第12頁目 愛情って遠回りなの?

「ところで、クロロは何で私の身体で遊んでたの?」


 言葉を選んで欲しいが、半分くらいは遊びだったから否定しきれない。


「その、水を勢い良く飛ばせるって気付いて……。」

「竜人種は”咳袋”があるんだからそれくらいできるでしょ。」


 セキブクロ……? そうだ。そういえば彼女はここ数年とかなんとか他にも興味深い事を言っていた。


「ミィってもしかして何年も前から俺を知ってたの?」


 ストレートに質問をぶつける。


「そうだね。白銀竜よりも昔からここに居たし。」

「そんなに?」


 白銀竜がどれほど昔に巣作りをしたのかわからないが、生まれた時点での底の骨の量と壁面の苔の生え具合からしてかなりの年月が経っているはずだ。


「そっ。私はただの池に住んでたんだけど、巣を作る時に閉じ込められちゃったの。」

「外に出ようとは思わなかったの?」

「何の為? 私は生きる為に食料なんて必要ないもん。それに、人に見つかったら大騒ぎになるじゃない……あれ?」


 そんな事情を話しながら不思議そうにこちらの顔を覗き込むミィ。


「ん?」

「そういえば君、私を見てもそんなに驚かなかったね。」

「えぇっ! 驚いたよ! だって水が喋ってるんだよ!?」


 驚いたに決まっている。何せ水が喋って動いているのだ。今だって触って見たい好奇心と戦っている。


「違うよ! 驚き方が違うの。他の人ならもっとこう……神様ァ! とか、魔物だァ! なんて言って跳んで逃げてくの。」

「そ、そうなのか……?」


 確かに光を通す透明な少女の姿は、神秘的な不気味さがある。俺も前世で会ってたならミィの言うような反応をしてたかもしれない。


「ま、君まだ子どもだしね。私が怖くないのも頷けるかも。」


 そう言ってドヤ顔する姿は、神聖さや邪悪さどころか微笑ましさを感じさせる。


「それにしても、ずっと見てたなら話し掛けてくれれば良かったのに……。」

「話し掛ける理由が無いじゃない。君に興味を持ったのも、あんな所にいたのに久々に私の身体を求めた人が居たからだよ。」


 だから言い方よ。


「最初は言い伝え通りすぐ死んじゃうと思ってたのに、しぶとく生きて汚れた私を見つけて綺麗にした上に魚まで獲り始めるんだもん。驚いたよ。」

「でも、生まれたからには死にたく無いし……。」

「そう思ってもできるのが凄いんだよ。」


 そう褒められて悪い気はしない。


「身体が汚れてるのは別に構わないんだけど、心情と臭い的な意味では綺麗にしてくれてとても助かったの。ありがとう。」

「う、うん。」

「今回、私が話し掛けたのも、君なら言って聞く相手と思ったからだよ。」

「あぁ。」


 なるほど。日ごろの行いはお天道様じゃなく、ミィが見てくれていたんだな。


「溺れそうになってた時は助けようと思ったけど、君、案外力あるんだね。」

「それでも見てたなら助けて欲しかったよ……。」


 希望も無く未来が見る見る間に遠ざかってたあの時は絶望の一歩手前だった。岩がもし外に繋がっていなかったら、今頃俺もミィの中の”汚れ”になっていた。


「助けたよ。最後の最後に。」

「え?………………もしかして岩を避けられたのって。」

「私が持ち上げたからだよ。」


 唖然とする。なんとも自然に言ってくれるものだ。先程初めて会った気になっていた少女に、いつの間にか命を救われていたのである。


「あ、ありがとう!」


 偽り無い感謝を述べる。事実、あの時は死が頭を過ぎったのだ。あの助けが無ければ、今こうして話す事も出来なかっただろう。


「ま、まぁ、私の身体を綺麗にしてくれたお礼だからこれでおあいこね。腐臭が減ったのは凄く助かったんだよ。」

「本当にありがとう。友だちになれて嬉しいよ。でも……結局の所、ミィはなんなの?」

「だからそれは――。」

「いやいやいや、エンなんとかじゃくてさ。種類というか、種族というか……。」


 合点がいったように此方を見るミィ。


「わかんない。」


 答えはシンプルだった。


「あえて言うなら水だね。」


 その真面目且つシュールな返答にこちらも沿った内容で返答する。


「お、おう。」


 少しの沈黙。理由はわからないが何処か気まずい空気である。


「そうだなぁ……。昔はよく、精霊様って呼ばれてたの。だから、精霊なんじゃないかな。」


 精霊。それは、目の前の彼女を表現するにはどうにも納得してしまう表現だった。恐らく彼女はそんな神秘的な存在ではなく、もっと人為的な存在な気がしてならないが、その得体のわからなさや、そこ等の人となんら変わり無い人格が不自然に混ざり合った存在。つまり、結果として人の考えだした『神秘』である精霊という存在が当てはまるように感じたのだ。


「じゃあ水の精霊なんだな!」

「うん。だから、私の水を無駄にしないで!」


 無駄にしてたつもりはないんだ。生き抜く為の努力だ。


「そういえば、さっき竜じん? にはセキブクロ? があるからとかなんとか言ってたけど……どういう事?」

「『竜人種の咳袋』ね。君、親から捨てられたから知識が中途半端なんだね。」

「ぐっ……。」


 言いにくい事をズバッと言ってくるな。


「竜人種の殆どは咳袋っていうのを持ってるんだよ。筋肉で出来た袋の様な器官で、色々溜め込んで思いっきり吐けるの。狩りをする時に使うための器官だね。」

「狩りに? でも、強い息が出るだけだぞ?」

「息以外にも色々飛ばせるんだよ。火とか水とか泥とか。」


 水はともかく、火や泥を溜めるのか? 口には含みたくないな。

 泥を口に含んだ時の味を想像して、思わず顔に皺を寄せる。それを不思議そうに見たミィがため息を吐く。


「まさか泥を吸い込みたくないなんて考えてる? そんな事しないよ。」

「……え?」


 安堵はしたが、それならどうやって泥を吐き出すのかわからない。吐けるからと言って吐く気になるかはわからないが。


「咳袋は言わば発射装置だね。『魔法』で咳袋に発射したいものを溜め込んで噴出すの。」

「魔法?」

「ぇーと……不思議な力で不思議な現象を起こせる奇跡のぉ……方法?」

「魔法……魔法!?」


 『魔法』ってつまり魔法か? もし魔法ならと、いきなりのファンタジー要素にテンションが上がる。ミィはどうやら魔法の使い方がわかっているようだ。この調子なら学んで魔法を使う事も出来るかもしれない。


「そう。つまり『加護』が無いと火を噴いたりとかは出来ないね。」

「加護?」


 またわからないファンタジー感あるワードが出てきた。


「君みたいな大型の種族は、ある程度成長する前に加護を授からないと魔法を使えないから死んじゃうんだけど、君は何故か身体が小さいままだったからギリギリなんとかなったみたいだね。」

「…………ぇ? ギリギリって……?」


 さらっと恐ろしい真実が告げられる。しかも、なんとかなったという事はもう死ぬかもしれない問題は解決したという事だろうか。


「うん。後どれくらいかはわからないけど、君が他の姉妹と同じくらいの大きさになる前には死んでたはずだよ。少なくとも同じ成長の仕方をしてたら死んでたと思う。」


 ひやりと心の底が冷える。つまり、既に自分は死線を越えていたという事だ。だが、このまま身体が大きくなっていったら死ぬかもしれないという問題は解決していない。


「君の母親は結局君に加護を授けなかったけど、まさか魔石を渡すなんて思い切った事したよね。」


 第三のファンタジーワードか。もう矢継ぎ早に知らないワードが出てきてついていけない。まるでヲタクから口早に興味の無い事を説明されているみたいだ。それが顔に出ていたのか、ミィが困惑する俺を見てクスッと笑う。


「ふふっ。色々急に言われてもわからないよね。君はなんだかんだ母親に愛されていたって事だよ。」


 ――母親に?

 

「不思議そうな顔してるね。」

「俺は母親に諦められたんだ。見捨てられたんだよ。」

「それでも、君がしぶといもんだから諦めきれなくなったんだろうね。」


 俺は、生まれてからあの母親に何か施して貰った記憶が無い。寧ろ姉妹を遠ざけられていた。


「……『災竜』はね。竜人種にとっては避けるべき存在であり、殺すべき存在なの。」

「そのサイリュウっていうのは黒くなった竜の事?」

「そう。誇りと伝統を重んじる竜人種は、生まれた時からそれを放棄したとされる災竜を許さない。災いを本当に呼ぶかは知らないけど、生まれたら殺しちゃうのが仕来りって聞いた事ある。」

「……でも、俺は巣から落ちただけだ。」


 そう。俺は落ちたくて落ちた訳じゃない。それだけでこんな思いをしなくちゃいけないなんて――。


「違うよ。」

「えっ?」


 何に対しての否定なんだ。ただ理不尽をを受け入れろと言われたような気がして思わず語気が強くなる。


「俺は落ちたくて落ちた訳じゃ――。」

「そう。君は落とされたんだ。」


 ――は? 誰に? どいつが? 俺を?

 詳細などまだわからないのに、言いようの無い怒りが心を焦がし始める。


「野盗にね。」

「――なっ!? じゃ、じゃあ尚更俺は!」

「うん……悪くないよ。それもあってかな……殺そうとしなかったり、余分に餌を獲って来たり、魔石まで……。」

「そんな……そんなぁ……。」


 項垂れ、怒りと困惑が膨らんでいき、自然と涙が溢れて来る。

 母は俺を愛していた? そんな馬鹿な……。話そうとした事すらなかった……。


「お、俺を落とした夜盗は……何が目的で……。」

「奴隷とかじゃないかな……白銀竜の子供なんてかなり高く売れそうだし。白銀竜が予想より早く帰ってきたから焦って卵を落としちゃったみたいだけどね。逃げるのは鮮やかだったよ。」


 ――許せない。


 辛い思いをしたのも、幸せになれなかったのも、全部、全部そいつらのせいなのか。何故そんな奴等の稼ぎの為に、こんな思いをしなくてはならなかったのか。とにかく、とにかくそいつらを探し出して報いを受けさせてやる……!


 俺は強い決心をすると共に、ミィにゆっくりと背を向けて歩き出す。ミィもなんとなくその行動がどういう意味か感じ取ったのだろう。しかし――。


「死んでるよ。」


 その言葉に俺は足を止める。


「竜人種の寿命は長いから子供なんてそんなに作らないんだ。だから愛情が深い。そんな種族の子供に対して殺したも同然の事をしたんだよ? どうやって探し出したのか知らないけど、持ってこられた餌の中に見覚えのある顔が幾つかあった。」


 絶句。俺は自分の知らない間に理不尽に曝され、理不尽に解決させられていたのだ。最早、怒りが怒りのままであるかすらわからなくなっていた。


「最後に持ってこられた奴等は君が何故か埋葬してたね。あれには理由があったの?」


 ハッとする。俺が埋葬したおっさんは俺を災竜にした張本人だった?

 

「いや……特に……。」


 そう返すのが精一杯だった。


「……あのね。さっきも言ったけど。竜人種みたいな大型の種族は大きい身体を保ったまま生きる為に常に魔法で身体の補助をしていないといけないの。……でも君は加護を授かれなかったから、魔法が使えないまま死ぬはずだった。それなのに君の母親は魔石を君に渡して間接的に加護を授けたんだよ。」


 項垂れながら話を理解しようと大人しく聞く。


「つまり、今の君は魔法が使えるようになったから魔法さえ覚えれば死ななくなったって訳。」


 俺は、そこまでされておきながら自力で生き抜いていると勘違いしていた。


「俺は、魔法を使えるのか?」

「……うん。教えてあげるよ。友達になったんだから、まかせて。」


 同情か哀れみか、何だっていい。今はただ優しい声が心地良い。ミィが近くに寄り添い俺の長い首に手を添える。


「今まで見てきただけで何もしなかった私が、こんな事言えた義理じゃないかもしれないけど……。友だちになったからにはその分をこれから支えるよ。」

「……うん。」


 まだ心は落ち着いていないが、それでもここまで寄り添ってくれた相手はこの世界で始めての相手だった。


「俺、母さんに会いたい。」


 あのドラゴンは母だ。この世界において紛れも無い俺の母親だ。

 

「家族に、会いたい。」


 あの姉妹だってそうだ。実の姉妹なんだ。このままもう会えないのは嫌だ。 


「……わかった。」


 そうミィは応えて柔らかい声で続ける。


「なら、尚更しっかり魔法を覚えて、すっごいドラゴンになって会いに行こうよ!」

「お、おう!」


 弱くて小さい災竜じゃ駄目だ。竜の誇りに泥をつけないような竜になるんだ。その為にもこれからミィから教えをしっかり請わなければ。


「ミィ、これからよろしくな。」

「うん! まかせて!」


 この時より、一匹の竜はほんの僅かだが、竜の誇りを胸に抱く事となる。それは消える事の無い武器として、今後も支えとなる存在になった。

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