第11頁目 友達って何処からが友達なの?

 その光景は一見幻想的とも言えた。


 もう朱も萎び、煙の様な紫が空を満たしているくらいには日が沈んでいた。そんな空の下、大きく円錐型に抉られている苔の生えた地面と折れた低木。そして、その抉られた形にぼんやりと光る何かが付着している。


 猛獣が暴れたような痕跡等ではない。もっと爆発に近い何かである。低木の折れた方向は全て同じで、一つの方向から何かしらの衝撃があった事がわかる。

 

 ただ抉れた痕を見つけただけなら警戒を強めるだけなのだが、一つ問題を見つけた。それは、ここがエノキモドキとシイタケモドキを集めていた場所という事だ。その証拠として、円錐型の先端辺りに3つ程大きめのシイタケモドキが集めて置いてある。これは間違いなく昼に自分が採ったものだ。


 そして、もう一つ気になる点。それは、ぼんやりと光る何かである。


 恐る恐る淡く光る何かに近づいて見る。光っているのは土や木やら様々だが、所々何か細かい発光体の屑が付着している。この発光体から滲み出ている液体が発光するようだ。試しに大きめの発光体の塊を掌に乗せてよく観察してみる。



 ――エノキだこれ。



 いや、正確にはエノキモドキなんだけども。


 これ、エノキのまんまって言ったけどエノキじゃないわ。エノキって光らないだろ。え? 光らないよね? いや光らない光らない。こんなモン食ってたら死んでたかも知れないな。危なかった……。


 にしても、これ食った奴これが辛いって知らなかったのかな。こんな勢い良く吐き出して……。


 ――俺ジャン。


 シイタケモドキの横でエノキモドキを生で食って勢い良く吐き出したの……。


 ――俺ジャン。


 え? じゃあ、この抉れてるの俺がやったの? この指向性爆弾が爆発したみたいな痕……。


 ……………………え?


 しかし、自分がやったという証拠しか揃ってない。とにかくこれは試すしかないと息を吸い込んでみる。すると、想定以上に長く吸い込める。そして、その大きく吸い込んだ息を可能な限り強く、大きく、勢い良く抉れた痕に向かって噴出す。

 

 結果、少し下に向けて吹いたせいか、更に捲れる苔、根ごと吹き飛ぶ低木、巻き上がる砂埃、言ってしまえばそれは既に魔法の粋だった。


「こ、こんな事……。」


 今まで深呼吸をした事が無い訳がない。当たり前だ。魚を獲る時には可能な限り深く吸い込む。だが、今回の吹き出す為に吸い込んだ息は胸の辺りに溜まっていく感じがして、驚くくらい多く長く吸えた。何かコツが必要みたいだ。そういえばエノキモドキを食べた時も辛すぎて何か浅いというか、いつもと違う呼吸をした気がする。時間のせいで辺りは薄暗いが、今回の吹き出した風はエノキモドキを食べて反射的に出したものより威力が高い。


 これはもしかしたら狩りに活かせるかもしれない!

 

 そんな希望を抱くが、空の暗さに気付いて焦った俺は、急ぎシイタケモドキを回収して水場へ戻った。



*****



 あれから数刻。


 水場の前で俺はまた軽く落ち込んでいた。爛々と輝く3つ月の下で、俺は更なる光を生もうと小さな脳を絞ったのだ。


 真っ先に浮かんだ図は、木の板に木の棒を立てて擦り合わせて火を着ける方法だ。しかし、知識の無い者がやれば、出来るものも出来ない。まず、着火材だが、この森林は上が殆ど大樹の葉で覆われている為に下がとても暗く、乾燥している着火材が全く見つからなかった。そして、使用した木は湿気っては無いものの、まだ乾燥しきってもおらず多くの水分を含んでいた。よって、二番目に試した火打石での着火も失敗に終わる。火打石も、石ならなんでも良い訳ではない。俺もボンヤリとそんな気がしていたので、幾つかの石を集めて自慢の力で打ち付けつつ使えそうなのを探したのだ。結果として、火花は出た。だが、着火材が使えた物ではないので火は着かなかった。こうなるとふてくされるものだ。


「あ゛ー! もう! なんで上手くいかないんだ!」


 両手を広げてドスンとうつ伏せになるドラゴン。不貞寝ドラゴンスタイルである。


「……せっかく新技覚えたのになぁ。」


 そのワクワクだけは未だ消えきっていない。


「そっか……ドラゴンは強い息を吐けるだけじゃない! アレは魔法じゃなかった! 多分。」


 ドラゴン本来の機能として強い息を吐けるなら、火の息も吐けるんじゃなかろうか。試しに落ち着きつつ少し大きめに息を吸う。そして、吐き出す。


 ため息に近い何かだ。


 違う違う違う。こんなんじゃなかっただろ! もっとこう……!


 もっと冷静に深く大きく息を吸う。そして口角を上げて吐き出す……!


「はぁ~~~~~~~。」


 より深いため息に近い何かである。


「えぇ!?!?」


 そんな! さっき出来たのは偶然なのか!? それともあそこじゃないとできないとか!?


 焦ってとにかく大きく息を吸うと先程と違う感覚がした。胸の奥にグルグルと息が渦を巻いて圧縮されていく感覚。これだ。これに違いない。周りを吹き飛ばさないよう、空を見上げて思い切り息を吹き出す。


 目には見えないが、ありえない物量の風が喉を通るこの感覚と豪風による騒音で成功だと確信する。やはりこれは何かしらコツがいるんだ。そして、これが出来るという事はやっぱり……火を吹けるのでは?

 

 しかし、肝心の火の吹き方がわからないな。火もコツがいるのかもしれない。試行錯誤してみよう。いや、まず強い息の溜め方からか。



*****



 そして、今。俺は不貞腐れながら、いつも通り魚を食べているのである。実の所、強い息はマスターしたと言っても過言ではない。しかし、火は吹けてない。なので未だにシイタケモドキを食べられていないのだ。このままでは採ってきたシイタケが、干しシイタケになりかねない。


 まだまだ試行錯誤が足りないんだろう。

 

 徐に息を溜める。


「カーーーーーーーーッッッッ!」


 喉に大量の何かを溜め込んでいる気になる。


「ふううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 何の変わりもない強い息が出る。諦めない。続けて再度息を溜め込む。

 

「はあああああああああああああ!」


 何かが出せそうになるぐらいパワーを溜め込んでいる気になる。

 

「ふううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 勿論、気、だけだ。まだまだ諦めない。


「ファーーーーーーーーーーッッッッ!!」


 引き笑いの様な奇声をあげながら変なテンションを溜め込んでいる気になる。

 

「ふううううううううううぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

 まぁ変わらんわな。どうすればいいんだ。


 連続でやりすぎたせいか、上手くいかない虚脱感のせいか、息切れと倦怠感が襲ってくる。


 なんなんだよ。今出来るのは強い息を吐ける事だけじゃないか。……でも息をこれだけ強く吐けるなら水とかもいけるのかもしれないなぁ……。


 そんな思いつきで水場で水を吸い込むが空気程長く吸い込めずに限界が来た。この溜め込むという行為、頬張るのとは全く違う。胃に溜め込んでるみたいな、そんな感覚だ。恐らく本当に呼吸とは完全に違う行為であり、吸い込んだものを肺にでは無く、異なる何処かに入れている。勿論何処にかはわからない。そして、そこに溜め込んだ物を口を開けて、喉の一部に力を込めて、思いっきり吹き出す!

 

 キイイイィィィンと高い音を立てて高圧の水が細く発射された。溜められる水の量は空気と比べると僅かだが、中々の飛距離だ。にしても、空気と発射する時の感覚が全く違う。空気は身体の中で爆発しそうなのを一度に解放する感覚だが、水はほぼ絞って押し出すだけという感覚だ。でも、この技は何かと応用が利きそうだな。というか、吸っている物が肺とは違う器官に入っているなら溜めたままでいられるんじゃないか?

 

 もう一度水を限界まで溜め込んでみる。身体が重くなるが、喉の筋肉の入れ方を調節しつつ息も吸う。なるほど。一度には肺か謎器官かどちらかにしか物を吸い込めないらしい。咽ない為の構造かもしれない。とにかく、こういう構造だと謎器官に何かを吸い込んでる間は無呼吸という事になる。なので、吸い込む時も吐き出す時も短時間で行わなければならないという事だ。不便だが、身体の構造なんてどこか融通の利かないものだよな。


 試射として何かに当てて見たいが、周りを見ても手頃な物が無い。大樹に撃ってもつまらないしな。ならいっそ、このまま狩りに出て見るか。


「――ねぇ。」


 そんな唐突な呼び掛けに心臓が高鳴り、思わず喉奥から水が少し漏れ出る。


「えっ?」


 長い首を振り回し、辺りを見渡す。最悪、追っ手である事を考えると隠れた方がいいのかもしれない。


「こっちこっち。」


 凛と響くその声は、予想もしていなかった方向からする。水場だ。しかし、水音は何も聞こえなかった。まだ水からあがっていないのだろうか?


 恐る恐る水場を覗き込むものの、誰も見当たらない。

 

「ねぇ。水を捨てるの、やめてよ。」


 !?


 声はする。声はするのだが、誰もいない。


「ま、待ってくれ! どこだ? どこにいるんだ?」


 まだ強い敵意は感じられないので、居場所を尋ねてみる。

 

「ここだよ。」


 その声は水面からした。そして、水面からゆっくりと現れたのは透明の――人間。


 いや、透き通った人間というべきか。水がワンピースを着た小柄な少女の輪郭を形成しながら盛り上がっていく。当然、ワンピースも水なので透明だ。


 幻想的な光景だが、相手の要求は非難に近い物である。これがもし襲ってきたらなんて考えるとホラー過ぎて怖い。 

 

「え、えっと……。」

「びっくりした?」


 と、微笑を浮かべて尋ねてくる少女に少し緊張が解かれる。


「水……使っちゃ、駄目だったか?」


 それでも俺は混乱していて、素直に要求に対しての疑問を述べた。


「使っちゃ駄目って事ないよ。君、ここ数年面白い事してたし、飲んだり身体洗うくらいならいいんだけど……。」


 ここ数年の俺を知っている? ……ますます正体がわからない。


「見ての通り! 水は私の身体なんだよ! 使うのはいいけど無意味に捨てられるのは嫌!」


 まぁ、わからないけどわかる。だからわからない部分を聞こう。

 

「君は、何なの?」


 誰なの? ではなく何なの? というレベルの疑問。人格以前に水で出来たその少女は一体どういった存在なのかが全くわからない。


「私?『汎用型エンケパロイド type H2O』で、今個体名は無いの。」

「えん……? 何?」


 なんか”個体名”の前が別の言語みたいだし、タイプエイチツーオーは英語に聞こえる。エイチツーオーってH2O、つまり水の事だよな。つまり、こいつは水の何かって訳だ。そして、この世界には英語がある……? 前世との繋がりが――。


「『type H2O』って英語だよな……?」

「『エーゴ』? って何? ただの名前の一部でしょ。とにかく! これ以上水を捨てるのはやめてよ! 私の身体が無駄になるでしょ!」

「お、おう。」


 捲くし立てるように言われて、つい頷いてしまう。英語を知らない?じゃあこの必然的偶然はなんなんだ。


「じゃっ。」

「ままっ! 待って! 待って!!」


 にべも無く水に帰りそうな彼女を急いで引き止める。

 

「ん?何?」

「と、友だちになってください!」


 自分でも何を言ってるのか理解できなかった。そんな申し出に彼女も一瞬固まってしまう。


「……まぁ。いいけど?」


 思わぬストレートな了承に嬉しく思いつつも、自分で自分の行動に疑問を覚える。


 俺は孤独を嫌った。ドラゴンになってから独り言が増えたのも自分を慰める為他ならない。唯一の話相手である姉妹は現在行方不明。そんな中、逃亡生活を孤独に過ごすというのは今後かなり辛いだろうと数日の野宿で感じたのかもしれない。


「君、私と同じで個体名無いでしょ。『黒』って呼ばれてたけどその名前じゃややこしいし。いつだったか噛んで『クロロ』って言ったのが面白かったからそれにしようよ!」

「……そんな事あったっけ。」


 彼女の提案した名前は、この世界の言葉で”黒”を意味する言葉を噛んだ時の発音。勿論身に覚えは無い。


「あったよ。そんな訳だから私にも名前頂戴。」

「え?」


 不名誉な名前を付けられた上に新しい要求まで受けてしまった。


「名前? ……うーん。」


 困った。名前か……。ゲームとかでも名前を付けるのに数時間掛かってしまった俺が名前なんて……。H2O、水、えいち、みず、えいず、いやいや、えみ、いちず、おーず……。

 

「……ミィ、は、どうかな。」

「ミィ? 短いけど余り聞かない名前だね。まぁそれでいいよ! よろしく! クロロ!」


 ほぼペットみたいな名前だが、喜んでくれてるし、急かす方が悪いという事で。そして、結局こいつがなんなのかわかっていない。


 今日から水とドラゴンの奇妙な関係が始まる。

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