第15頁目 はじめてのおつかい?
「もぉ! なんであんな安請け合いしちゃうの! 身体も本調子に戻ってないんじゃないの!?」
最早俺等の家になっている気もする狩場前。ミィが少女の姿になり、声を荒げて俺に詰め寄る。
「まぁまぁ、ミィのくれる情報が頼りにならない訳じゃないんだ。でも、何年もここに住んでたんなら新しい情報とかは持ってないだろ?」
「まぁ……そうだけどぉ……。」
事実にどうこう反論は出来ないからな。ここはどうにか納得してもらおう。
「これから強くなるために修行していく訳だけど、家族の情報も集めたい。それなのに俺は災竜だから表立って行動出来そうにない。だろ?」
「……うん。」
まだミィの顔は不満そうだ。
「だから情報源が増えるに越した事は無いんだ。」
「でも、その度に相手に姿を見せるのは危険過ぎるよ。外族の中には普通に国と交易を行ってる奴等だっているんだよ? そこに生きてる災竜の情報なんて流れたら、ハンターが挙ってクロロを探しに来ちゃうよ!」
「それはそうだけど。このままここに籠もってたって目的は果たせないだろ。外族が皆国と繋がってる訳じゃないんだろ?」
「ここが白銀竜の縄張りだったから本当に国との関わりが薄い外族しかいなかっただけなの! 死んじゃっても目的は果たせないよ!」
思ったよりミィは引いてくれなかった。しかし、その怒りはどう聞いても俺の身を案じてのものだ。それ故に、こちらも強く出られない。
「今回はもう依頼を受けちゃったけど……これからは安受け合いしないようにするからさ……。」
むくれるミィをなんとか宥めようとする。まるで妻に内緒で高額の買い物をした旦那のような言い草である。
「とにかくこれはチャンスとして活かそう!鳥くらい狩れなきゃまともなドラゴンとも言えないだろ?」
「それはそうだけどぉ……。」
「それに俺はミィを信用してるから受けたんだぜ?」
「……どういう事?」
――食いついたっ!
「ミィは珍しい……精霊なんだろ? 俺より何倍も長く生きてるし! 魔法も教えてくれて頼りになるからつい、こう、ミィが付いてるなら大丈夫だろう、とか……。」
ミィの口端が心なしか少し緩んでる気もする。
「……そうなの?」
「そう! そうなんだよ! ミィはすっごい頼りになるからさぁ!」
「……まぁ、まぁね。私ほど頼りになる存在もそれ程いないとは言えなくも無い程に確実性が不確かな論調の様な気もするけど……」
頼られる事への嬉しさと俺への心配の間で揺らいでいるのか、言葉がおかしくなっているミィ。この様子だと多分あと一押しだ。
「そんな頼りになるミィの弟子である俺が、たかが鳥一匹に苦戦したなんて噂立っても嫌じゃないか?」
「嫌。」
即答だ。これはもしかしなくても……?
「だからさ、ミィ直伝の魔法を教えてくれよ。」
「魔法を? でも……。」
少し結論を急ぎすぎたのかもしれないな。ミィはついさっき、精神なんとかっていうので倒れた俺の事をかなり心配していた。既にミィの中では虚弱児の様な扱いになっているかもしれない。しかし、ミィの中で魔法を使わせない方針になってしまったら俺はいつまで経っても家族を探しにいけないのだ。今回の事を機に、魔法の使用で命に危機が及んだという認識を可能な限り薄れさせなければならない。
「大きい魔法は使わないようにする。俺が教えて欲しいのは咳袋に水を顕現させる魔法だ。」
「……そんなの教えるまでもないよ。咳袋に水を溜めた感覚を思い出して、水をイメージしてマナに干渉するだけだし、もう出来てるでしょ。」
やっぱりそれだけなのか。それならこの世界に魔法の修行というものは存在しないのかも。魔法に必要なのは魔力の強化と発想力だけって事だもんな。
「決めた。魔力を上げる訓練をしよう。クロロは可使量が大きすぎるから危険だけど、可使総量を鍛えればどうにかなるかもしれない!」
「え~っと……可使総量が魔法を使う全体の魔力で、可使量が一回の魔法に使える最大の魔力……だっけ……? つまり、ある意味魔力切れは無いって事?」
「魔力切れ? 精神損傷の事? 可使総量近くまで魔法を使ったら、クロロみたいに具合が悪くなって倒れちゃうからすぐに死ぬ事はそんなにないんだよ。でも、酷い場合にはそのまま死んじゃう事もあるから甘く見ちゃ駄目なの!」
魔力切れは死ぬって……それがゲームなら滅多に無いレベルのマゾゲーになりそうだ。あぁ、つまりゲームで例えたら魔力って体力なのか?
「魔力を使い過ぎたら死ぬって、体力とどう違うんだ?」
「体力はマテリアル体の力でしょ。魔力はアストラル体の力なんだからベースが違うだけで仕組みは一緒だよ。」
アストラル体は魂的なもので、マテリアル体はこの場合肉体を指すのかな?
つまり、この世界は心身の健康に気を使わなきゃ死ぬって訳だ。
精神病の症状が如実に表れそうだな、この世界。
心が死ねば……アストラルが死ねば、身体が無傷でも死ぬ。
そう考えたら、俺の精神は少なくとも死ぬ程のダメージは受けていないという事だ。
複雑な心境になる事実だな。
「それで、その可使総量を鍛えるには、どうすればいいんだよ。」
魔力が体力、つまり筋力の様な物なら、精神のランニングや筋トレ的な事しなければならないという事だ。
しかし、精神を鍛えるなんてマトモな方法が浮かばない。
「普通は精神を鍛えると、ある程度可使量と比例して増えてくものなんだけどね。そうじゃないクロロは常に魔力を使い続けるのが一番確実だと思う。」
「精神を鍛える……常に……。」
継続的に魔力を使い続け、常に精神に負荷を与え続ければ可使総量とやらも増えるかもしれないって事か。
「そう。常にね。常に弱い身体強化魔法を続けて欲しいの。よ・わ・い・の! だよ?」
俺が身体強化でぶっ倒れてしまったのはまだ尾ひれを引いているようだ。
「わかってるって。これからずっとだな?」
「うん。狩りの時も、食事の時も忘れずずっとね。」
「了解。やってみるよ。」
「それと、今回の狩りは私も手伝うから妖精族には外に出ないよう言っておいてね。」
「……? わかった。」
俺が鳥を狩るって言ったはずだから、手伝う事も少ないと思うがどうする気なのだろう。なんて考えていると、ミィの頭が首から分かれて水の球体になる。身体は形を崩し、狩場の水の中へ帰っていく。
「……ミィ?」
不思議な行動に思わず問いかけてしまう。それに答えるように水の球体は形を変えて、瞬く間に羽の生えた小人となる。妖精族の姿だ。
「ベス程度なら騙せるでしょ!」
「これなら、多分……間違いなく……。」
呆れてしまう程の万能さである。ミィなら強靭な爪も嘴も関係ないだろう。無敵の精霊様だな。
「やっぱりミィは頼りになるな。」
恐らく魔法で飛んでいるのだろう。羽が生えただけで小さくなってもそこまで変わらない少女は先程とは異なり、自慢げに薄い胸を張った。
*****
夕方頃、俺は妖精族に囲まれた場所へ着く。しかし、本当にここであっているのだろうか? 妖精族は1人も見当たらないし、それらしい音もしない。俺は言われた通り、大声で呼び出す事にした。
「マレフィムー! クロロだー! ベスを倒しに来たぞー!」
俺の声が森に溶けていく。微かに耳に響くは葉擦れの音と小鳥の声のみ。やはり場所を間違えたかもしれない。という疑惑が頭を満たした頃に聞き覚えのある声がした。
「お待たせ致しました。クロロさん。」
「良かった。ここであってたんだな。」
「クロロさんは恐らく白銀竜のお子さんですよね? 最近この森を出歩き始めたなら迷うのも道理でしょう。」
「流石にわかるか。森の中でも噂になってるのか?」
「そこまではわかりかねますね。ここはとても閉鎖的な部族ですので、クロロさんと交友を持ったのも偶然です。他の部族を知っていても、交友はもっていません。」
そりゃまた引きこもりな部族だな。鎖国ならぬ、鎖族みたいなものか?
「閉鎖的なのに初対面の俺に依頼をしたのか?」
「私はここで異端なんですよ。村で唯一フマナ語を習得していますし、ベスを災害の様に扱う他の者と違い、私だけが外の者の手を借りてベスを駆除しようとしています。」
「ふ~ん。」
つまりこの依頼はマレフィムの独断って事か。好奇心で聞いた迄だけど意外な事実だなぁ。
「(なんかこのマレフィムって人、胡散臭くない……?)」
耳元でミィが酷い評価を下す。変わり者らしいが、その変わろうとする努力は否定しちゃ良くないだろう。
「それで、何か手伝う事はございますか?」
「うん。そんな難しいことじゃないけど守って欲しいお願いがあるんだ。」
「ほう。お願いですか。」
「あぁ、俺等はこれからベスを狩る。でも、妖精族は1人も家の外に出ず覗きもしないで欲しい。」
覗かないで欲しいというのは少し不信感を煽る様な願いだが、妖精族に何か危害の出る願いでもない。
「問題はありませんが、それではベスが来ないと思いますよ?」
「大丈夫。こっちには作戦がある。」
「差し支えなければその作戦とやらをお聞きしても?」
「妖精族の案山子を作るんだよ。」
その言葉に合点がいったようだ。しかし、何やら思案顔だ。
「ふむ。しかし、その作戦は恐らく上手くいかないでしょう。かのベスは生餌のみを好みます。動きのしない妖精族を狙おうとするかどうか……。」
「そこは工夫するだけだよ。まぁ、明日の結果だけ楽しみにしててくれ。ただ、これは大変に難しい工夫なんだ。だから、集中する為にも覗くのはやめてくれ。」
「……いいでしょう。では、その様に村の皆には伝えておきます。」
まだ完全に信じきれていないようだが、一応協力してくれるようだ。空を見 上げればもう日も完全に沈みきりそうな頃合いだ。
「悪いけど徹底したいんだ。今から全員隠れてもらって全員隠れたら伝えに来てくれ。」
「……それほどにですか?わかりました。では少々お待ちください。」
マレフィムそう言って村のあるという方向へ飛んでいった。俺はマレフィムが見えなくなったのを確認すると、咳袋に意識を集中する。
そこにイメージするは水。生物が生きる為には必ず水が必要、という常識はこの世界でも変わらない。この世界ではありふれた物の魔法程、顕現への難易度が下がる訳だから、水は一番難易度が低い魔法といっても過言ではないかもしれない。水と違って、雷と火は現象であり、風や土は複合物。とまぁ、俺が高校まで勉強してるから知っている知識だが、この世界はどれ程そこ等の理解が進んでいるのかわからない。知識が魔法の威力に直結するなら俺だってやる気を持って勉強したんだけどな。
そんな事を考えつつ、恐る恐る咳袋を水で満たしていく。何をすればまた前みたいに倒れるのかわかったもんじゃない。だが、咳袋の満タンまで水が溜まった感じがする。だとしてもこれが果たして水かどうかはわからない。マレフィムが戻って行った方向とは逆の方向の大樹の枝に力を込めて水を噴射する。
『ズピャッ!』
勢いがかなり上がっている。もしかしたら大樹すら切断できるかも。しかし、一瞬で咳袋の中の水を使い切ってしまった。それもそのはず。俺は今ミィに言われて全身の強化魔法を使い続けているのだ。おかげで咳袋を収縮する筋肉も強化され噴射する水の威力が上がっていたのだ。
「凄い威力。下手な魔法より強いよ。流石白銀竜の子だね。」
「ミィが魔法を教えてくれたおかげだよ。」
「照れるなぁ! もぉ!」
いつも通り背中にへばりつくミィは褒め返しに喜んでいる。先程の不機嫌さはどこへやら。今は協力する気満々だ。
「任せて! クロロは私が守るんだから!」
「頼りにしてるよ。」
と、ご機嫌を取る為におだてておくが、ベスは可能な限り俺が仕留めるつもりだ。今吐いた水が本当に水なのかはわからないが、弾としては使えた。威力を見ても鳥なんて容易に殺せる威力なので問題はなさそうだ。大丈夫。体調に気をつければもうぶっ倒れなんてしない。
俺はミィから受けた簡単な魔法についての講義を思い出す事にする。
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