別れ

 「こんな場所にいる兵隊を集めても、それほど役に立たないんじゃないのか。それに親父の説明では、西方軍団の生き残りをギュッヒン侯は当てにしていないといってたじゃないか」

 「信用できない弱兵であっても、最前列に並べて矢を避ける盾くらいには使えるだろうし、すぐに潰走するということがわかっているのであれば使い道もあるだろう。ギュッヒン侯は、古今東西の兵略に明るい古強者だからな」

 だが、本当にそうだろうか。そもそも戦うだけの為なら、こんな僻地に部隊を駐屯させておく必要はない。このような場所に兵士を配置するというのは、権力を誇示するというだけではなく、軍費や物資の調達のためという側面が強いはずだ。反乱がなければ発生しなかった税や負担に対し、この町の住民はギュッヒン侯へこころよく思っていない。それにも関わらず軍を引き上げるということは、よほどのことだろう。

 「もう一つというのはなんなんだよ」

 横を歩いていたイングが、少し前に出て私の顔をのぞきこむ。

 「もう一つの可能性は、戦争がすでに終わっているということだ」

 ポカンと口を開けたイングが、驚いたような表情をして固まった。

 「え、それはタルカ将軍とギュッヒン侯の戦いにケリがついたってことか。どっちが勝ったんだ」

 ギュッヒン侯が勝ったのであれば、自分の部隊を撤退させるはずがない。もし戦争が終わっているとすれば、王の派閥が勝利したとい考えるのが論理的帰結だ。

 「タルカ将軍が勝った、それ以外には考えられない。つまりギュッヒン侯が敗北したということだ」

 ヘナヘナとイングが膝から崩れ落ちる。

 「どうしたんだ、イング。戦争が終わったことが、そんなにうれしいのか」

 困惑したイングの顔は、泣き顔にも笑い顔にも見えた。

 「そりゃあないぜ、親父。俺が士官になるという件はどうなるんだよ」

 死を覚悟した男の精悍な顔が、一瞬にして情けない顔になったことに、私は苦笑せざるを得なかった。

 「まだ戦いが終わったとは決まっていないぞ。起きろ、イング。さあ、町で情報を集めるぞ」


 物資を仕入れにきた商人として、手近な布地を扱う店に立ち寄って集めたはなしをまとめると、次のようなことだった。

 二日前、突然駐留していた部隊が移動の準備をはじめ、昨日のうちに、ほぼすべての兵士たちが完全武装をして町から出ていった。指揮官は東方での決戦に向かうと伝えたが、町の人たちも、これからどうしていいのかわからないということだ。

 戦いは終わってなどいなく、最終決戦のために招集がかかったのか。いや、それなら連絡係くらい置いておくだろう。どちらにしろ、数日中にははっきりすることだ。

 外が騒がしくなってきた。鬼角族たちが見つかったのだろう。

 「よし、イング。このルスラトガは攻撃しないことにする。いったん鬼角族と合流し、私たちの騎兵だけで東へ戻る」

 「親父、戦争が終わってるんなら、急ぐ必要ないんじゃないか」

 「終わっていればそれでいいし、終わっていないのであれば少しでも敵の後方を攪乱したい」

 イングとともに南門へ急ぎ、全員を連れて城塞都市を後にする。いまなら馬も盗めるだろうが、敵軍がいない状況では、ただの強盗のようになってしまう。私たちは町の西側へ急いだ。


 敵がいないのであれば、それほど気をつかう必要はない。町の人々に見られても、困ることはないはずだ。町を出ると、そのまま鬼角族たちの方へ向かった。

 すぐに鬼角族たちと合流し、キンネク族のハーラントと、ナユーム族のエナリクスに集まってもらう。

 「ハーラントさん、エナリクスさん。お呼びだてして申し訳ない。攻撃は中止しました。どうやら、あの町にいた部隊は、すべて撤退したようです」

 「だったら、戦わずとも馬を奪えるんじゃないか」

 筋肉の詰まった樽のようなハーラントが、不思議そうにいう。

 「あの町は、私たちの味方になる可能性もあります。ここで恨みを買うことは避けたいのです」

 ハーラントが、エナリクスに説明をするのを待ってから続けた。

 「いままで本当にありがとうございました。約束については、私が責任を持って果たします。春の重要さは、理解しているつもりです。いったんここで別れましょう」

 通詞が終わると、エナリクスがうれしそうに笑った。思えば、このエナリクスを疑ったこともあったが、最後まで私たちと立派に戦ってくれたのだ。本当に感謝するしかない。

 「私たちは東に向かいます。ハーラントさん、連絡要員としてユリアンカさんを借りたいのですが、どうでしょう」

 下卑た笑いをするキンネク族の族長の許可を受けると、私は右手を差し出した。握手は鬼角族の習慣にはないはずだが、意味はすぐに伝わる。

 二人の族長と強く握手をすると、私たちは西と東に別れることになった。

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