戦争
私たちが本隊に追いつくのに、それほど時間はかからなかった。
そのままハーラントのところへ向かい、息を整えながら偵察の結果を伝える。
「敵の数は三百以上、五百以下。全員騎兵だった。こちらは百二十、戦っても勝ち目はない。このまま速度を上げて西に進もう。敵の騎兵には替え馬がいないから、こちらの速度にはついてこれないはずだ」
若き族長は不満げな顔を隠さなかった。
「それくらいなら、不意を突けば勝てるんじゃないか。逃げ回るのにも飽きてきたぞ」
「勝ったとしても、沢山の仲間が死ぬぞ。誰が羊の世話をするんだ」
「そんなこと、わかってる。気分の問題だ、気分の」
ハーラントのキンネク族は、度重なる戦いで男の数が半分以下になっている。全滅してしまえば、武勇の誉れなど意味が無いことくらいは理解しているのだろう。ハーラントが、ナユーム族のエナリクスのところへ向かうのを見送りながら、ツベヒたちのところへ戻る。
アコスタがツベヒと何かをはなしているので、敵の数などはツベヒに伝わっているだろう。
「ツベヒ君、アコスタ君から報告は受けていると思うが、私たちは速度を上げて西に進む。いよいよとなれば荷馬車も捨てていくから、今日の野営では小麦と
「隊長、敵はこちらに追いついてきますか」
ツベヒが心配そうにつぶやいた。
「俺が親父を守るから、心配すんなよ」
すかさずイングが口をはさむ。
「安心していい。追いつかれることがあるかもしれないが、私たちなら逃げ切れる。敵は正規の騎兵部隊だから、馬を交換しながら進むなんていう芸当はできないからな」
馬というのは、健康な状態を維持するのに、とても手間の掛かる動物なのだ。鬼角族たちにとって、それは日常のことにすぎないが軍の騎兵部隊は違う。軍において、馬には麦などを混ぜた飼葉を与え、いざというときの為に体重を増加させておく。戦場では馬の分まで補給が及ばないことが多いので、馬への餌は減らして水くらいしか与えなくとも比較的長期間戦うことができるのだ。そんな手間暇をかけなければならない馬を、兵士一人に数頭も準備することは考えられない。
「みんな、今日も天幕なしで野営することになるから、心の準備だけはしておいてくれ」
兵士たちがみな、うんざりとした顔を見せた。
敵からの離脱だけのためには、現在私たちが保有している食料は多すぎる。捨てていくこともできるが、あまりにももったいない。
日が暮れ、鬼角族と私たちは野営の準備をはじめたところで、荷馬車一台分の小麦をキンネク族とナユーム族に渡しにいくことにした。以前、小麦を食料として食べないかと提案したことがあるが、鬼角族たちには小麦を食べる習慣がなく断られたこともある。だが今回は、人間用ではなく馬の餌としての小麦なのだ。ハーラントに馬が小麦を食べることを教えると、喜んで小麦を引き受けてくれた。ナユーム族も同じだ。十分な草を馬たちに与えられない状態だったので、馬たちにもごちそうだろう。私たちの馬にも小麦をたらふく与えることにした。
「小麦を食うとは、贅沢な馬ですね」
シルヴィオは、もともとそれほど豊かではない農家の出身だったときいている。貧農は雑穀を食べるのが普通だともきく。自分にとって贅沢なものであった小麦を、馬が食べるのには抵抗があるのだろう。
「戦争というのはおかしな物だ。人殺しが賞賛され、強盗が英雄になる。私も敵の陣地に火をつけられなくて、どうすれば良かったのかと放火の方法を考え続けているんだ。ならば、馬の方が人間より大切にされることくらい、どうということはないだろう」
「そんなものですかね」
シルヴィオは小麦をむさぼり食う馬を、優しい目で眺めていた。
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