英雄にあらず
煎り麦を作りながら、麦粥をすする。
煎り麦から漂う香ばしい匂いは食欲をそそるが、実際に食べてみると口の中に焦げ臭さだけが広がり、なんの味もしない。小麦を粉にして、パンを焼くという方法を考えた人間は本当に素晴らしい恩恵を人々に与えたといえるだろう。戦場で食べる麦粥はうまいが、家で麦粥を食べる人はあまりいない。
「親父、これからどうするんだ」
何杯目かの粥を、自分の椀によそいながらイングが問いかけてくる。
「ひとつ質問があるんですが、いいですか」
その声につられるように、ツベヒも声を上げた。
「なぜ、敵は街道を通って先回りしないんでしょうか。あるいは、部隊を二分して一隊を先回りさせてもいいと思うのですが、馬鹿みたいに東から追いかけてくるだけなのが
結局、知識こそが戦争を優位に進めるために重要な要素なのだ。ギュッヒン侯の騎兵部隊は、鬼角族のことをあまりに知らない。
「イング、これからどうするかは後ではなそう。ツベヒ君、ハーラントたちと一緒に暮らすまで、鬼角族について知っていたことはあるかな」
ツベヒは少し考えてから答えた。
「遊牧民であり、羊や馬を飼って生活している。勇敢な戦士が多く、普通の兵士では一対一の戦いに勝てない。馬に乗るのがうまい――それくらいでしょうか」
「そうだな。だが、遊牧民というのは一年中移動しているように勘違いしていなかったかな。私たちは、鬼角族が放牧のために水場を必要とし、一年間を通じて決まった場所を巡回することを知っている。勇敢な戦士は多いが、弱点もたくさんあるだろう、シルヴィオ君」
突然話題をふられたシルヴィオが、粥を変なところに飲み込んでむせている。
「俺にいわせろよ、親父。連中は
嬉々としてイングがシルヴィオにかわって答えた。
「よくできた、イング。無謀さと勇気は紙一重だ。相手をよく知ることで、私たちは鬼角族に対処できるようになり、同時に油断できない強敵であることも理解したわけだ。遊牧民に対する誤解も同じだ。私たちは、鬼角族が羊の世話のために西へ急いでいるのを知っている。急いで春営地に移動しないと、いまの場所で羊の餌となる草がなくなってしまうからだ。しかし、ギュッヒン侯の騎兵部隊には私たちが西へ急いでいることなどわからない。街道を使って西に先回りしても、私たちが再度東へ向かい補給拠点を攻撃するかもしれないと考えているんだ。鬼角族にとって、生活の糧である羊の世話がどれほど大切か理解していないからね。むしろ、どうすれば私たちを西へ向かわせることができるか考えているんじゃないか」
ようやく咳き込むのを止めることのできたシルヴィオが手を上げる。
「ザロフ隊長、敵がこちらの行動を予想できないのはわかったんですが、俺たちはどうするんですか」
煎り麦を焦げ付かないようにかき混ぜながら、シルヴィオの質問に答える。
「敵の知識不足を利用しようと思う。相手の騎兵部隊は、自分たちの補給路を妨害されることを恐れているんだ。明日から私たちは南へ下り、街道へ出る。もう一度、東へ進むように見せかけてから、一気に西へ進むことにする。わざと城塞都市ルスラトガの近くを通り、敵の注意を引いてから西方の平原に戻るんだ」
鬼角族たちを自分たちの土地に戻した後、人間の騎兵だけで敵の補給部隊を攻撃してもいいだろう。
「無理に戦わなくてもいい。私たちは
やらなければならないことを、できる範囲でおこなう。英雄ではない私たちの最善の選択だ。
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