計算を間違える
可能性は低いと思っていたが、敵の夜襲もなく、屋外の野営に凍えながら目を覚ます。
手早く朝食の準備をおこない、ハーラントへ今日の予定を告げにいった。
私が逆の立場なら、その日の行動を当日の朝に伝えられることには我慢できないだろうが、鬼角族たちはなんとも思っていないようだった。驚くほどの無頓着さだが、いざとなれば馬で逃げ切れるという自信の表れなのかも知れない。
「よし、それでは出発だ。ここからは街道を目指して南下するぞ。街道付近で東に進んだように偽装をおこない、一気に西へ進む」
昨晩のうちに兵士たち全員には伝えているので、ただの確認作業にすぎないが黙って出発するよりは士気も上がるだろう。
いつもと違い、今回は私たちが部隊の先頭に立ち進んでいった。ハーラントに頼み、後方の見張りはキンネク族の戦士に依頼する。敵を見かければ、絶対に戦わずに報告へ来るよう厳命をするよう頼んで。
ここから街道までは二刻ほど、敵は二刻ほど後方にいるとすれば、私たちの移動した跡を追いかけてくる敵は、夕方くらいに街道へ到達するはずだ。日の高いうちに、こちらが街道沿いに西へ大きく進むことができれば、敵との距離を稼ぐことができる。私たちにとっては、敵を引きつけることが重要な任務だが、ただ西へ進むだけでは敵の裏をかくことができない。敵を混乱させ、目を離すと何をするかわからないと印象づけることでこそ、任務は成功するのだ。
おおよそ二刻ほどの時間が過ぎ、計算が正しければそろそろ街道の近くに到着しているはずだということをハーラントに伝える。私たちが食料を積んでいる荷馬車は、街道でこそ本領を発揮し、かなりの速度で移動することができる。
「隊長、南に騎馬の一団が見えませんか」
シルヴィオが警告の声をあげた。私の計算では、進行方向に騎兵の一隊など存在していないはずだが、夢でも幻でもないようだ。
「ハーラントさん、前方に敵の騎兵がいます。何騎くらいいるように見えますか」
若き族長は鞍の上にひらりと立ち上がり、右手で日光を遮ると前方の騎兵の一団を凝視した。
「ざっと四十、いや五十といったところだな。お前たちの兵隊と同じ革の鎧を着ているぞ」
敵の騎兵も、こちらに気がついたようで、あわてて馬首を北に向ける。
「なんでこんなところに敵がいるんだ、親父」
イングと同じ疑問が、私の頭の中に浮かんだ。ただ、こちらを待ち伏せしていたわけではないのは、あわてて馬列を整えているところからもわかる。敵の指揮官が無能で、部隊を分割したというのか。五十騎ではなにもできないはずだ。
「ハーラントさん、エナリクスさんに、許可があるまで絶対に攻撃しないように伝えてください」
前回の戦いでは、敵の五十のうち四十を討ち取ったが、こちらにも二十人以上の死傷者がでた。これ以上の消耗は、こちらとしても望む物ではない。
「どうするんだ。戦うのか」
ツベヒが小さな声でつぶやく。独り言だ。
まだ、敵の部隊から殺意は感じられない。体の痺れもなかった。圧倒的多数のこちらの部隊に、どう対処するか迷っているのだ。ならば威圧することで、敵に逃げる口実を与えてやればいい。
「
ナユーム族の族長、エナリクスのところから戻ってきたハーラントに呼びかける。
「敵には戦うつもりはありません。追い払い、西へ移動しましょう。鏑矢を一度射ると、できるだけ大きな
すぐにハーラントが、エナリクスのところへ指示を伝えにいった。
ほんの一瞬、敵と私たちのあいだを静寂が支配した。
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