論功行賞

 タルカ将軍が立ち上がり、手元の命令書を開いて、沈黙を破るように大きな声で読み上げる。

 「この度の功績により、キンデン・ツベヒを中隊指揮官に任ずる」

 ツベヒが頭を低くした。中隊指揮官以上は、士官が任じられることが通例だ。つまり、中隊指揮官に任じられることというのは、正式に士官となることを意味する。親のコネもない兵士が、訓練所を卒業して一年足らずで任官されるのは極めて異例のことだ。実際には、ジンベジやライドスも士官となっているが、王との謁見には人数的な制限があったので、宮廷作法に通じたツベヒを選んだのだ。

 将軍は命令書を閉じ、腰をかけた。ツベヒを士官に任ずるのは、軍司令官としての職務なのだ。

 フィアンツ国王が合図を送ると、文官の一人が円筒状になった任命書を王に手渡した。

 タルカ将軍以外の選定侯たちが、怪訝けげんそうな顔をする。

 王が手ずから報奨を与えるのは、爵位を与えるような重要な事柄だけなのだ。だが、ギュッヒン侯とともに叛旗を翻した貴族たちの領土をどう分配するかは、すでに選定侯たちのあいだに合意ができている。この事は、昨晩タルカ将軍に教えてもらっていた。

 「ローハン・ザロフよ。お前はタルカ将軍の命令を受け、人や物資の支援を全く受けずに、キンネク族とともに叛徒はんとを誅した。その功績は余人の及ぶところではない。将軍も、お前の働きがなければ、この度の戦いの勝敗が違ったものになったかもしれないと申しておる」

 チラリとタルカ将軍の方を見ると、悪い笑顔がそこにはあった。

 「ザロフ家は代々軍人の家系であり、高祖父は第七軍団長に任じられたこともある」

 ひいひいおじいさんが、どんな人物だったかは知らない。それに、私が軍隊に志願したのはザロフ家の伝統を守るといったような高潔な理由ではなく、ただの口減らしだった。もし先祖に軍団長がいなければ、将軍はもっと別の理由を持ち出してきたのだろう。

 「今回の功績をかんがみると、ローハン・ザロフを西方軍団の軍団長に任ずるのが適切であると思うが、如何いかがだろうか」

 謁見えっけんの間の空気が変わる。声を出すような不調法者ぶちょうほうものはいないが、破格の昇格に、誰もが驚きを禁じ得なかった。

 軍団長以上の任命は、国王がおこなうという決まりがある。だが、選定侯会議での軍団長任命には、異議を唱えることができるという形骸化した仕組みがあった。ギュッヒン侯の反乱直後ということもあり、国王は古い決まりを持ち出したのだろう。

 「たしかに、この者の功績は認めよう。だが、ローハン・ザロフ君は最近まで訓練所の教官だったときく。軍団長としての任に適しておるのか」

 口を開いたのはルネセント侯だった。軍への影響力ではギュッヒン侯に次ぐ存在であり、これを機に発言力を増したいのだろう。

 「ザロフ君以外に、現在の西方軍団を任せるこのできる人物はおりません」

 タルカ将軍が声を上げた。国王が続けるようにうながす。

 「その理由は二つあります。一つは、ギュッヒン侯が北方のイブリュック王国へ逃れたため、軍の再編は北方軍団を最優先にする必要があるということです。当分の間は、西方軍団の再建には費用も人材も投じることができませんが、ザロフ君であれば最小限の費用で西方軍団の再建を成すことができると信じます」

 「軍団長自身が新兵を鍛えるのか。それならば、別に軍団長でなくとも良いのではないか」

 ルネセント侯の疑問はもっともだ。軍団長が直々に新兵訓練をすることで、経費を節約するというのはあまりにも情けない。

 「もちろん、ザロフ君には新兵を鍛え、西方軍団を再編してもらうという重要な役割があります。しかし、それだけではありません、ルネセント侯。それが二つ目の理由です。ザロフ君は、キンネク族と密接な協力関係を築いています。キンネク族との協力関係を維持しながら、全く新しい西方軍団を創りあげることができるのは、このザロフ君だけだと断言できます」

 「全く新しい西方軍団とは、どのようなものなのだ。よろしければ教えてくれ」

 タルカ将軍は私に目配せをし、王に発言の許可を求めた。

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