善人

 総勢十騎ではあるが、全身を鎧におおわれ、馬上で背筋をピンと伸ばした重騎兵の姿にはとてつもない威圧感がある。馬鎧うまよろいがないので、馬を射るという攻撃には弱いように思えるが、鉄の塊が突撃してくる時に冷静さを保てる射手がどのくらいいるだろうか。

 「止まれ!」

 街道に一番近い家のすぐそばで、隊列を維持したまま停止する。敵の気配も殺気もない。

 「二列縦隊! 前進!」

 建物の数などから見ると、ガビエの町は人口二百人から三百人くらいのものだろう。ほとんどの町は、中央に広場があるので、そちらに向かう。敵兵がいないのであれば問題はないはずだ。

 家々の扉は固く閉じられ、時々、私たちを覗きみる視線を感じるが、その視線は殺意ではなくおびえのものだろう。

 「国王の代理、ローハン・ザロフだ。町のものは全員広場に集まれ!」

 町の中心に向かいながら、大声で家々に呼びかける。

 武装しているとはいえ、こちらは二十人。それに対して、町民は百人以上いるだろう。私たちに対し、町民たちが本心から敵対するつもりでいるのであれば、私たちもただではすまない。しかし、西方の町々でギュッヒン侯が熱烈に支持されているとは、あまりきいたことがない。

 「隊長、国王の代理だなんていってもいいんですか」

 後ろを進むアコスタが、兜の中からくぐもった声を出す。

 「西方の都市で、ギュッヒン侯を支持している町なんてないと思うぞ。反乱がおこってから、もうすぐ一年になる。戦争には金がかかる。戦費の調達に、なんだかんだ理由をつけて町々に税金をかけているはずだ。税金を取られて、喜んでいる人はいないよ」

 小さな町だ。アコスタとはなしをしていると、すぐに広場についてしまう。

 「散開! 周囲に注意しろ。私はローハン・ザロフ、国王の軍に属している。誰も出てこないのであれば、この町はギュッヒン侯を支援しているとして、街道にいる本隊が攻撃を仕掛けることになるぞ」

 もちろん本隊などいないが、アコスタたちが重騎兵風の装備をしているために、それほど不自然には感じないだろう。

 しばらく待つと、初老の男と壮年の目つきの鋭い男が、私たちの方へ歩いてくるのに気がつく。町長とその補佐、あるいは親子だろうか。

 「町長か」

 「はい、私が町長のバスリです」

 初老の男が、私の問いに答える。隣の男が誰かは、別にたずねる必要もないだろう。

 「国王の名代みょうだい、西方軍団のザロフだ。いくつかききたいことがある。正直に答えてくれ」町長がうなずくのをみて続ける。「ここにいた、ギュッヒン侯の部隊はどうした」

 「三日前に、伝令のような人がきたんです。なにかの報告を受けると、急に荷物をまとめて出て行きました」

 「ここには何人兵士がいたか教えて欲しい」

 「五人です」

 ツベヒと目があい、お互いに苦笑する。私たちは五人の敵兵と戦うのを恐れて、この町を迂回したのか。結果的として間違っていたが、あえて危険な状況に飛び込む必要はなかったのだ。判断は間違っていない。

 「その兵隊たちは何かをいっていたか」

 「特に何も。ものすごく急いでいたように思いましたが――」村長も、詳しいはなしは知らないようだ。「隊長さんが来ているということは、戦争は王様が勝ったということなんでしょうか」

 そう思うのが普通だろう。だが、正確なことはわかっていないのだ。嘘をつくこともできるが、そのことで、この町の住民が被害をこうむる可能性もある。

 「多くの町で、ギュッヒン侯の部隊が撤退しているのは本当だ。私たちは、その逃げ出した部隊を追いかけてきた。国王が戦いに勝った可能性が高いと私は考えるが、不用意に行動すると余計な問題がおこるかもしれない。それに、脱走兵がうろついているかもしれないから気をつけた方がいい」

 善人であろうとすることには、果たして意味があるのだろうか。

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