突然の来訪

 出発までの準備に七日が当てられた。都では、ツベヒ以外にも槍の得意なジンベジ、もともと大隊補佐官だったライドスが士官に任命された。拳闘ボクシング贈物ギフトを持つイング、風魔術を使うシルヴィオについては、軍団長の権限で赴任地において士官に昇格させる予定だ。

 当面はチュナム集落に拠点を置くが、黒鼻族たちがいなくなったことで廃村になった場所に基地を置く必要性については疑問だった。いっそのこと、バウセン山のルビアレナ村を拠点にする方が理にかなっている。ただ、食料の補給をおこなうために半月ほど余計に時間がかかるという問題がある。補給路が延びても、ハーラントのキンネク族が味方である限りは大きな問題にはならないだろう。補給の手はずは、ライドスに任せておけばいい。軍隊において、もっとも重要な要素である兵站の問題を処理できる人間は貴重であり、ライドスはその貴重な能力を持った人間に一人だった。

 「ザロフ軍団長、父君の紹介状を持った若者が訪ねてきておりますが、如何いたしましょうか」

 現在、私は近衛本部の一室を間借りしていた。近衛部隊の兵卒が、ひっきりなしに有力者の紹介状を持った人物の来訪を伝えにくるが、なんだかんだと理由をつけて、すべてを断っている。

 「いま、会議中だと断ってくれ。日を改めるように伝えて欲しい」

 他の貴族の紹介もすべて断っているのに、父の紹介だからといって会うわけにはいかない。ほんの数日前まで、私は世界に存在していなかった。だが、軍団長に任命されてみると、昔から旧知の仲であったように多くの人々が群がってくる。予算が厳しい中で、コネにより新しい士官をねじ込む余裕はない。

 「気分転換に表に出てくる。来客があれば、外出中だと伝えてくれ」

 近衛の兵士にいい残し本部を出る。都には大きな公衆浴場があり、気分転換に汗を流そうと思ったのだ。

 入場料を払い、湯につかり、垢すりを頼む。

 少なくない人々が入湯しているが、誰も私には気がつかない。有名人になったというのは、勘違いだったようだ。人々が知るのは、手入れする時間がなく長くヒゲを伸ばしたローハン・ザロフであり、ヒゲを剃って髪を切った私ではないのだ。


 憂鬱な気分はすべてお湯に流して、鼻歌を歌いながら近衛本部に戻る。

 三百人の徴募兵に、せめて革鎧くらいは用意してもらいたいものだ。いずれ騎兵になるとはいえ、人数分の馬が揃うのにどれくらい時間がかかるかわからないのだから。風呂からの帰り道、今後の西方軍団について、いろいろと考えていると、近衛本部の門に数人の兵士が集まっているのが見えた。

 「どうしたんだ、なにかあったのか」

 集まっている兵士に声をかけると、興奮した口調でまくし立ててくる。

 「ザロフ軍団長、お待ちしていました。先ほど鬼角族の族長という人たちが運び込まれて来ました。至急伝えたいことがあるそうで、いま探しにいくところでしたよ」

 族長といえば、ハーラント以外にはありえない。なにがあったのだろうか。

 兵卒に連れられて近衛本部に入ると、見覚えのある大男の姿が見えた。鬼角族の嫁をもらい、すっかりキンネク族の一員となっているホエテテだ。

 「どうした、ホエテテ君。なにがあった」

 険しい顔をした大男の瞳には、怒りの炎が燃えていた。

 「隊長、エナリクスが裏切りました。帰り道で突然俺たちを襲ったんです。キンネク族からも、何人かが裏切って……」

 人間とのあいだに産まれたハーラントという存在に、不満を持つキンネク族がいることは知っていた。長いあいだ、共に戦う中でエナリクスが裏切るように仕向けたのだろう。そもそも、ナユーム族が私たちに味方した理由はなんだったのか。戦士たちが遠征に出かけることで、なにをするつもりだったのか。冷静に考えてみると、たった一つの答えしかありえなかった。

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