重石

 アコスタたちがバラバラに出発していく。小麦や海産物を運ぶ商人にしては若すぎたり、体格が良すぎたりするかもしれないが、うまく町に入り込んでくれることを祈るだけだ。

 時間をあけて私たちも町へ向かう。二方面からの作戦は連携が難しい。北側から町に近づく鬼角族たちが、どれくらいの時間で姿を見せるのか、敵がそれに気がつくまでどのくらいの時間がかかるのかということがわからない。軍隊が遠話魔術の贈物ギフトを持つ兵士を高給で雇うのは、複数の部隊の連携を可能とできるからだが、複数名の遠話魔術を持つ国はほとんどないといわれている。

 「親父、そろそろ俺たちも出かけるか」

 イングがじれたような声を出す。

 「我慢しろ。待ち合わせの時間まで、もう少しあるはずだ」

 作戦開始時刻を日時計で合わせるという方法も考えたのだが、精度が低すぎて今回は使わなかった。名将として知られるシュメイ将軍は、離れた場所の部隊を日時計を使って同時に動かし、強敵を倒したといわれている。同じ長さの棒を二組用意してそれぞれ地面に立て、影の長さが同じになった瞬間に攻撃をしかけたのだ。もちろん、一日のうちでも時間帯によって同じ影の長さになる時はあるが、午前や午後ということさえ決めておけば、大雑把な作戦開始時刻を合わせることくらいはできるはずだ。国によっては、部隊ごとに標準の日時計を配布しているところもあるらしいが、我が国では採用されていない。大した費用もかからないはずなので、これを標準化するというのはどうだろうか。

 「なにをボーッとしてるんだ。大丈夫か親父」

 「ああ、すまない。少し日時計のことを考えていたんだ。正確な日時計があれば、作戦開始の時刻を合わせることもできるんじゃないかとね」

 「えらく余裕があるんだな。頼りにしてるぜ」

 にっこり笑ったイングの顔は、死を恐れない勇士の顔だ。空は抜けるように青く、虫けらのような人間のことなど、ほんの些事さじにすぎないということを私たちに教えているようであった。

 余裕などない。どうせまた、敵の殺意に晒されると体が動かなくなるのだ。それでも、馬を走らせるだけの力が自分に残されていることを期待するだけだ。

 「そろそろ時間だ。イング、油臭いが荷馬車に隠れてくれ。火口ほくちには気をつけてくれよ。町に着く前に煙が出るとシャレにならないからな」

 イングが荷馬車に隠れると、今一度自分の服装に問題がないかを確認する。鎖帷子くさりかたびらは外套に長袖の上着に隠れているし、外套をすっぽりかぶっているので胸甲も見えない。兜といしゆみは、御者から手の届くところに隠してある。すべて問題ない。馬に鞭を入れ、馬車を出した。


 私たちのいる場所から、城塞都市ルスラトガの南門までは馬を走らせればあっという間だ。だが、商人の荷馬車がそうであるように、馬の負担を考えてゆっくりと進む。

 初春の風はまだまだ冷たく、火照った肌を優しく撫でる。

 一刻のちには、私もイングも死んでいるかも知れないのだ。刑場に引かれていく死刑囚はこういう気分なのだろう。死刑囚との違いは、この作戦そのものをやめることもできたということだ。自分の判断で処刑場へ進む囚人がいるだろうか。そう考えると、軍人というのは馬鹿げた職業であるといわざるを得ない。自分自身で死の方向へ向かって進むのだから。

 「親父、町が見えてきたぞ」

 荷台で体をかがめているイングが、声を上げた。自然に後ろを振り返り、シルヴィオたちがついてきていることを確認する。

 ここまではすべて、計画通りだ。アコスタたちが門で止められているといったこともない。

 大きく一つ深呼吸をする。ここまでくれば、やるしかないと腹をくくった。

 やぐらが見えてくる。

 そのとき、なんともいえない違和感を覚えた。

 なんだ、この違和感は。

 もう一度、じっくりとあたりを見渡す。

 違和感の正体はこれか。

 私の肩にずしりとのし掛かっていた重石が、どこかへ消え去った。

 どう見ても、櫓の上には誰もいなかったのだ。

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