甘い考え

 ハーラントは寝台にうつぶせで寝かされていた。

 上半身裸で、背中には大きな刀傷が見える。ちょうど上着をすべて脱がせて、火酒で患部を洗っているところだ。横には神官が傷を癒すための奇跡の準備をしており、誰が指示を出したのかはわからないが、族長への処置が重要人物に対するそれであることが見て取れた。

 「容態はどうだ」

 兄の手を握るユリアンカは、私のことばに祈るような声を返した。

 「兄貴が死ぬわけないじゃん。キンネク族一番の勇士なんだよ。兄貴が死ぬわけ……」

 近くの軍医に目配せをすると、医師は私を部屋の隅によぶ。

 「頑健な肉体の持ち主ですから、助かる可能性はあると思います。傷が化膿しており、その毒が全身にまわっているので予断は許しませんが」

 つまり、優秀な神官の奇跡がなければ絶対に助からないということだ。

 「ところで、あの神官を手配したのは誰だ」

 「タルカ将軍が、一番優秀な回復の贈物ギフトを持つ神官を、大至急よんでくるよう手配したとききましたよ」

 ああ、物事をよく理解する人間を上司に持つことの、なんとありがたいことか。好きにはなれないが優秀な上司と、好人物であるが無能な上司なら、断然前者の方が望ましいのだ。

 ここで私にできることはない。そう判断し、ホエテテを探しにいくことにした。


 「なにがあったか、できるだけ詳しく教えてくれ」

 医務室で自分たちの族長が治療を受けていることで、一番落ち着いているのがホエテテだった。医学の力を信じているのだろう。ほかに三名の鬼角族たちがいるが、その表情は暗くイラついているように見える。

 「隊長たちと別れて、三日目の夜のことでした。天幕で眠っていると、夜中に突然、ナユーム族の連中が襲い掛かってきたんです。ハーラント族長も、ナユーム族の連中が何かよからぬことを考えている可能性があるとは思っていたらしく、寝ずの番を増やしていました。その見張りが裏切ったようで、敵が斬り込んでくるまでなんの警告もなかったんです」

 丸腰の相手を斬り殺すのであれば、それほどの苦労はなかっただろう。裏切った戦士が見張りの時に襲撃をおこなう。すべて計画通りだろう。

 「隣に寝ていたルベルッツさんが、ハーラント族長を身をもってかばったので、族長は命からがら逃げ出すことができたんですが、後ろから斬りつけられて大ケガを……」

 ルベルッツという名には覚えがあった。以前、キンネク族とともに羊の世話をしていた時、いろいろと教えてくれた男だ。私たちの見張りをさせていたのは、ハーラントにとっても信頼できる人物だったのだろう。

 「その後、真っ直ぐにここまで来たということか。西部の町で襲われたりしなかったのか」

 「はい、なぜか多くの街で歓待され、いろいろと便宜を図ってもらいました」

 またあの手配書なのか。私が英雄なら、鬼角族はその友だというわけだ。ホエテテが人間であることも役に立ったのだろう。

 私の考えが甘かったのだ。ハーラントが弟のミゼンラントと戦ったときに、ナユーム族の族長エルムントは介入してこなかった。後にハーラントに確認したところ、鬼角族のあいだで他の部族を滅ぼしたり、水場を奪い合うような戦いはここ二百年ほどおこっていないとのことだった。人口が激減した鬼角族たちは、仲間との殺し合いをしないことで力を蓄えようとしていたのかもしれない。その暗黙のルールが破られた。

 「ホエテテ君。明日にはここを出発する。食事と部屋は私が手配するから、ゆっくりと体を休めておけ。私の勘が正しければ、ナユーム族はキンネク族の春営地を襲い、羊や人間を略奪しているはずだ。ハーラントの回復を待っているわけにはいかない。盟友であるキンネク族への攻撃は、私たち西方軍団への攻撃と同じだ」

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