作戦開始

 夜が明ける少し前に目覚め、見張りの兵士と協力して朝食の用意をする。

 この後、敵を攻撃するのだから最後の食事になる可能性もある。せめて暖かいものを食べたいものだと考え、麦粥を温めなおす。敵に居場所を知られ、町への攻撃をおこなおうとする時に挟み撃ちになる危険を考えないでもないが、熱い粥を食べるくらいならば、それほど煙は出ないだろう。

 「おはよう、よく眠れたか親父」

 が頭をかきながら、イングが火のところに近づいてきた。

 「ああ、眠れないと思っていたが、疲れていたのかぐっすりだった。お前はどうだ」

 「正直にいうと、あんまり眠れなかった。殴り合いにビビったことは一度もないが、敵の砦に殴り込みをかけるなんて初めてだからな」

 鎧を着ても、やぐらの上から撃ち下ろされた矢を防げるとは限らない。腕と足には鎖帷子があるが、矢を防げても骨にヒビくらいは入るだろう。

 「すまないな、お前が一番危険な役回りだ。だが、門を閉じさせないというのが一番重要なことなんだ。本当は馬なんていらない。だが、鬼角族が価値を認めるのが馬だけなんだ。敵の騎兵を引きつけ、私たちが有能であることを鬼角族に示すためには馬を奪うことが一番効果が高い。それに、私たちが失敗すると、アコスタたちも危険にさらされることになる」

 「いいとも、俺の命をくれてやるよ。そのかわり、親父にひとつ頼みたいことがある」

 イングが真剣な顔でいう。

 「もし、俺が無事に作戦をやり遂げて、タルカ将軍がギュッヒン侯に勝てば、俺を士官にして欲しいんだ」

 その表情には、少し羞恥の色がみえた。男として、命を賭けて助けると誓ったのにも関わらず、その代償として地位を求めることを恥じているのだろう。その気持ちは、私にはよくわかった。平民出身の兵士たちにとっては、士官になるということは人生の目標であり、自分たちを粗雑に扱った周囲の人々へを見返すことになると信じているのだ。

 「ああ、今回の戦いに生き残れば、この部隊の全員を士官に推挙するつもりだよ。特に、お前とツベヒやジンベジ、シルヴィオとライドスは、なにがなんでも士官にしてやる」

 私が生きていれば、ということは付け加えなかった。こんなことなら、昨夜のうちに一筆残して置いた方がよかったのではないか。人は、心のどこかで自分だけは死なないと考えているところがある。死を覚悟するなら、きっちりとその準備をするべきだったが、今となっては遅い。

 「全員を起こしてくれ。飯を食べる出かけよう」


 鬼角族が北門側に向かって出発し、私たちも準備をはじめた。

 旅人は、あまり早朝に町へ入ることはない。そんな近くまで来ているなら、前日のうちに町へ入るはずだ。武器を持たず、商人のような風体に変装したアコスタたちは、いつでも出発できる準備をして待っていた。食料を積んだ馬車は、鬼角族とともに北側へ向かっているので、ここに残っているのはシルヴィオの護衛一名を含めた八名だけになっていた。

 「アコスタ君たちは、そろそろ出発してくれ。四人で向かうのは怪しまれるかもしれないから、少し時間をあけてバラバラに町へ入るんだぞ」

 私とイングは、それぞれの鎧をもう一度確認しあう。胸甲、鎖帷子くさりかたびら、兜を身につけているので、動くと金属が擦れる音がするが、馬車に乗っているので問題はないだろう。兜をつけた時の視界は狭く、ほとんど周囲がみえないが、矢に貫かれるよりはマシなはずだ。いしゆみの矢に縄を縛り付けておく。弓で使う矢とは違い、威力を増すために先端が少し太くなっている弩用の矢だ。

 シルヴィオが、自分のやじりを壺の中に突き立てているのが見える。痺れ薬を塗っているのだろう。

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