第14頁目 妖精って女の子しかいないイメージあるよね?

 重い倦怠感の中、俺は目を覚ました。目に映る空は少し黒ずんでいる。とにかく周りを見渡す為に頭を上げようとすると、鋭い頭痛が響いた。


「うぅっ……。」

「クロロ!?起きたの!?良かったぁ!」

「ミィ……?」


 ミィはまるで、訓練の時の様に俺の身体を包み込んでいた。そういえば、全身にミィの魔力が干渉してきている感覚がある。


「何が……あったんだ?」

「精神損傷だよ!『可使総量』を使い切りそうになって死にかけたんだよ!?すっごく心配したんだから……!!」


 凄い剣幕だ。まだ頭がボンヤリしているせいか、死にかけていたと言われてもピンとこない。


「死にかけた……?」

「普通は『可使量』のせいで制限が掛かるから、連続で魔法を使わない限りそんな事起きないはずなのに……私、初めて出来た友達をもう失くす所だった……。」 


 色々専門用語が出てくるから事態の重さがよくわからない。ただ、水の精霊であるミィの顔に涙は確認できないものの、その声は確実に涙で濡れていた。


「なんか……ごめん……。」


 今の俺に出来る精一杯の事だった。


「ううん。たかが身体強化だからって甘く見てた私が悪いの。でも、可使総量に近い可使量なんて完全に異常体質だよ……危なすぎる。」

「……そうなのか?」

「当たり前だよ! 一回で歯や顎の筋肉が全部弾け飛ぶ程の力で噛めるのと一緒だよ!」


 ドラゴンという事で顎を例えに出したのだろうが、中々に怖い例えだ。しかし、言いたい事はわかった。俺には魔法に関してのリミッターが1つ欠けているという事。夢があるように言えば、命を消費して最大威力の魔法が使えるという訳だ。


「こんなんじゃ怖くて魔法教えられないよ……。」


 そう言って落ち込むミィ。俺だって死にたくないのは確かだ。魔法は使えるようになりたいがうっかり死ぬのもゴメンである。


「なぁ、ミィ……腹、減ったよ。」


 とにかく話題を変えよう。それに腹が減ってるのも事実だ。


「そ、そうだよね。3日も寝込んでたんだもんね……。」

「……みっ、3日!?」

「そうだよ! 私、頑張って魔力使ってもあんまり回復しなくて……私……。」


 言葉を続ける程どんどん涙声になってくミィ。


「い、今はなんともないから!ほら!」


 嘘だ。だが、それでも気分まで落ち込みたくはない。俺は出来る限り機敏に2本足で立ち上がると、前足をブンブン大きく振る。


「俺はミィと違って腹が空いてちゃ駄目なんだ。だから、なんか食べたいよ。」

「……そうだよね……わかった。じゃあ何か狩ろうか。」


 実は、魔法を教えて貰ってから俺は動物が狩れるようになっていた。その動物が狩れるようになった方法とは――。


*****


 ズピャッと高い音がすると、鹿のような生き物の胴体が真ん中から綺麗に別れる。何をされたか理解できていない鹿モドキは、出来もしない2足歩行を試みるが如く足をばたつかせて藻掻く。その惨劇を目撃した周りの仲間は、朱に染まった1頭を置いて一目散に逃げていった。


 俺は残された獲物にゆっくり近づいていく。臓物をぶちまけながら足掻き、虚空を見つめるその鹿モドキを見ても、俺は食欲が高まるばかりだ。前世の俺は鹿が真っ二つになる光景を見ても、『可愛そう』どころか『リアルなCGだな』って思うほど死を遠くにあるものだと考えていたはずだ。自分で命を刈り取る側になれば価値観も変わるものである。


 因みに、この鹿モドキを狩った方法だが、見ての通りただの水噴射である。つまり、魔法は関係無かった。いや、魔法を使えばこの水の威力も上げられるのだが、上げなくてもこの通り十分な威力だ。


「もうちょっと頭を貫通とか出来ないの?」

「無茶言うなって。そんな簡単に命中させられねえよ。」

「そっかぁ。練習しないとね。」


 この水ブレスは覚えたてだから、命中率はそんな高く無い。なので、狙い安い胴を狙っているのだが、胴のど真ん中に当てられた事を考えると練習すればヘッドショットもできそうだ。


「それより、いいのか? 水使っちまって。」

「しょうがないよ。クロロが生きる為だし。それにどうしても必要なら樹から貰うから。」

「なるほど。」


 確かに樹にはかなりの量の水が蓄えられているはずだ。それに、ここの樹はとてつもなく大きい。もしかしなくても、一本の樹からミィのいつもの身体数体分の水量が手に入ると思う。


 ミィは何も食べなくてもいいと言っていたが、本当ならとてもファンタジーな存在だ。しかし、この肉が美味いという感覚を知ることが出来ないのは勿体無いな。そんな事を思いつつ鹿を見下ろす。もう軽く痙攣しかできない程度の命だ。さっさと旅立たせてやろう。


「うまそー!」


 俺は力いっぱい首に噛み付いた。角だろうが毛だろうが骨だろうが関係無い。俺の顎と空腹はそれがどうしたとでも言いたげに鹿モドキを腹にしまっていく。ただ、糞だけは苦手だ。なので、水が無い今は胃や腸辺りの臓物を避ける。臭かったり不味いのは味がしないよりよっぽど害悪だ。そんなこんなであっという間に食を進め、真っ赤に染まった土の上、無造作に置かれた臓物の傍ら残りである尻尾の部分を齧っていた時だった。

 黙っていたミィが声をあげた。


「クロロ、何かが近づいてきてる。」

「んえ?」


 そんな間抜けな声で反応する俺を見下ろすように、樹の影から沢山の空飛ぶ小人が現れた。背中には透き通る羽が4枚生えている。


「(――妖精族だ!)」


 ミィは知っている部族らしい。


『***** ******** *******!?』


 一番前に出てきた一族の代表みたいなのが何やら強い語気でこちらへ語りかけてきている。まるでこちらを責め立てるような感じだ。

 

「なんて言ってるんだ……?」

「(う~ん……彼等は『外族』みたいだね。独自言語だろうからわからないや。)」


 ゲゾク? なんにせよミィもお手上げの様だ。俺等の困惑する態度を見て何かを察したのか、奥からまた違う男の妖精族が前に出てきた。その男は他の妖精族と比べて制服の様な、気品のある少し違う趣の服を着ていた。髪は少し緑気のある金髪で、端整な顔立ちをしている若者だが、その物腰はとても大人びている。


「失礼致しました。黒い竜が我らの村を襲撃したものですから何事かと調査に伺った次第です。」

「襲撃!? 待ってくれ! そんな事した覚えが無いぞ?」


 見に覚えのない罪に、俺はすかさず身の潔白を訴えた。


「その口ぶりからして故意で行った訳では無いようですね。ですが、村を損壊したあの魔法は、運が悪ければ死人が出ていました。」


 死人が出るかもしれない程の損壊? 本当に身に覚えがないぞ。


「その魔法ってどんな魔法なんだ? 俺は身体強化の魔法しか使えないぞ?」

「そんな訳がありません。つい先程村は水の刃で切り込まれ一部を放棄せざる得なくなったのですから。そして、その魔法が飛んできたのはこの方向で、使えそうな存在は貴方だけなのです。それがまさか災竜とは思いもしませんでしたが……。」


 あっ……。鹿モドキを切断する為にピーっと縦に噴射したあの水……。思えば、周りに人がいる可能性とか全く考慮してなかったな。


「あー……すまん。やっぱりその水は確かに俺だ。魔法じゃないけど。」

「魔法じゃない? ですが、罪を認めるのですね?」

「あぁ、悪気は本当に無かったんだ。まさかこんな所に村があるなんて……。」


 しかし、危害を加えたのも確かだ。反応によっちゃ全力で逃げる事も考えなくてはならない。

 

「私達は天敵や奴隷商人から身を隠す為に村全体を擬態しています。ですので、知らなかったのは仕方のない事でしょう。私達は貴方が敵がどうか確認したかっただけなのです。『ベス』や『魔物』の類でしたら何かしら対処をしなければなりませんので。」


 この人すっごい紳士だ。にしてもベス? マモノ? 何かよくわからないけどそれだったら俺は殺されるかもしれないって事か?


「えーと、俺はそのベスやマモノなのか?」

「はい……?」


 キョトンとする妖精紳士。


「あっはっはっは! これは中々な皮肉をおっしゃりますね。えぇ、恐らく貴方はベスや魔物ではないでしょうね。」


 何かトンチンカンな事を言ってしまったようだ。周りに控えている妖精族は言葉が通じないせいか揃って真顔なのが怖いが、少なくとも眼の前の妖精紳士からは敵意を感じられない。


「にしてもこれ程教養のある者が災竜とは世の中わからぬものですな。」

「そ、そういうもんなのか?」

「えぇ、とにかくこちらより奥の樹は私達の村となります。どうか誤って危害を加えること無いようお願い致します。」


 そう言って妖精紳士は自分達が来た方向を手で示す。


「樹?」

「(妖精族は樹の中に穴を開けて家にするんだよ。)」


 耳元でミィが解説をしてくれた。


「ミィ。そう言えんぐ……。」


 ミィが薄く細い紐の様にした触手で口輪の如く口を締め付けた。直後、耳元でまた小さく声がする。


「(言ったでしょ。人に見つかると厄介なの。)」


 それだけ言って口輪をすぐに外すと、するりとまた俺の身体の何処かにへばりついた。さっきからミィが出てこないのはそういう事だったのか。


「にしても、先程の様な威力の竜の息吹を使えるのであれば、私達へのお詫びとして是非1つ頼まれてはくれないでしょうか。」

「頼まれ……? 何を?」

「ここの所、私達の天敵であるベスが狩場としてここを徘徊しているので、とても困っているのです。」


 さっきも出たベスというワードだが、何を指すのかがわからない。なんか動物っぽいニュアンスなんだよな。


「(ベスは野生動物だよ。さっきクロロが食べたのもベスの一種。)」


 ミィがまた耳元で小さく解説してくれる。野生動物であっていたんだな。


「家を壊してしまったのは悪いと思ってるんだ。役に立てるなら是非にも受けたいところだが、そのベスは俺でも倒せるのか?」

「私達でも魔法を使えば撃退程度は出来るのですが、そのベスはとても素早く、対抗手段が隠れる事しか無いのです。」


 あの水噴射ならレーザーみたいなモノだし、速さ関係なく当てられれば決定打みたいなものか。


「うーん……まぁやるだけやってみるよ。」

「(ちょっと!)」

「ありがとうございます。」


 ミィからの抗議だ。勿論俺にしか聞こえない声でだが。


「そんな気軽に受けてどうするの? どんなベスかも聞いてないし!」

「あ、そっか。ちなみにそのベスはどんなベスなんだ?」


 我ながら無計画だ。しかし、完全な無計画ではない。俺を災竜と知ってそこまで狼狽えないこの部族なら、恩を売れば多少の協力を得られると思ったのだ。今は可能な限り多くの情報源が必要だ。そこで相手が都合よく困っているのであれば、達成する事により細やかな上下関係が生まれる。あれ、これってある意味計画的なのでは?


「そのベスは夜に現れ、大きな目で暗闇でも容易く私達を見つけ、大きな翼で音もなく飛んで近づき、力強い鉤爪で私達の骨を一掴みで粉々にして、大きな嘴で私達の身体を一飲みで食べてしまう化け物です。」

「……お、おう。」


 驚異しか伝わってこないけど、聞いた感じ鳥の類っぽいな。水噴射は鹿モドキですら両断出来るんだ。鳥なんか当たれば一発だろ。


「なぁ、そのベスを倒したら今後仲良く出来ないか? 見ての通り世間に疎いんだよ。情報が欲しい。」

「(わからない事があるなら私が教えるってば!)」

「構いませんよ。ですが、私達も世間では『外族』と呼ばれる部族なので、そこまで国の内部事情等には詳しくありませんよ。」


 ミィは抗議を続けるが、後で説得しよう。にしても外族か……なんなんだろうな。


「しかし、災竜でしたら私達以上に苦労するでしょう。貴方は『ホワルドフ通貨』でどれだけの値が付くのか見当も付きません。と言えど、面倒事は避けたいので、どうこうするという気もないですがね。」

「(本当に出会ったのが外族の妖精族で良かったよ……災竜は素材として高く扱われる物だからね。もし国属の妖精族だったら大暴れしなきゃならない所だった。)」


 ミィが物騒な事を言ってるが……。素材って……それはつまり生死は問わないという事だよな? 希少価値が高いという事なのだろうけど、せめて生きたまま売買して欲しい。


「助かるよ。それじゃあ準備したりする時間も必要だけどなるべく早くそのベスを仕留めるよ。」

「宜しくお願いします。因みにですが、この村に『フマナ語』を話せるのは私しかいません。何かご入用の場合は私を呼んで頂ければ対応致します。」


 そうなのか。フマナ語って多分俺が喋ってるこの言葉だよな? なら、せっかく増えたと思った会話相手は妖精紳士だけか。ちょっと残念だが、仕方ない。


「俺はクロロ。よろしくな。」

「これは失礼を、私はマレフィムという者です。以後、宜しくお願いします。」

「あぁ。んじゃ、また来るよ。」


 よし!気合入れるぞ!やる事はまずミィの説得からだな。そして、そのベスを狩る為の作戦を考えよう。依頼されての狩りは初めてだ!

 

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