第9頁目 叩き起こされると夢の中身忘れない?

 脳を打ち鳴らす程の鼓動。意識の明滅。膨張していく身体の内側の何か。


 膨らみ、交わり、濁り、焦がす。今、手足が何をしているのか、頭が地面についているのか、どれ程時間が経っているのかもわからない。わからない。わからない。わからない。何が起きているんだ。なんでこうなった。


 飯が欲しい。

 女が欲しい。

 力が欲しい。

 財が欲しい。

 自由が欲しい。

 闘争が欲しい。


 欲望が渦巻く。今自分が得ている感覚は苦痛なのか快楽なのか。感覚の飽和状態に混濁していく意識。その中、心に差し込まれる明確なビジョン。


『母上!見ていてくだ――』


『私は貴方と――』


『アズライグ――』


『決して屈しは――』


 今、俺は。



*****



 沈黙からの覚醒。意味も無く飛び起き、周りを見渡しては四肢を確認する。顔も両手で隈なく触って確認した。何が起きたのかわからないので、益や害があったのかもわからない。ただ空を見た限り、今は早朝だ。一日以上昏睡する羽目に成る程の何かが、この身に起きた事は間違いない。


 そぉーっと水面を覗き込み反射で映りこむ顔を確認するが、何も変わりないように見える。なんだったんだ。

 

 途中、走馬灯の様に駆けていったシーンの数々。 母への愛、白き竜との戯れ、赤き竜への誓い、誰かへ向けられた敵意。それ等が何なのか気にはなるが、それ以上に母が俺にしたかった事。それはなんだ? 現状身体に起きた症状は、昏睡と誰かの記憶を見た事と謎の衝動の三つである。恐らくこの内のどれかが目的だったのだろうと思う。


 最も有力なのは誰かの記憶だが、あれだけでは何がなんだかわからなければ、再度見る事も今となっては不可能だ。それに身体が石を勝手に飲み込んだのも理解できない。ドラゴンの習性か何かなのだろうか。


「くぅ~~~~~~~~~~~。」


 混乱する頭を余所に、可愛らしく産声を上げる空腹感。そうだ。疑問があったからといって今、俺に何が出来る。この高い断崖絶壁を超える手段は無い。もうご馳走にありつけなくなったからって死のうとも思わない。今後は野草等の栽培を検討しつつ、ここに魚と野菜の食料を安定して得られる環境を作ろう。


「気を取り直して、マイホーム作りの再開だ。」


 と、人間の仕草で軽く頬を叩けば、ガシャン! と金属音が鳴る。音の発生源は自身の頬ではない。大樹の上だ。つまりドラゴンの巣だった場所に、何か金属的な物が降って来たのだ。俺は音の主を探る為に大樹を見上げていると、また何か降ってきた。


 ――人間だ。


「えっ??? 人!? お、おーい!!」


 人に出会えたという事に興奮して、思わず考えなしに声を掛ける。


「何!? 鳴き声!? 畜生!! 伏せろ!!!」

「ぅわっ!」


 巨大なドラゴンの巣の隙間から見えた人間は、すぐに伏せてしまい見えなくなってしまった。声を聞く限り最初のと後続で、居るのは二人くらいか。

 

「おい! 何かいる! 来るな!」


 崖の上にはまだ他にも人がいるのだろう。先発組は何かを警戒して後続に来ないよう指示を出した。


 なんだなんだ? 声掛けちゃったけどまずったかな。

 ……あっ。俺、ドラゴンじゃ――。


 そこで思い出される少し前の記憶。


 母ドラゴンが持ってきた餌はなんだった? 馬モドキでも牛モドキでもない。


 ……人間だ。


 ならここに来る人間の目的は――報復。

 

 弾ける様に鳥肌が立った気がする。ここはドラゴンが実在し、ドラゴンが人を狩る世界だ。前世でもドラゴンの敵は決まって人間だった。そうだよ。ドラゴンが人を殺し、ドラゴンを殺すのは人間だったろ。声がしただけで伏せろと号令を出すほど警戒するなんて、まるで俺の声が銃声扱いだ。戦闘態勢の時、銃を撃たれたらどうする?


 ――撃ち返してくるぞ。


 ……まずい。

 …………まずいまずいまずいまずい!


 嫌な予感が頭を渦巻いていく。

 

 すると突如、前触れ無く前世でも体験したことの無い突風が吹く。その突風は枝で固められていた巣を解体していき、土埃も巻き込んで視界を遮っていく。こちらとしては邪推と驚きもあってか、混乱して身体が動かせずにいたが、こうなってはどう足掻いても逃げるしかない。


「確かこっちの方向から声が聞こえた!」

「でも白銀竜の血族という確証は無いでしょ! やりすぎだよ!」


 豪速の旋風吹き荒れるこの大穴では、向こうもお互いに大きい声で話さざるを得ないのだろう。しかし、距離のあるこちらには何を言ってるかまでは聞き取れない。もしかして奇襲準備でもしているのか? 急がなくては。


「警戒はすべきだ!!」

「待って! 何かいる! あれ!!」


 風を受けて蹌踉めかないように翼を畳み、踏ん張りつつも避難先に少しずつ向かっていたのだが、やはり動くと目立ってしまう。甲冑男の二人組みに見つかったようだ。


「「『災竜さいりゅう』!?!?」」


 『さいりゅう』? ってなんだ?? 何かよくわからないけど相手が少し怯んだ。風力は相変わらず変わらないが、避難先までは後少しだ。こっからは! 根性!!


 そう心に刻むと、両足に力を込め、思いっきり走って飛び込んだ。もう飽きるほど現実から逃げた先、水場へ。


「なっ!? 待て!」

「やぁっ!!」

 

 後ろから掛け声が聞こえるが、やる事は変わらない。体躯に合わない跳ね水の小ささで水に飛び込んだ瞬間、水上には轟音が響いた。数え切れない数の落石により入り口が塞がる。掛け声に応じて止まった時の惨状を想像して戦慄するが、今はそれどころではない。俺は最早魚竜だとかイキッてた割りに、未だえら呼吸を会得していないのだ。


 だが、一箇所空気を吸える窪みを知っていた。そっちはあまり魚が生息していないので使う事が殆ど無かったが、今日は魚の有無等関係無い。とりあえずその窪みで水面から頭を出す。


 翼の先の二本爪を適当な縁に引っ掛け、思う存分深呼吸をして一度冷静になってみた。まず、突然やって来たあの二人組み。行動を見る限り、やはり目的は報復の可能性が高い。そして、大穴に吹いた旋風。なんだったんだアレ。どう考えたって不自然だろ。どうやったのかはわからないけど、恐らく人為的なものだ。


 ……最後に、俺を見て放った『サイリュウ』という言葉。あれはどういう意味で動じたのだろう。


 それじゃなくても色々こっちは混乱中なのに……。出口も今のところわからないし……。空気を吸えるのもここだけ………………ん?


 なんでここだけ空気があるんだ? 空気だって物質なんだから、使ったら無くなる。この程度の窪みに、なんでこれほどの空気があるんだ?


 ここには少しの発光苔があるものの、明かりは殆どない。頼りになるのは鼻先の感触のみだ。空気を吸い込めば、どこかに風が吹き込む穴が見つかるに違いない。俺は、早速頭を窪みの外壁へなぞる様にこすり付ける。長時間水の中にいたらふやけちまうよ。それに泳ぎ続ける体力も――おっと。


 ガラッ、ジャポッ!


「う、ぼっ!」


 翼の爪を引っ掛けてた石が剥がれ、体勢を崩し、頭が水中へと戻される。体勢を立て直そうと、咄嗟とっさに再度窪みの縁へ前足の爪を引っ掛ければ更にボロッと小ぶりな岩が落ちてしまう。それはつまり窪みが広がった事を意味する。この壁はそこまで丈夫でもないらしい。とにかく体勢を整えようと、空気を大きく吸って、壁に掴まらずに水へ浮くことにした。そして意を決し、頭と前足を使って掘り進めてみようとするも、その先に大きめの岩がある事に気付く。自分の身体と同等かそれ以上に大きい。


 これは……流石にどかす事ができない。


 足場は無いし、どうするべきか。今は何もしていないと焦りに心が焼かれそうになるので、とりあえずその大きな岩の周りの土や石をどける事にした。多少の岩はあったものの、俺の力を使えば綺麗に取り除く事ができた。そして、岩の下回りの土を取り除くと、徐々に前を塞いでいた大きな岩が、自重で下がっている事に気付く。


 これならなんとかなるか……?。

 

 空気は補充されているが、どこからどれだけ補充されているかまではわからない。つまり、いつ酸欠になったっておかしくない。


「ふぅっ!!」


 土や砂利等を退けたおかげで大岩は順調に自重で下がりつつあったが、中途半端な大きさの尖った岩が大岩を支え塞き止めていた。俺は気合を岩に尻尾を叩きつける。その渾身の一撃により、引っかかっていた岩の先の部分が砕けた。すると、き止めていた物がなくなる事により、大岩が重力に従い転がり始める。しかし、回転した大岩が向かう先には俺がいた。急いで回避しようとするものの、疲労が溜まっているせいか素早い初動がとれない。このままでは下敷きだと思った瞬間、グオッと水流が身体を上へ押し上げる。その水流の補助により、身体が泳ぐ姿勢をとる事ができた。俺は激しくなる鼓動を抑え、ガゴォーンという重々しい音を背になんとか水中から頭を出した。


「はぁっ、はぁっ……。」


 言葉が出てこない。水中でこれだけの運動をしたんだ。前世でも水泳選手はかなりの量の飯を食うって聞いたことあるし、それを空腹の俺が……。


 先程落とした大岩の天辺が丁度足場の高さになっているので、そこから這いずるように水からあがる。ずっと暗闇にいたせいで目が潰れそうな程に眩しいが、俺の耳に聞こえる滴る水音と小鳥のさえずりはまるで、生きている事を祝福する証明ファンファーレにも聞こえた。


 美味しい空気を好き放題吸い込み、尚も高鳴る動機を抑える。まずは外へ行こう。ここは何処なんだ。


 横穴から出てみると、それが急な斜面に空いている事がわかる。周りは森だが、特別な大樹だと思っていた木が場所を取り合うように茂っている。大穴の中にあったあの木はありふれた種類の木だったようだ。そして、この斜面を上がって行くと、恐らくあの大穴へ着くのだろう。あそこは大穴には違いないが、カルデラみたいに山の天辺からいた形になっているのかもしれない。なんにせよ確認する術はないし、興味もないので、今はとりあえず大穴があると思われる方向の反対側へ進む。


 もしかしたら、生まれてから一度も食べていないフルーツ等にもありつけるかもしれない。そして、時々聞こえる鳥や、動物の鳴き声らしきもの。そいつらを狩る事が出来れば、最早生きていく事に苦労はしないだろう。


 問題はそれ等が想定通り上手くいくかどうかなのだ。



*****


 

 自身の撃った風弾により崩れ落ちた崖を、呆然と見つめる甲冑を着た小柄な男。そして、その男の頭を軽く音が鳴る程度に叩くもう一人の男。


「アホ! やり過ぎはどっちだ!」

「ご、ごめん。」


 素直に謝り項垂れる男を見て、更に怒る気も失せたのかヘルメットを取りつつため息を吐く。この男も項垂れている男と、ほぼ同程度の身長だ。その男は赤毛で、顔付きはまだ幼いがどこか貫禄が有った。

 

「アレは魚竜じゃなかった。もしかしたら、死んだかもな……。」

「それよりも!」


 食い気味で意義を申し立てながら、ヘルメットを取るもう一人の男。その男は不可解にも、もう一人の男と同じ顔をしている。


「あぁ、竜の血を継ぐ黒き鱗。間違いなく災竜だろう。」

「……だよね。まさかこの目で見られるなんて思いもしなかった。」

「しかも、生きている災竜なんて記録にも残って無い。」


 二人とも意図せず黙り込む。それほど重大な問題なのだろう。


「……これってどう報告する?」

「……どうもこうもありのままを伝えるしかないだろう。」

「でも――」

「信じて貰えるかって? 確かにな。だから俺は結果だけを伝える。得体の知れない外族か何かがいて、取り合えず応戦しましたってな。」

「そ、そっか。確かに生きてる災竜だって決まった訳じゃないしね……塵でよく見えなかったし……。」

「確かに生きてる災竜を捕まえられれば国の英雄になれるかもしれないが、逃げちまった今はもう確実じゃない。俺等の目的は孤児院への恩返しだからな。堅実に行く。」

「……うん。わかった。」

「そもそも白銀竜の巣の調査なんて任務、下手をすれば死人だって出てたはずなんだ。この程度で済んで良かったろう。」


 二人がそんな会話をしつつ大穴の中を確認していると、大穴の外から声が掛かる。


「おーい! お前等! 問題無いなら一度報告に来やがれ!」


 低音で野太く男らしい声だ。大穴の底にいる二人の男はそれを聞いてすぐに返答をする。


「はっ!申し訳ございません。すぐにそちらへ戻ります。」

「隊長、あんな大声出して……何か呼び寄せちゃったらどうする気なんだろ。」

「荒事なら喜ぶだろ。新兵器が試せるって……ん?」

「確かに……って、どうかした?」


 男が見つけたのは旋風で飛ばされ散らばったボロボロの動物の皮と、無造作に岩へ張り付いた一枚の布。その布はあれだけの土埃や塵に曝されたにも拘らず不自然な清潔感を保っていた。


「これは……聖布?」

「しかも……これ……かなり質が高いよ……?」

「あぁ、これは何かありそうだな……回収しよう。」


 そう言うと、その布を持って丁寧に畳み始める。


「隊長に報告しなきゃね。」

「あぁ、一つでも発見があれば上も納得するだろう。」

「……よし、こんなものでいいかな。」

「戻るぞ。」

「はー……いっ!!」


 という掛け声と共に二人の足元から風による爆発が生じる。その爆風に乗り、二人は瞬く間に大穴から脱出出来る程の高度に達し、まるで大きくジャンプしただけの如く軽い足取りで外の大地へ易く降り立つのだった。

 

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