敵はどこだ

 門は開いていて、少ないが町の中には人が歩いているのも見える。特に不審な点は感じられない。

 ただ、やぐらの上にだけ兵士がいないのだ。見張りの交代の時間なのか。いや、一瞬でも櫓の上に兵士がいなくなる瞬間があるなど、常識的に考えられない。敵はそれほどの間抜けなのか。そんなわけはないだろう。

 その理由はわからないが、なにかが起きたことは間違いない。それとも罠か。

 「イング、櫓の上に敵がいない。なにが起きたのかわからないが、私が合図をするまで火をつけるのは待て」

 荷台から了解の返事があるのを確認し、何事もなかったように馬車を進める。それほど荷物を積んでいないのにも関わらず、二頭立て。注意深く観察すれば、その二頭の馬には鞍がつけられていることにも気がつくだろう。冷静になればなるほど、作戦のあらに気がついてしまう。だが、いまは関係ない。

 ゆっくりと進む馬車が、南門をくぐる。

 門の内側に櫓へ登る衛兵が待機しているということもない。櫓へ昇る縄梯子なわばしごは上から垂らされたままで、まるで洗濯物の籠から手ぬぐいが垂れ下がっているようだった。

 「理由はわからないが、敵はいない。シルヴィオに合図をしてくるから、そのまま待っていてくれ」

 イングに一声かけ、門から入ったすぐのところに馬車を止め、表に出てシルヴィオたちにこちらへ来るように手招きをする。櫓の上に敵兵がいないことは、シルヴィオも気がついているだろう。

 

 「ザロフ隊長、櫓には誰もいませんが、どうなっているんですかね」

 シルヴィオは弓を鞍に掛け、まるで若い猟師のように見える。

 「わからないんだ。このまま外壁沿いに厩舎まで進む。人通りの少ないところで、鎧や武器を隠し、町中で確認したいと思う」

 馬車と二人の騎兵は、外壁沿いに西へ進むことになった。

 「親父、前回ここにきたときは、門のすぐ近くにあった詰め所に兵隊が何人か詰めてた。そいつらもいなかったぞ」

 荷台に隠れたまま、イングが小声ではなしかけてくる。

 確かにそうだった。門を入ってすぐのところに兵士の詰め所があり、兵士が町に入る人物に目を光らせていたはずだ。

 人通りが少ない場所までくると、馬車とシルヴィオたちの馬の影で胸甲を外し、鎖帷子くさりかたびらを脱いだ。ついでに、油まみれのたきぎを荷台から下ろし、道の端にこんもりと積み上げておいた。変に隠そうとするより、なにかに使うために置いていると勘違いしてくれるかもしれないという考えだ。

 身軽になると、厩舎に向かう。鎧は荷台に置き、上からは布をかぶせた。

 厩舎の近くには、アコスタと三名の兵士がなにをするでもなくたたずんでいる。その目を見ながら、「しばらく待機」と声を出さずに口を動かすと、アコスタが小さくうなずいた。

 私たちは厩舎に馬と馬車を預け、イングと二人で町の中心部へ向かう。


 賑やかだった町は、少しだけ活気を失ったように見える。目に見えて人通りが減っているのだ。しかし、あいかわらず人々は忙しげに働き、屋台からは食べ物の良い匂いが漂っている。

 「どう思う、イング。兵隊の姿が全く見えないように思うんだ」

 兵隊には、いかにも兵隊であるという雰囲気があり、町中ですれ違ってもすぐにわかることが多い。イングは兵隊というよりはゴロツキっぽいし、シルヴィオは線が細く兵隊といった雰囲気ではない。その一方で、ツベヒやジンベジは、ひと目で軍人とわかるだろう。

 「そうだな、軍人っぽい奴が減ったとは思う。どうしたんだろう、兵隊はどこかへ行っちまったのか」

 軍人がいなくなったのであれば、可能性は二つある。

 「可能性は二つある。一つは、少しでも兵力を集中しようとした可能性。つまり、どこか別の場所で大規模な会戦が起こりそうだということだ」

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