった。
「それにマテリアル体だろうとアストラル体だろうと、傷っていうのは出来るもんなんだよ……。それをどう考えるかを放棄したら誰だって痛覚を無くせるとも言える――。」
急に言葉が途中で途切れ、分身が短く言葉を発した。
「仕留めたよ。」
話は変わったと認識していいだろう。仕留めたとは俺がそう翻訳しているだけで、その言葉を直訳すると――。
「殺したのか!?」
「うん。」
*****
そこらじゅうに散らばる羽毛を辿ると、自分と同じくらいの大きさのフクロウモドキがいた。
シカモドキもフクロウモドキも見て、改めて思うのだが、ここはなんだかんだ生き物の造形が前世と似ている。フクロウもシカもしっかりとした姿を覚えていないからモドキを付けて呼んでいるが、多分シカとフクロウで間違いないんだと思う。人が居て、シカもいて、フクロウもいて、魚もいる。前世に少し近いファンタジーを追加しただけで、それ以外は殆ど前世と大差ないかもしれない。妖精族はただの小さい人間で、ドラゴンもワニとかからの派生と考えればなんとなく飲み込める。
魔法やミィだけがどうしようもなくファンタジーなので、そこばかりは何か脈絡を持たせたいとも考えているが、今はそれより文句を言う方が先だ。
「ミィ! お前がベスを仕留めちゃったのかよ!」
「ふふーん! だから任せてって言ったでしょ?」
まさかだった。確かに殺すなとは言ってない。それは殺すと思ってなかったし、殺せないと何処か思っていたからである。
しかし、フクロウは翼を拡げたまま横たわっている。その隣に立っているミィはいつものミィを少し小さめにした姿で既に妖精の姿では無くなっていた。俺はフクロウの死骸に触れて理解する。
「これ、水分を抜いたのか。」
フクロウの死骸はカラッカラに干からびていたのだ。
「うん! 急に鷲掴みにされたんだけど、そのままへばり付いて抜き取っちゃった。」
「でも、それって魔力を結構使うんじゃ……。」
そうだ。この方法は魔法の講義で俺が質問した相手の体内に魔法を使う方法。それとやっている事が似ている。ベスとはいえ、アストラルはあるはずだから無理やり魔力を使わないと、ベスのアストラル影響下の肉体に干渉できないはず……
「おっ! その通り! でも、この程度のベスだしそんなに苦労しない量の魔力だよ。」
そう自慢げに胸を張るミィ。だが、俺はちょっとした違和感を覚えていた。動物へ向ける殺意と人へ向ける殺意。それは殺意という点では間違いなく同じ物なのに、倫理観というフィルターが作用しなければこんなに容易く振り回せる物なのだ。俺だってこのベスを殺す気だったし、なんなら水を噴射して真っ二つにする気だったので情景としては俺の方が悲惨な物になっていただろう。ただ、他人の魔法で命を奪われた者を見る事により、ふと考えてしまった。
魔法は、叶える力。ただの道具であって、使う人間の思うがままに働くと。前世で格闘技を覚えた人間は一般人に対し、決して拳を振るってはならないと聞いた事がある。魔法も格闘技と同じ、道具であり手段であるなら今後使い方をよく考えなくてはいけないのだろう。
「……これじゃあ食欲がわかないな。」
「……あはは……それは……考えてなかったね。」
とりあえず今は軽い冗談で流す。それに対し、ミィは俺の心境に気付くはずもないので普通の応対をする。
「いや、死体を食べたら証拠を見せられないか。」
「確かにこの散らばった羽だけじゃ駄目かもね。でも、この死体見せても説明に困るだろうからちょっとだけ戻すね。」
確かにそうだ。どうやってミイラを作ったのですか、と聞かれても答えようがないし、なんなら怖がられそうだ。ミィがフクロウの死骸に触れると少しずつ身体がを小さくなっていく。それと比例してフクロウの死骸が重みを取り戻していく。
「こんなもんかな。」
「……そんじゃ、マレフィムを呼ぶか。ミィはまた隠れててくれ。」
「りょーかい。」
ミィはそう返事して、また薄くなって背中にへばりつく。俺はそれを確認してマレフィムを大声で呼び出した。
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