宝石

 沈黙が了解の証だった。反乱鎮圧に要した戦費に加え、北方軍団の再編成にも金がかかる。責任をすべて私に押しつけて、金を出さずに済むというのは、選定侯たちには願ったり叶ったりなのかもしれない。 

 うやうやしく頭を下げると、王が玉座から立ち上がる。王は私の目の前まで進むと、ピタリと立ち止まった。

 「頭を上げよ、ローハン・ザロフよ」

 フィアンツ国王は、右手に王笏おうしゃくではない、飾り気のない短い棒を握っている。あれこそ軍団長だけが携帯を許されるもの、軍笏ぐんしゃくだ。

 現在、わが国には五個しか軍団が存在しないので、軍笏も五つしか存在していない。軍団長の地位はすべての軍人にとって垂涎すいぜんの的だろう。だが、新たな西方軍団が二十騎の騎兵と、鎧も持たない素人の三百の投槍兵からなると知っていれば、喜びも半減するはずだ。

 「つつしんで拝命いたします」

 両手で軍笏を受け取ると、私は再び深く頭を下げる。

 王はくるりときびすを返すと玉座にもどる。侍従じじゅうが再び、王の手に書面と一本の短剣を手渡した。

 「我らを助け、共に戦ったキンネク族のいさおしを称え、ハーラント族長へはチュナム集落以西の領土を保有することを認め、ハーラント殿を辺境伯へんきょうはくに任ずる。その名代みょうだいユリアンカ殿には、辺境伯の証として、この宝剣を授ける」

 王が宝剣を侍従に預けると、侍従はうやうやしくユリアンカに飾り立てられた短剣を差し出した。ユリアンカはそれを受け取り、頭を下げた。

 ハーラントが来ていれば、ここで一悶着もんちゃくあったかもしれない。誇り高き族長は、王に頭を下げることを拒否しただろう。そもそも、キンネク族は私たちに認めてなどもらわなくとも、しっかりと自分たちの領域を守っている。チュナム集落以西の、国王の権力が及ばない土地の所有権などを認められても、なんの役にも立たないだろう。だが、この辺境伯という形式だけの爵位にも意味はある。ハーラントたちへの攻撃は、すなわち我が国への攻撃と見なすことができるということだ。これで西方軍団は大手を振って、ハーラントたちを助けることができる。

 うれしそうに宝石で飾られた短剣を見つめるユリアンカを横目に、私とツベヒは立ち上がり一礼する。それを見たユリアンカも、慌てて短剣を持ったまま立ち上がった。礼をすることは忘れてしまったようだが、とがめる者もいないので問題はないのだろう。

 謁見の間を後にし、扉が閉じられるとツベヒが私の手を両手でガッチリと握ってきた。

 「おめでとうございます、隊長。いや軍団長。さすがタルカ将軍です。隊長を抜擢するとは、まさに慧眼けいがんです」

 ぎこちない笑顔で、ツベヒの賛辞にこたえる。ユリアンカはニヤニヤして宝石を見つめている。金銀に興味を示さない鬼角族も、宝石は好きなのだろうか。控えの間に戻りながら、私は昨晩のタルカ将軍との会談を思い出していた。


 「タルカ将軍はすぐにお会いになります。しばらくこちらでお待ちください」

 戦勝に沸く都に到着すると、私たちはすぐにタルカ将軍のところをたずねた。道中集めた情報では、インバードンの戦いからすでに十二日が過ぎている。敗残兵を掃討するために、タルカ将軍が都に戻っていない可能性もあったが、それは杞憂きゆうだったようだ。

 すぐに、先ほど私たちを案内してくれた士官が私を呼びにくる。薄汚れ、風呂にも入っていない自分の身なりのことが気になりだすが、どうしようもないと開き直ることにしておく。

 「ギレーです。ザロフ隊長をお連れしました」

 部屋の中から返事があり、士官が扉を開き部屋の中に入る。暖炉には薪がくべられ、熱気でむせかえるようだった。

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