第17頁目 なんで嫌な日ってくるんだろう?
妖精族の男衆が集まり、仕留められたフクロウモドキの死骸を確認している。マレフィムも同様にフクロウモドキの死骸をよく確認していた。そして、予想通りの事を聞いてくる。
「とても助かりました。あのベスにはとても苦しめられていたのですよ。ですが、一体どうやって倒したのでしょうか。どうも水の息吹では無いようですが……。」
「それは……こう……尻尾でパーンとな。」
予想はしていたが、答えは用意していなかった。咄嗟に出たのは、なんとも説得力のない答えだ。
「このベスは音もなく超高速で飛ぶベスです。ありえませんね。」
「いやいや、ホントだって。 アイツが飛びついてきた所を上手くこうタイミングを合わせてパーン! って……。」
焦って説明するも、今の俺は怪しさが増すばかりの態度に違いないはずだ。俺に詐欺師の才能は無いらしい。
「まずこのベスは妖精族と同じ様な大きさの生き物を主食としているので、クロロさんに気付いていれば近寄りもしないはずです。」
ミィ発案のベスを警戒させないように俺を遠ざける作戦は当たりだったって訳だ。しかし、故に矛盾が確たる物となってしまった。これで嘘だと白状した場合、嘘を吐いた理由で相手を納得させなければ、信頼の出来る関係性を生む上で最初のハードルとなってしまう。
「……クロロさん。大変申し訳ないのですが、私はあのベスを仕留める所を見てしまったんですよ。」
「「……えっ!?」」
それはまさかの告白だった。耳元からもミィの驚愕の声が聞こえた。
「私は最初、クロロさんの言いつけ通り家に閉じこもっていたのですが、外からクロロさんではない、人の声が聞こえて来まして……」
「あっ……それ多分私かも……。」
なんという墓穴。バレたくないと言っていた本人が迂闊にも目立つような行動をとっていたのだ。
「クロロさんからの願いを聞き入れなかった同族がいるのかと思い、咄嗟に家を出て行けば、それは美しき者がいたのです。比喩表現でも無く、透明で、まるで水で出来ているかの様な同族の少女でした。」
水で出来ているかの様な妖精族というか水だ。そして、それはミィに違いない。
「彼女の独り言はフマナ語で、その上クロロさんの名を口にしていました。私はどうするべきか考えて、とりあえず安全の為に家へ匿おうとした瞬間、彼女はそのベスの餌食となってしまったのです。」
恐らく通信が途切れた瞬間だろう。というかあの通信って分身も本体も全員同じ事を言ってしまう物なのか? だとしたら不便過ぎるだろ。
「まるで本当に水であったかの様に無残にも彼女は粉々に飛び散り、ベスは去って行きました。襲われた光景は初めて見ましたが、あのベスに襲われて助かった者はいません。……私は後ろ髪を引かれる思いで家に戻ったのですが、それから少ししてここに呼び出された次第です。」
マレフィムはどういう感情か読み取れない表情をしていた。そして、その顔を見て何故か俺も喉から何も出ない。
「……あの少女は恐らく魔法ではありませんね。そして、クロロさんの知人かと思っております。……ですが、正体がわからない。」
「……どうしよう。」
ミィは素直に狼狽えている。降参して素直に明かしても面倒な事になる気がする。
「何か事情がおありの様ですね……何せ、伝説的存在の災竜ですからね。」
今まで俺が伝説的存在の様に扱われた事は一度も無い気がするけどな。にしても今日のマレフィムはやけに饒舌だ。今迄とは違う距離感でもある。それが敵意から来るものなのか好意から来る物なのか判断がつかない。
「どうしましたか? 押し黙って。」
「答える義務は……無い。」
俺は家族と会う為に外の情報が欲しかった。だが、ミィを失うとなれば話は別だ。ミィが万能過ぎて、捕らえようとしてもどうこう出来るとは思えないが、この世界には魔法がある。どうにかしてミィを捕まえて祀り上げようとする部族がいてもおかしくなはい。なので、この部族との友好はこの際放棄してでも秘密を隠そう。しかし、そんな思惑を知ってか知らずか、マレフィムが近づいて来て目立たぬよう小声で話を続けた。
「私はですね。そろそろここから旅立とうと思っているのですよ。ここで生まれ、ここで育ちましたが、白銀竜の影響下に慣れきった我が部族は発展を止めてしまった。古い外の文献を読むだけじゃ飽き飽きしていたのです。」
フクロウの死を確認できた事が村に伝わったのか、女衆や子供までが野次馬に来ている。それをマレフィムが眺めつつ口を動かす。
「彼等は魔物を恐れ、ベスを恐れ、奴隷狩りを恐れ、逃げ着いただけのここをまるで天国か何かだと思っている……それで幸せならいいのです。ですが、私はそれを幸せと感じる事が出来なかった。そこに白銀竜が去ったとの知らせが入り、そこへクロロさん、貴方が来たのです。」
まるで悲劇を語るかの様な口調にも拘らず、マレフィムの目は深々と輝いていた。その輝きが照らした先はこの俺だ。
「彼等の殆どはクロロさんを見てもなんでもない黒い竜人種としか思いません。今や朽ち掛けた資料室の使用者は私ただ1人。このまま長命な白銀竜はこの地に居続け、その下で私は一生を終えるのだと思っていたのに……人生は思い通りでないからこそ美しい……。」
「……この人どうしちゃったの?」
ミィと同意見だ。つまり何が言いたいんだ。要求がわからない。困惑する俺を見てマレフィムが微笑する。
「フフッ。すいません。勝手に1人で盛り上がってしまって……あのベスは持ち帰って頂いて構いませんよ。お食べになるでしょう。そして、明日の夜、もう一度私のお話を聞いていただけませんか。」
「あ、あぁ……明日?」
急に話が進み、とりあえず相槌を打つ。そして、あのフクロウを貰えるのならありがたい。俺にとっては食えるものは全て御馳走だ。
「どうしても聞いてもらいたい話があるのです。今日はもうお疲れでしょうし、一旦お休み下さい。何、別に取って食ったりなどしませんよ。それにもし食べられるなら私の方でしょうしね。」
ニッコリと笑えないジョークを入れてくるものだ。それにしても、こちらはこちらでミィの件について色々相談したいので、一度解放してくれるのは助かる。そんなちょっとした動揺を取り繕おうと頷いてしまう。これで反故にしたら責はこちらのものだ。
「それではまた明日、よろしくおねがいしますね。」
という一言でマレフィムが俺を置いてフクロウに集まる妖精族の元へに行ってしまった。おそらく、俺に死骸を渡す旨を伝えているのだろう。俺はそれからフクロウを背負って一度狩場に帰るのだった。
*****
狩場に着くと、それまで黙っていたミィが少女の姿になり早々に口を開いた。
「ありがとう……黙っていてくれて……。」
「まぁ……な……。」
自分でもよくわからないが、ほんの少しの恥ずかしさを感じ、つい口籠る。ミィは、この世界で初めて出来た友達だ。そして、今や俺には家族より近い存在でもある。
「明日、何を言われるんだろう……。」
「あー……そんな馬鹿正直に出向かなくても言いと思うけどな。」
「えぇ!? 明日、妖精族の所に行かないって事!?」
「何をそんなに驚いてるんだよ。嫌な事されそうなのに行く理由も無いだろ。」
嫌な事をされそうだと決まった訳でもないが、リスクに対するメリットがありそうかと聞かれるとなんとも言えない。この広い森なら他にも部族はいるだろうし、あの妖精族に固執する必要はない。他の部族に接触を試みる為に過保護なミィを説得するのが大変なだけだ。
「そうだけどぉ……。あの部族、君の親から恩恵を受けてたみたいだし、災竜の事も知らないみたいだし、フマナ語も喋れないしでクロロの欲しい最初の味方としてはそんなに悪い相手じゃないかなって……。」
「でも精霊ってバレたら大変なんだろ?」
「外に私の事が拡がらなきゃ大丈夫だよ。それによっぽど強い奴じゃなきゃ私捕まらないと思うし。」
この世界がどれほど物騒な世界かはまだ把握出来ていない。ただ、ミィがそこらの生き物よりかなりの力を持っている事は流石に実感していた。今回のフクロウなんてかなりエグい殺され方をしている。
「変に反感を買うくらいならとりあえず話だけ聞いて、駄目な時に全面戦争すればいいと思う。」
「いや、良くはないだろ……。」
ミィは急に物騒な考えになる時があるから怖い。しかし、確かにそれもそうだ。こちら側に相手を圧倒出来る力があるなら、被害を受けるかもしれないという心配は杞憂に過ぎない。
「なら、話だけでも聞いてみるか。でも――。」
「わかってるよ。その時は何処か少し離れた所から聞いてる。」
「そうだな。そうしてくれ。」
明日の方針が決まると、空腹の自己主張が強くなってきた。横には大きいフクロウが一匹。見ていると涎が口の中を満たしていく。
「フフッ。お腹空いたんだね。私も休んでくるからご飯食べなよ。明日は今日頑張ったクロロの為にちょっと便利な魔法を教えてあげるからさ。」
頑張ったって言っても、俺がやった事なんて殆ど同伴くらいな気がするのだが……。しかし、ミィが乗り気の内に魔法を教えて貰わないとまた心配性が発症してしまう。つべこべ言わずに期待してしまおう。
「じゃあ、お休み。」
「あぁ、お休み。」
言える事が嬉しい挨拶をして俺は骨も残さず御馳走をいただいた。そして、かつて居た穴の底より何倍も明るい空の下、俺は夢の中へと向かったのだった。
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