信用できない男

 「本当にあなたは、人の心を見透かすのがうまいんですね。私が断れないツボを良く知っている」

 「よし、それではこの件を王に上申しておく。だが、軍団長の地位というものは、かなり価値の高い商品だ。王がそれを他の誰かに売り飛ばす可能性があることを忘れるなよ。戦いが終わった直後だから、国王はザロフ君を軍団長と認めるだろう。しかし、ある程度時が過ぎると、自分の息がかかった別の誰かを軍団長に任命したいと思うかもしれないぞ」

 もともと軍に対する王の発言力は、ギュッヒン侯により押さえられていたのだが、タルカ将軍を取り込んだことで改革を断行することができたといわれている。タルカ将軍もフィアンツ国王の命令には逆らえないのだろう。

 「それはかまいません。ただ、政争の道具に使われて、ありもしない罪をでっち上げられたりするのは御免こうむります。任期は最長で二年、早ければ一年で軍団長の地位は辞するということにしてください」

 「新しい騎兵部隊をつくるにしては、任期が短すぎないか」

 たしかに、一つの組織として騎兵部隊を鍛え上げるのには一年では足りないし、二年でもギリギリかもしれない。しかし、期限を切らずに私のような才能のない男が、軍団長のような要職を続けることは難しいだろう。政治という伏魔殿ふくまでんに踏み込む勇気はない。

 「その通りですが、政治に巻き込まれることは遠慮したいと思います。人は、己の能力の限界を理解して、行動するべきであるというのが私の信念ですから」

 タルカ将軍は、再び苦笑した。

 「なるほど、君の考えはわかった。実は、もう一つ君を選んだ理由があるんだ、ザロフ君」

 そこで一呼吸し、将軍は続ける。

 「君は個人的理由で、絶対にギュッヒン侯へ寝返らないということだ。まだまだ、軍の中にはギュッヒン侯の信奉者が存在する。裏切る可能性のあるものを軍団長には据えられないし、かといって、私の腹心を北方軍団だけでなく西方軍団の軍団長にも任命すると、国王にあらぬ疑いを招くかもしれない」

 また政治か。本当にくだらないが、軍の頂点に至るには政治から無関係ではいられないのだろう。

 「私は政治に興味などありません。職務を全うするだけです」

 テーブル越しに、タルカ将軍の右腕が突き出された。右手で強く将軍の手を握る。交渉成立だ。

 「せっかくお茶を用意したんだ。ぜひ飲んでいってくれたまえ」

 少し冷めたお茶に口をつける。いい香りの香草茶だ。タルカ将軍も、右手で茶碗を手にし、お茶に口をつけた。

 「ああ、ところでザロフ君に確認しておくことがあった。あれはかね」

 大任を託され、香りが良い香草茶を楽しんでいた私の頭の中が、一瞬で真っ白になった。やはりこの男は信用できない。戦の天才であろうと、人間としては尊敬できない相手だ。もし、私が自分の子どもでないといえば、この男はあの子どもを殺すだろう。ギュッヒン侯の孫ということになるのだから。

 「あの子は私の子どもです。手を出すと、一寸の虫にさえ五分の魂があることをお見せすることになりますよ」

 できるだけ低い声で凄んでみせたが、タルカ将軍は少しも気にしていないようだった。


 予算は十分の一。兵員としては投槍隊の生き残り三百と、士官として、いままで苦楽をともにしたジンベジやツベヒたちが当てられた。そもそも一個軍団は五千四百名からなるので、予算が減っても、食料などには困らないだろう。問題は装備を購入する費用だが、これはルビアレナ村に食料を渡すことである程度用意できる。さらに、食料などと交換で、鬼角族から馬を手に入れることもできるかもしれない。馬のいない騎兵部隊などあり得ないだろう。

 正直にいうと楽しかった。大隊規模ですらないが、自分の部隊なのだ。しかも、部隊の編成もすべて任されている。これほど軍人冥利みょうりにつきることはない。

 式典用の軍服の用意や、儀礼の手順を確認しておこう。王の御前に連れて行くのは、ツベヒあたりが安心だろう。考えること、準備することは山ほどあるのだ。

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