替え馬

 翌朝、みなが天幕を片付けている中で、また替え馬を連れてユリアンカと東に進む。今度はアコスタと、キンネク族の騎兵を二人連れて行くことにした。あわせて五名、それぞれが二頭ずつ替え馬を連れているので、十五頭の馬を連れての偵察となる。馬の数だけで見れば、立派な騎兵小隊だ。

 昨日、斥候部隊と私たちが遭遇したことで、敵には三つの選択肢が生まれた。

 一つ目の選択肢は、彼我の距離が十分に近づいたと判断して、全部隊で攻撃を仕掛けるという方法だ。なぜこの方法をとらないのかはわからないが、戦うと被害が大きすぎるという判断なのかも知れない。ならば、こちらが時間をかけて西方へ撤退すれば、敵の騎兵を長時間縛り付けることができるはずだ。ひょっとすると、敵の騎兵はこちらとあまり変わらない規模であり、まともに戦うと勝てないという判断なのかもしれない。

 二つ目は、これまで通りの斥候部隊を送り、鬼角族と出会った場合には全力で逃げることを徹底する命令を出すことだ。堅実な指揮官なら、この方法を取るだろう。

 三つ目は斥候部隊の数を増やし、こちらの斥候兵を攻撃して、こちらの兵の数を減らすという方法だ。消耗戦になれば、最後は数の多い方が勝つ。

 だが、敵の総数がわからなければこちらとしても作戦の立てようがない。

 「ザロフ隊長、あれは敵の斥候じゃないですか」

 アコスタの声で思索を遮られた私は、その指さす先に視線を送った。

 確かに敵の騎兵だ。二騎で一組ということは、敵の指揮官は堅実派なのだろう。敵の騎兵は、こちらを見るやいなや、東の方角へ馬首を巡らせた。

 「オッサン、どうするんだ。追いかけていって殺すか」

 ユリアンカは大ケガをさせられてから、やたらと敵を殺そうとするが、そんなことはどうでもいい。

 「殺す必要はない。全員ここで馬を替えるんだ。このまま敵の本隊のところまで向かう」

 「五人で敵の本隊のところへ行くんですか。ヤバくないですか」

 不平屋のアコスタらしい意見だが、私も敵と戦うつもりはない。

 「五人で戦うなんてできるわけないから、心配するな。敵の本隊の姿を見れば、そのまま帰ってくる」

 空を見ると太陽はまだ低いところにある。ということは、出発してから一刻くらいだろうか。敵が私たちの移動した痕跡を追跡しているとするなら、朝になってすぐに出発したはずだ。そう仮定すると、敵の本隊との距離は二刻。思っていたより距離は近い。

 アコスタと私は、いま乗っている馬の鞍を予備の馬につけ替える。私たちの鞍にはあぶみがあるので、しっかりと馬具を固定しなければならないが、鬼角族たちは鞍をのせ替えるだけだ。

 「それでは出発する。ユリアンカさん、戦闘は絶対に厳禁だ。離脱するときに、こちらを遮るような敵がいるのであれば攻撃してもかまわないが、その時も私の許可を得て欲しい」

 「わかったよ、ジジイ。お前のいうことをきいてやるよ」

 憎まれ口を叩くユリアンカは無視して馬を東に走らせる。時間があけば、戻った斥候が、私たちを包囲するような罠を準備する可能性があるのだ。


 かなりの速度で東に進むこと半刻。突然前方に砂煙が上がるのが見えてくる。あれが敵の本隊なのか。

 「けっこうな速度でこちらにくるみたいだぞ、オッサン。どうするんだ」

 「馬は何頭くらいいると思う。わからないか、ユリアンカさん。他の二人にもきいて欲しい」

 ユリアンカが何事かを鬼角族の兵士に告げると、一人が指三本、もう一人が指五本を出した。

 「一人は三百、もう一人は五百っていってる。あたしは三百くらいだと思うよ」

 やはり最低でも三百。下手をすると五百はいるわけか。それだけ確認できれば十分だ。

 「それでは、もう一度ここで馬を替える。真っ直ぐに西へ戻り、本隊に敵が近づいていることを伝えるぞ」

 敵を前にして大胆不敵なようだが、まだ私たちには冷静さが残っていた。

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