吊されたもの

 ガビエの町を通過し、私たちは東へ急ぐ。

 地図の上では、もう少し先にオウマという村があるはずだ。徒歩で旅をする者は、このオウマという村に泊まることもあるらしい。街道から少し離れているので特に立ち寄る必要もないが、私たちが欲しているのは情報なので、少しの寄り道なら問題ないだろう。

 街道を南に入り、しばらく進むとすぐに村が見えてくる。周囲を灌木に囲まれているのは、獣よけだろう。いばらのようなとげの多い低木で生け垣をつくるのは、このあたりではよく見る風景だ。

 「ザロフ隊長、あの村ヤバいですよ」

 先頭を進むアコスタが馬を止め、興奮して兜の面頬めんぼうを跳ね上げていた。

 「ありゃなんだ」

 イングも村の入り口に立つ二本の丸太を指さす。距離が遠いので、はっきりとは見えないが、丸太のあいだには横木が渡され、そこに何かがぶら下がっているのはわかる。

 風にブラブラと揺れる二つの影。あまり思い出したくはないが、見覚えのある風景だ。

 「注意しろ! いつでも戦えるように武器の準備だ」

 後ろのツベヒを呼び、私の代わりに指揮を頼んだ。殺気を浴びせられ、体が硬直して無様な状態をさらけ出すことを恐れたのだ。

 「重騎兵は前へ。弓に備えろ。シルヴィオは弓で応戦の用意。ジンベジは本隊にも連絡しろ」

 ツベヒはテキパキと命令を発する。私などより、よほど堂に入っていた。存在しない本隊がいるように装うのは、ガビエの町で私がおこなったことを真似たのだろう。

 「村民に告ぐ。私は国王の軍、西方軍団のキンデン・ツベヒだ。叛意はんいがないのであれば、武器を捨て出てこい。出てこないのであれば、国王に敵対するものとみなす」

 よく通る声で叫んだイングに、村からの返事はなかった。

 「もう一度だけ警告する。責任あるものが出てこないなら、国王に敵対する者とみなす」

 そのとき、返事の代わりに何者かの殺意が私を貫いた。

 指先が震える。

 だが、私に向けられた殺意ではない。まだ体は動くし、呼吸もできる。

 「イング、敵がいるぞ。注意しろ」

 力を振り絞って警告を伝えると、イングが怒鳴った。

 「おい、誰かは知らねえが、戦う気があるんだったら相手になるぜ」

 突然の怒鳴り声にツベヒは驚き、とがめるようにイングの方を見る。私は大きくうなずいて、ツベヒに問題ないと合図を出す。

 「あんたら、王様の軍隊なのか」

 とつぜん、生け垣の奥から男の声がした。手の震えは止まり、殺意が消えたことがわかった。

 「王様の軍隊だっていうなら、少しだけ待ってくれ。逆らうつもりはない」

 戦う準備をするため、時間を稼ごうとしているだけかもしれない。待つことで、味方の被害が増えるのかもしれない。指揮官は、自分の決断一つで仲間の生死が決まるという、重い責任を背負う必要があるのだ。助けを求めるようにこちらを見るツベヒに、待つように指示を与える。

 相手の殺気が消えたこと以外に、この村が私たちの敵ではないという理由はない。ただ、村の入り口に吊されている二人の服装が、どうみても軍の正規兵のものなのだ。ギュッヒン侯支配下で殺した兵士を吊す村が、国王派の私たちに敵対するとも思えなかった。

 しばらく待っていると、村の入り口から一人の老人が姿をあらわした。背中は曲がり、杖にすがる姿は弱々しかったが、その声は野太くしゃがれていた。

 「みなさんは、国王の西方軍団の方ですか」

 ツベヒにかわり、私が老人の前に進み出る。

 「ああ、そうだ。反逆者のギュッヒン侯の部隊と戦っているローハン・ザロフという。その丸太に吊されているのは誰だか教えてくれるか」

 老人は満面の笑みを浮かべ、吐き捨てるようにいった。

 「こいつらは反逆者の家来ですよ。タルカ将軍が、あのクズを倒したときいて、村の若い者が日頃の鬱憤うっぷんを晴らしただけです」

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