第27話 舞鳳の長い長い初日


お布団の中で、さくら子ちゃんはガシッと舞鳳に抱きついた。

ふふふ。

こうやって、昔はママと寝たっけ。


「もう中学生になるんだから、一人で寝なさい」と言われた記憶があるから、小学校六年生まで一つの布団で寝ていた気がする。


小学校六年生。ロイくんと同じくらいの歳か。


ロイくんが布団でママに甘えている姿が想像できない。想像できないその強さが、なんだか逆に悲しく思えて、舞鳳は今日何度目かわからない涙を静かに流す。


そして――


右腕がちょっと冷たい。


さくら子ちゃんのよだれでぬれちゃった。


ロイくんは言ってた。

「さくら子は二人だと一瞬で寝るから」



「さくら子ちゃん、いい子だね」

舞鳳はそっと、幼女の頭をなでてあげた。


さくら子ちゃんはきっと、明日もわたしを求めるだろう。


見ず知らずの子と、布団に入って、こうやって頭をなでることになるなんて思わなかった。予期せぬことばかりだ。


明日、わたしはここにいるのかな?

いないとしたら、どこにいるの?


ふつうに、家のお布団か――


あら?!


舞鳳は気づく。

母親に連絡もしないでこんな遅くまで外にいたのは初めてだった。 



* * *


タクシーで家に戻るとギリギリ、十二時を過ぎる手前だった。


「ただいま! 遅くなっちゃった。ごめんなさい」

「どこにいたの?!」

「どこって――」


ついさっきまで布団の中にいました――そんなことを言ったら誤解されるに決まってる。どこから説明したらいいのかわからない。


「お風呂、入る?」

「うん」

「あれ? その服、どうしたの?」

「あ、これは――」


この説明にも、ものすごく時間とエネルギーが必要だ。

もう疲れていて、そんな余力はない。


「土曜日に出かけるとか珍しいなって思ってたけど」

「うん」

「楽しかった?」


母親はお風呂の準備をしに浴室へ向かった。

舞鳳はさっそくノートパソコンを開く。


なぜパソコン?


今日、あったことをレポートするのが舞鳳の仕事だから。

70万円ももらっているんだからね。


でも――


どこから書いていいのか、さっぱりわからない!!


浴室から戻ると、母は温かいお茶をいれてくれた。


「熱っ!」

「熱いよって言ったでしょ」


熱いよって言ってないのに、言ったでしょと母は言う。

いつものことだ。

言葉にしてないのに、伝わると思ってるのかな。


ママって――どこのママも、みんなそうなのかな。



「ねぇママ」

「ん? 何」

「わたしが――明日急にママになったらびっくりする?」


ママは即答した。


「びっくりしないよ」

「え? びっくりしないの?」」

「嬉しい」

「嬉しい?」

「マドリが誰かのママになれば、その子もそのパパもきっと幸せだよ」


泣かない。もう泣き過ぎだから。


「ママ――今日、いっしょの布団で寝よう」

「やだよ。マドリ、蹴ってくるから」

「蹴らないから」

「ダメ。もうマドリは大人だよ」


舞鳳はしばらく黙る。

遠くで浴槽にお湯が入る音がしている。

ふつうの、何度も繰り返してきた、いつもの土曜日。

ママと舞鳳の、二人だけの土曜日の夜。


「もしわたしがママになるとしたら、パパは、会ったこともない人だけど」

「え? 会ったことないの?」

「うん」

「会ったことないのに、ママになるの?」

「変だよね」

「それは変だね。でも、マドリは昔から変な人が好きでしょ」

「え? そうなの?」

「ちょっと、お布団しいてくるね」


ママは和室へ行った。

二人の暮らしが終わる。

新しい生活が始まる。


ママはもしかして、あっちで泣いているのかもしれないけれど、そんなこと考え始めたら号泣しちゃいそうなので、舞鳳は想像するのをやめた。


それにしても――すごく濃い一日だった。

これを記事にまとめろっていうの?


今日出会った、たくさんの個性的な人たち。

記者って、毎日こんな感じなのかな?


今日出会った、たくさんの先輩ママさん。

ママさんって、毎日あんな気持ちなのかな。


書き終えるまでに、いったい何万字必要なんだろう。

気が遠くなる――


このまま、頭を乗せたまま眠れば、自動的にその日にあったことを書いてくれる。そんな魔法のパソコンがあったらいいのになぁ――



ママさん記者は静かに目を閉じる。


舞鳳の長い長い初日が、ようやく終わった。




(完)

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あら?! マドリ ~舞鳳の長い長い初日~ 藍澤 誠 @aizawamakoto

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