第13頁目 スポ根って魔法に必要ですか?

「はっしれええええぇぇぇぇぇぇ!」


 森の中を全力疾走する俺の背にへばりついている液体が叫ぶ。大樹の盛り上がった根や、蔦、低木等々飛行機が着陸できそうな平面は何処にも無い。なので、走っているというよりは跳ねて移動している感じに近い。


「もっともっともっとおおおぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 段々と息が切れていく俺。


「ほらほらほらぁー! 息切れてんのぉー? なんで切れてんのぉー?」


 疲れもあるせいか、多少イラつく口調に聞こえる。


「えっなんでぇー? なんで切れてんのぉー? 魔法使ってるんでしょぉー?」


 はっらったっつっがっ! 我慢! ミィは俺の為に魔法を――。


「魔法は? 魔法は何処いっちゃったの? えっなんでぇ? 魔法はぁ?」

「うるせええええええええええええ!!!」

「ひゃっ!」


 俺が急に叫びながら急停止するので、ミィも驚いたみたいだ。


「な、なんなのさ!」


 背中で憤るミィだが、こっちにだって言いたい事がある。


「言い方が! 言い方があるだろ!! もっと! こう……な!?」


 頑張っているのに背中から終始煽られると流石に我慢ならない。


「えぇー……でも段々魔法使えるようになってるよ?」


 結果が出てるからやり方は間違ってないと言いたげだ。


「何事も改善は出来るだろ? 走る以外のも考えようぜ。」

「えぇー……クロロの背中に乗ってるの楽しいのにぃ。」


 この隠そうともしない本音に、こちらも呆れを隠せない。


「目的は俺が魔法を使えるようになる事だろ?」

「うん。でも、もう身体の強化魔法は出来てるよ?」

「じゃ、じゃあ他のを教えてくれ。そうそう! 火を噴くとか!」


 俺は、水の精霊かもしれないミィから魔法の使い方を学んでいた。


「魔法はイメージだよ。」


 前世じゃ映画や漫画でよく聞いた設定を放棄したかのような言葉だ。


「クロロは秘蔵っ子だからね。イメージできる物なんてないんじゃないの? そもそも火がどういうものか知ってるの?」


 秘蔵っ子だなんて皮肉な事を言うもんだ。そして、俺はミィに転生した事を話してなかった。俺の前世と関わりがありそうなミィに話したら、何かわかるかもしれない。ただ、未だに俺はこの不幸続きな生活を夢だと思っていたかったのだ。現実だという確信は、心の安寧の為には不要な物でしかなかった。 

 

「母さんが偶に話してたんだよ。明るくて熱いぼやっとしたものだろ?」

「そう言えば色々話してたね。でもね、それじゃ足りないんだよ。イメージはもっと明確じゃないとね。だからクロロが吐けるのは水と風くらいだよ。あぁ、土や泥も出来るかもね。」


 つまり、俺が何も知らないと思ってるからまだ肉体強化しか教えてくれない訳だ。


「最初に教えたけど、魔法には理解が必要なんだよ。水を知っていると口で言えても、それが本当かは魔法を使わないとわからない。」

「たしか、魔法で作れるものはあくまで偽者で、如何に本物として認識して使うかで顕現するものが変わるんだっけ。」

「そう。だからクロロが水を知っていて、魔法で顕現させても、それを飲んで喉が潤わないどころか、触れもしなければそれはクロロが水を知らないって事。」


 水を知っているとか知らないとか曖昧なものだが、この世界ではそれがルールなのだ。それに、結果は曖昧なものではなくしっかりと現れる。


「それじゃ、いつものやるよ。」

「おう。」


 いつものとは、魔法を使う感覚を覚える為の練習である。やり方は簡単。ミィが俺に魔法を掛けて身体を強化する。その魔法が掛かるという感覚を俺が覚えて、自分で魔法使う時の参考にするというものだ。しかし、他人の身体に魔法による干渉を行うというのは、掛けられた側のアストラルとかいう魂みたいな物にかなりの負荷を掛けるとの事らしい。なので、負荷のかからない同調という方法をとらなければならないのだが、それがまた難しい。ざっくり説明すると、俺の魂がミィの魔法を受け入れるという方法だ。しかし、その感覚まではどうやっても教えられないので、少しずつ手探りで覚えようとしていた。

 

 ミィが人の姿を崩し、俺の身体を頭以外包み込む。当然足さない限りミィの体積は変わらないので、ワラビ餅に食われるドラゴンと言うより、水でコーティングされたドラゴンになる。こうする理由としては、同調を行う際お互いのアストラル体と呼ばれる魂みたいなものを密着させた方が魔法の感覚を掴みやすいらしく、その上でアストラル体は身体の形を模るので全身包み込めるならそれが最も効率が良いという事だった。

 

 一見、このコーティングされた姿はファンタジーなのだが、何がつまらないって映画や漫画みたいに発光したり、魔方陣が浮き出たりはしないという事だ。感覚だけがボンヤリするので、背中に文字を書いてあてっこするゲームに近い。


「なんか思ってたのと違うんだよなぁ。もっと呪文とか魔方陣とかさぁ。」

「まだボヤいてるの? 魔方陣とか魔法覚えたてじゃ使わない方がいいの。それに呪文が必要な程魔法覚えてないでしょ! もう、まだまだ子供なんだから。」


 この世界は魔法という現象が存在し、そこに魔方陣、呪文、詠唱を後付けするものらしい。あくまで、イメージの為の補助として使うのだ。魔法は決して画一的なものではなく、人が使いやすいように使う。なので、魔法の規格化は殆ど行われていない。そして、魔方陣は魔法のショートカットとして自分で考えるのだが、一度覚えてしまえば中々その記憶を消したり上書きしたりが出来ない。故に、複雑な魔法を考えた時にそれを発動する魔方陣はこれだ!と簡単な魔方陣と結びつける。しかも、その魔方陣は書かなくてもいいらしい。頭で思い浮かべればいいとの事だ。

 それてつまり文字化じゃん……。なんてロマンの無い世界なんだ……。


「クロロ、最近私の事受け入れてくれるようになったね。嬉しい。」


 急にそんな嬉し恥ずかしな事を言われ、心がざわついてしまう。


「そ、そんな事言われても、抵抗してる感覚だってよくわかってないんだぞ?」

「わかってるよ。私はクロロが卵から生まれる前から知ってるけど、クロロは私の事知ったばかりだもんね。」


 ミィは無我夢中で生きていた俺よりも、俺の事を知っているのかもしれない。

 

「ミィは初めて会った日、すぐに水に戻ろうとしてたよな?」

「うん。その日まではあくまで私に関係の無い隣人だったから……。」


 寂しい言い様だが事実だよな。実際、ドラゴンがいようがいなかろうが関係なんて無かったはずだ。ましてや俺が死のうと、それはミィにとって数ある日常の一つに過ぎなかったと思う。


「なんで、こんなに良くしてくれるんだ?」

「それは、私を友達に誘ってくれたからだよ。記憶の中ではクロロが初めてなんだ。」

「そう……なのか。ちなみにミィって今何歳なんだ?」


 水に寿命とかってあるのだろうか。まず水が生きるってなんだ。まるでどっかのジュースメーカーのキャッチコピーみたいだ。この場合は意思の誕生って事だろう。


「わかんない。長生きしすぎてて数えてないや。しかも私、多分記憶喪失なんだよね。」

「記憶喪失?」


 水の記憶というのも不思議だが……。そんな違和感を水の精霊という存在を前に語るのは無粋というものだろう。


「もうどれくらい前か忘れたけど、ある日より前の記憶が無いの。」


 ん? それってその日に生まれたという事なんじゃないか?


「でも、基礎知識というか、色々知識を持ってて、それなのにそれまで何をしてたとか、なんでそこにいるのかとかが思い出せなかったの。」

「それは、辛いな。」

「う~ん……辛いと言えば辛いのかなぁ? でも何が辛いのかもわかんないからね。今の所苦労も無いし気楽なもんだよ。」


 ポジティブな考えだ。それは不幸という自覚を持てない不幸に思えたが、その状態を本当に不幸と呼べるか俺にはなんとも言えなかった。ただ、俺はこれ以上この話を続けない方がいい気がした。


「そういえば、なんで今まで友達が出来なかったんだ……?」


 自分から切り出しておいてなんだが、話の舵取りを間違えた気がする。前世なら間違いなく気まずくなる尋問に近い話題だった。


「私が普通じゃないからだよ。」

「普通じゃない?」

「この世界には色々な人種がいるけど、私みたいなのはそんなに表に出ないんだ。それに寿命も見た目も全然違うからどうしても神聖視されちゃうというか……。」

「あぁ……。」


 前世じゃ肌が白いとか黒いとか黄色いとかで色々あったって授業で習ったし、それどころじゃない人種の数ならそれこそどれだけの偏見があるのやら。


「隠れてるだけで結構いるんだけどね。政治や宗教で利用されすぎて皆人前に出てこなくなっちゃったんだよねぇ……なんて言っても子供のクロロにはわかんないか。」


 最近、ミィが俺を凄く子供扱いしてくる。生まれた時から俺を見てたり、今魔法指導などで世話をしているせいか親に近い視点で接してくるのだ。実際の年齢差からしたら親子どころじゃない年齢差かもしれないが、こちらとしては複雑である。

 

「じゃあ、そろそろ強めに強化するよ。警戒しないでね。一応ゆっくり上げてくから。」


 そう言い放つと身体全体、正確にはミィが触れている部分にじんわりと圧迫されていくような感覚が感じられるようになる。これは抵抗してしまっている証だ。


「クロロ、大丈夫だから。怖くないよ。受け入れて。」


 そんな呼び掛けだけでも手助けになる。俺はゆっくりと全身の強張りを解くような感覚で脱力するように心を落ち着かせた。すると全身が満たされていくような感覚になる。これが身体強化の感覚だ。身体を構成している部分の密度が濃くなっていく感じ。この感覚を掴まなければならない。


「いいよいいよ。そう、まるで私に溶けていくように……一体になるんだよ。」


 素面なら危ない台詞にも聞こえるが、今はただ身を任せて満たされる感覚に酔いしれる。


「うん。私相手の同調する感覚はもう大丈夫かな……身体強化の方はどう?」


 そう言いながらコーティングを止め、少女の姿となるミィ。彼女が離れても身体強化は続いている。


「そうだな。結構掴めてきた。一回強化魔法を解除してみてくれ。」

「わかった。」


 ミィは快諾して身体強化を解く。まるで身体が萎んでいくような感覚にみまわれるが、すぐに自分で身体強化を使う。どうせならもっとやってみようと、限界まで強化を引き上げる。


「あははっ! 漏れてる漏れてる!」


 そんなミィの笑い声が聞こえたので身体を見ると、身体全体からエメラルド色に発光するモヤが滲み出ていた。


「な、なんだこれ!?」

「それはね。魔法初心者がよくやっちゃうお漏らしだよ。」

「お漏らし?」

「うん。マナを綺麗にマテリアルやアストラルに変換しきれなかった余剰分がエーテルになって顕現しちゃってるんだ。」


 なるほど。必要量以上に魔力を注ぎ込むと所謂お漏らしってのになっちゃう訳だ。


「でも身体強化でお漏らしなんてまだまだイメージが足りないね。」


 必要量はわからない。しかし、言われたとおり身体強化に限界なんて無いはずだ。俺は今、限界までというイメージで身体を強化したが、それじゃいけないんだ。明確な、イメージ。俺が思い浮かべる最強という存在はどういうものだ?


 俺は前世で様々なヒーローを知っていた。

 例えば、容易く星をも壊す力を持ちながら地球を守っていたヒーロー。

 例えば、身体能力は高くなくとも特殊な能力で時間を操り運命を変えたヒーロー。

 例えば、何を投げ打ってでも一撃で何もかも滅する事が出来るヒーロー。


 そんなヒーローを頭に思い浮かべ、魔法を使おうとした瞬間。


 ――世界が暗転した。

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