信賞必罰

 王の面前で発言するという、本来であれば緊張すべき事態にも関わらず、私の心は冷静さを保っていた。あまり考えたことはなかったが、これも贈物ギフトの影響なのだろうか。

 「西方軍団に配属され、一年にわたり戦闘を実際に経験したところを申し上げます。西方には、兵を隠ぺいする地形もなく、敵を防ぐための陣を構築するための木材もありません。このような土地では、徒歩かちの兵士は拠点を防衛すること以外には活用できず、駐屯している場所だけを守ることになります」

 ここまでの説明に対し、選定侯たちの反応は鈍い。はっきりいえば、西方の軍事事情について誰も興味がなのだ。

 「五百の兵がいても、守れるのは町ひとつです。敵は防備の堅い町を無視して、別の町を攻撃すればいい」

 この場合の想定される敵というのは、隣にいるユリアンカのキンネク族をはじめとする鬼角族なのだが、そのことにはあえて触れないでおく。

 その時、タルカ将軍が大きくひとつ咳ばらいをした。細かいことではなく、重要なことをはなせということだろう。

 「要点を申しますと、再建される西方軍団は騎兵のみで構成される、あるいは騎兵中心である必要があるということです」

 私のことばに反応したのは、ルネセント侯だけだった。

 「先程のタルカ将軍によれば、北方軍団の再編が最優先になるのではないのか。新たな騎兵部隊の創設など、どれほどの金がかかるのだ」

 「だからこそ、このザロフを西方軍団の軍団長に据えるのです」

 したり顔で、タルカ将軍がルネセント侯のことばを受け止めた。

 「この英雄はユリアンカ殿の兄君、ハーラント殿と懇意こんいにしています。馬の育て方、騎兵の訓練については、我が軍と比較しても優劣がつけがたい技術を西方の人々は持っていることはご存じでしょう。その人々と協力することで、最小限の費用で新たな騎兵部隊を創設できるはずです」

 英雄とは心にもないことをいってくれると、心の中で苦笑する。だが、お歴々の反応をうかがうと、いままで退屈そうにしていた選定侯たちも、急にタルカ将軍の興味を持ちはじめたようにみえる。

 「現在の西方軍団へ使っている金額が、おおよそ五分の一程度に減るということだな、タルカ将軍よ」

 フィアンツ国王は満足げにつぶやく。

 「いえ、人員数が五分の一になるというだけで、必要な費用が五分の一になるわけではありません」

 通常、騎兵部隊には小隊や中隊といった概念はないが、古代の軍制では一小隊が騎兵十二騎で構成されていたという。昨晩のタルカ将軍との会談で、新たに創設する騎兵部隊は現状のように貴族の子弟から構成される秩序のない集団ではなく、十二騎で一小隊、三十六騎で一中隊、百八騎で一大隊、千八十騎で軍団となるような、新しい組織を作る必要についての論議はした。だが、将軍が軍馬の維持に、槍兵よりもずっと費用がかかることを知らないわけではあるまい。

 「しかし、当面はそれくらいの費用があれば、十分に部隊をまかなえるということは間違いないと思うが、どうかね」

 タルカ将軍が諭すようにいった。ハーラントとユリアンカのキンネク族が味方である限り、そもそも西方に軍隊は必要ない。その猶予期間に、少数精鋭の騎兵部隊を築き上げるというのが私の持論であるから、指摘はそれほど間違っていない。

 「たしかに、当分の間は十分な馬匹ばひつを揃え、基軸となる要員の訓練をおこなう必要がありますから、部隊の規模は小さくなるでしょう。軍費も当然抑えることができます」

 我が意を得たりと、国王が再び宣言する。

 「信賞必罰こそ、正しい政治の要諦ようたいである。ローハン・ザロフを西方軍団の軍団長に任ずる」

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