近衛本部にて

 「ザロフ君、よく戻ったな。まあここに座ってくれ」

 タルカ将軍は扉の近くまで出迎えにきており、にこやかに手招きで席に座るよううながした。

 「ギレー君、お茶の用意を頼む」

 そういうと、タルカ将軍は広いテーブルの向かい側に腰をかける。近衛軍団の本部は、フィアンツ国王の改革により、機能重視の施設にかわっていた。改革以前の近衛本部なら、豪華なソファや高価な調度品があったものだが、軍隊にそういった奢侈しゃしは必要ないということで、現在はすべて撤去されている。その改革の中心となったのが、目の前の男であった。

 「さあ、どんなことがあったか教えてくれ。君たちが後方で攪乱かくらんしてくれたからこそ、インバードンでは勝利を収めることができたんだと思っている。詳しくはなしてくれ、ザロフ!」

 直感的に、私は、このタルカという男は信用できないと感じた。同じ将軍でも、ギュッヒン侯とはまったく違う。この男は、私が都へ帰る途中、いろいろな町で私がザロフ将軍と呼ばれたことを知っているのだ。みなが将軍呼んだ一番の理由は、隊長とか指揮官ということばと比較して、将軍ということばの方が大声で叫びやすいというだけに過ぎない。タルカ将軍は、そういった情報を収集するだけの諜報網を持っていると誇示したいのだろうか。

 タルカ将軍のは無視し、私は鬼角族とともにおこなった補給部隊への襲撃、補給拠点への攻撃について日を追って報告していった。将軍は、時には手帳に書き込み、時には質問を交えながら私の報告をきいていた。

 「以上になります。私からも一つお伺いしてもよろしいですか」

 将軍が鷹揚おうようにうなずいたので、私は続けた。

 「これは一人の軍人、いや戦史を学ぶものとして知っておきたいのですが、インバードンでは、どうやってギュッヒン侯の部隊に勝利を収めたのでしょうか。軽騎兵についての数的不利、ギュッヒン侯秘蔵の重騎兵を相手にして、どうやって勝つことができたのでしょう」

 これは、本当に個人的な疑問だった。タルカ将軍はギュッヒン侯の直弟子であり、お互いに戦略や戦術についての造詣ぞうけいも深い。同じような知識を持つ二人が戦って、数的不利を覆すような大勝を収めるのは極めて難しいはずだ。私が疑問に思ったのはそこだった。

 「インバードンは知っているな。昔なにがあったかも」

 「はい、インバードンは都の南西、東に川、西に森がある隘路あいろです。騎兵が使いにくい場所です。百年前にセーチェウ将軍が、インバードンの戦いで勝利した古戦場であることも当然知っています」

 「ならば問題だ。私がインバードンに布陣したのを見たギュッヒン侯は、どう考えると思う」

 私は、少しだけ考えてから返答する。

 「騎兵に左右から回り込んで攻撃されるのを防ぐために、隘路に陣取ったと考えるのが自然でしょう。しかし、インバードンの西にある森を騎兵が通り抜けることができるということは、百年前にセーチェウ将軍が実証しています。森林を通って敵の側面を攻撃する、いや、ギュッヒン侯の軽騎兵が森を通過するのを誘い、軽騎兵の速力を生かせない森の中で待ち伏せるという策もありえます」

 将軍はうなずいた。

 「そうだな、いろいろな可能性が考えられる。だが、あの森に多少の槍兵を配置すれば騎兵による迂回攻撃は格段に難しくなる。それはお互いにわかっているはずだ」

 敵を迂回しての側面攻撃作戦ができないのであれば、騎兵の威力は激減する。しかし、ギュッヒン侯には敵の戦列を突破することのできる重騎兵部隊がいるはずだ。側面攻撃ができないのであれば、重騎兵による中央突破をおこない、敵の戦線に穴があけば、そこから軽騎兵で敵部隊を分断するという作戦もある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る