第10頁目 毒キノコらしい毒キノコってそうそう見ないよね?
大穴の外に出てから数日……。
探索は念の為、日が出ている内に行う。その結果、動物は沢山いたし、食べられそうな植物やキノコも沢山あった。しかし、今俺が食べているのは魚だ。慣れた味だし、美味しくもあるが……こんなはずではなかったんだ。
*****
この森の地面は腐葉土や苔が敷き詰められており、なんだかんだ足をとられやすい。その上、所狭しと地面を這っている蔦や木の根は、四足でも転ぶ理由としては申し分ない。だからこそ昼に探索をしたのだ。しかし、昼間にこの黒々とした鱗はよく目立つ。それ以前に、ドラゴンにどうやって素早く動けというのか。空を飛べるなら別問題だが、四足でドスン、ズルリと音を立てて近づけば逃げられるに決まっている。だから俺は少し近づいただけで何度か獲物に逃げられると、早々に諦めて食べられる植物を探す事にした。
チラホラと見かけるキノコは、色々種類があった。しかし、前世での記憶が警鐘を鳴らす。真っ先にキノコと結びつく言葉と言えば……毒だろ? 無論、毒キノコの見分け方なんて知っている訳が無い。だが、キノコは前世でも普通に食べていたのだ。そこでチョイスしたのが、とある2種だった。
シイタケっぽい茸と、エノキっぽい茸だ。シイタケっぽい茸はシイタケに似てるが、笠の裏側が黒かった。俺の記憶だとシイタケの笠裏は確か白かった気がするが、笠自体は普通に茶色だし無害そうだった。それよりエノキっぽい茸がまんまエノキだ。俺の記憶にあるままである。違いがわからない。つまりこれはエノキなんじゃないか?
と、いう訳で実食タイムだ。茸を生で食べるなんて、前世の俺からすれば正気じゃないなんて考えそうだが、今の環境では微塵も忌避感が無いという事にする。それより食材が増える可能性への希望でいっぱいだ。改めてエノキを手に持って見つめる。
「まぁ、うん。いけるだろ。」
そんな自己暗示と共に口へ放り込む。ジャクッジャクッと小気味良い音と共に茸が口の中でバラバラになっていく。その舌に響くは、激痛。
「ゴブフッ!!! ガッ! ア゛ッ! ヴフッ!!」
舌が焼ける様に熱い。激痛、に違いないのだろうが、この懐かしい感覚は――。
「ア゛ァ゛ッ! ハッ! 辛ッ゛!!」
余りの辛さに飲み込めず、がむしゃらにエノキモドキを全て吐き出し、水場へ走る。そして、無心で水を頬張る。こんな辛さは前世含め経験上初めてだ。唐辛子をそのまま食べた事は無いが、多分それと同等かそれ以上の辛さだった。なのに、それを口一杯に放り込んで租借したのだ。警戒心の薄さというのはこういった悲劇を生む。
ある程度口の中が落ち着くまで待って、一旦口直しに果実を採る事にした。動物を捜索しながら歩いている時に、黄色い果実っぽいものを何度か見た。一見、木から生っている様に見えたが、どうやら木に巻きついた蔦植物から生っているようだ。
ところで、穴から脱出する時にも思ったが、俺は割りと力が強い。足場さえしっかりしていれば水場で苦労させられたあの大岩だって割る事が出来るかもしれない。そんな俺があの果実を採る方法は、投石だ。
果実は太陽光の届く、比較的上の方に生っているのだ。しかし、この俺の力を持って石を当てられれば果実をカチ割れるだろう。例え、果実の外皮が多少硬くてもだ。
「さて。」
手頃な石を幾つか集めて、黄色い果実が群生している場所へ行く。
「そぉらっ!」
と、気合を込めて石を投げる。石は一直線に飛んでいき、ガッと木の幹に当たって樹皮を抉る。果実には当たらなかったが、中々の威力だ。当たれば想定通り割れてくれるだろう。
「ふん! ……せいっ! ……らぁっ!」
四球目にてようやく果実に当たった。が、パチーン! と破裂するように果実が割れる。どうやら想定より柔らかい果実だったようだ。ちょっと哀しい気分になってしまったが、目的は味見だ。もしあれが食べられる物だったら、次は何か丁寧に採る方法を考えようと思いつつ、果実の欠片を探す。
粉々になったわりには、案外すぐに欠片は見つかった。その理由は拾った時にわかる。この果実の果汁はまるでガムシロップと蜂蜜の中間の様な粘度だったからだ。しかし、甘い香りというよりは爽やかな花のような香りだ。とにかく食べない事には始まらないが、先程の苦い……というより辛い記憶が頭を過ぎる。念のため水場の近くで食べよう……。そう思い立ち、欠片を持って再度水場へ戻ったのだった。
今思えばこの世界に来て、甘みが主体の食べ物は口にしたことが無いのではなかろうか。つい、前世に食べたお菓子の味を思い出して喉が鳴ってしまう。これだけねっとりとした果汁が甘くない訳がない。楽しみだ。皮の内側には分厚い果肉があり、果汁でてらてらと太陽光を反射している。俺は期待に胸を膨らませつつ、ドラゴンの長い舌で内側の果汁をペロりと舐めて見た。甘みは思ったほど強くないが、しっかりとある。そして、爽やかな酸味が後を引く。マンゴーから甘さを少し引いて酸味を足した感じだろうか。つまりは……。
「うっま……う、うっまぁ!」
この世界に生まれて初めての甘味に感動し、これは間違いないと果肉に噛り付く。この果実はとても美味しい。美味しいが、食べ進めると舌の上の酸味が濁って絡み付いてくる。それでも甘い食べ物という魅力に二口目を頬張ろうとする。が、口を開けると大きな痺れが身体を駆け抜ける。
「あへゃっ……」
俺は間抜けに口を開けながら倒れこんだ。どこかに力を込めようものなら、そこには耐え難い痺れが襲い掛かる。長い間忘れていた長時間正座をした後のような、そんな足の痺れが足だけでなく、全身に来ているのだ。
こ、これは……ツラい!
痺れに悶絶して動こうと力を込めれば、またそこを痺れが襲う無限地獄。まるで拷問のような感覚に襲われ、動けないまま時間は過ぎていく。
後ろ足と尻尾をだらんと伸ばし、羽も中途半端に広げ、前足が宙に浮いているこの犬の降伏ポーズの様な体勢のドラゴンは、度々痙攣しつつ甲冑男に追われた時の事を考えていた。
『確かこちらの方向から声が聞こえた!』
『でも白銀竜の血族という確証は無いでしょ!やりすぎだよ!』
うっすらと聞こえたあの会話……あいつ等は白銀竜を警戒していた。字面から想像するに十中八九俺の母親の事だろう。警戒した方の判断は正しかった。実際、俺はその白銀竜とやらの血族だし。だからって襲う気とかは微塵も無かったけども……。
そして、あの旋風。あれはあいつ等が何かをしたという事だ。ドラゴンがいるんだ。なら、科学ではなく魔法の可能性もある。それに空から降ってきたのもよくわからない。甲冑を着て高所から落ちたら、更なる重量が掛かるんじゃないか? うーん……でも物理得意じゃないしな……。違うんだっけ……。いやいや、それより魔法だろ魔法。もしかしなくても魔法があるなら、ドラゴンも魔法使えるんでない? 杖とか呪文はいるのかな? ドラゴンだし炎とか吐きたいな! 炎が吐けたら狩りが楽になったりして……いや、ここで使ったら山火事になるか。でも湿気高そうだしなんとか……いや、万が一ボヤを起こそう物なら追っ手がくるかもしれない。まぁ……そんなに炎を吐く事に執着しなくても……。待て、炎を吐くってそもそも魔法なのか……?
その姿はさながら標本にされた昆虫、威厳が微塵も感じられない姿かもしれないが、今後の展望に悩むドラゴンである。
とにかく! 魔法があるかもしれない! これは生きる為に大きなモチベーションになるぞ!
「……ヒッ!」
と嬉しさの余り前足に少し力を入れてしまい、それにより起きるはずの痺れに恐怖の声を漏らすが……何も起きなかった。
「あれ?……もういける?」
日が段々と暮れていき、空が燃えてくる頃、やっと痺れが治まって来た。
とりあえず、まともに立ち上がれる事を確認して深い深いため息を吐く。目線の先は昼に取った果実だ。
痺れた原因は間違いなくコイツだろう。新世界の食材探し大作戦は動物、エノキモドキ、果実で三連敗だ。情けなさも度を過ぎると苦々しい笑いに変わる。
どいつもこいつも俺に食べられようって気概のある奴はいないのか? なんて理不尽な憤りすら生まれてくる。
いつもと変わらず今日も魚を食うしかないか……。ん? いつもと変わらず? いやいやいや、ここ外だし! 今まで姉妹や母ドラゴンを気にしてやらなかったけど、外なら焚き火が出来るんじゃないか!? そしたら焼き魚が食えるじゃないか! それに火を通したら多少痛んでてもいけるって”母さん”も良く……。
ふと思い出す前世の家族の記憶。もう最後に思い出したのは随分と前かもしれない。こうやって少しずつ”倉木宗吾”という人間は死んでいくのかもな……。などと暗い考えを、頭を振って追い出す。
いやいや! 焼けば多少の毒は消えるって事だろ!
※消えません。
それならあのシイタケモドキなんて普通に食えるんじゃないか!? 焼きシイタケなんて醤油があれば最高だけど……あぁあああ。思い出しただけで涎が出そうだ。暗くなりきる前にさっき採ったのを持ってくるか!
そう思い立ち、先程エノキモドキとシイタケモドキを幾つか集めた場所へ走っていく。だが、そこには想像もしていなかった光景が広がっていたのだった。
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