腰斬

 敵の下半身だけが乗っている馬が東に進んでいくのを眺めていると、ユリアンカがこちらに馬を駆って近づいてくるのが見えた。

 「オッサン、逃げた敵は放って置いていいのか。追いかけて殺すほうがいいんじゃねーか」

 「不要だ。逃げた敵には、こちらに腕の立つ戦士がいることを伝えてもらわなければならない。放っておけ」

 少し不満げなユリアンカは、主人を失ってトボトボ歩く馬を指さした。

 「じゃあ、あの馬を――」

 「それも不要だ。あなたの太刀使いの凄さを敵に見せてやればいい」

 私のことばに、女戦士は急に相好を崩した。

 「そうだよな。自分でいうのもなんだけど、あんないい感じに胴が斬れるとは思ってなかったよ。相手の横薙よこなぎをかわして、すれ違い様に腹のあたりを斬りつけたら、なんの手応えもなくてビックリしたんだ。骨のないところを刃先が通ったんだろうな。体の上のところだけ後ろに落ちるまで、かわされたのかと思ってた。それがどうだい、スパッと――」

 「たしかに見事だった。だが、先を急ごう。暗くなる前に味方のところへ追いつきたい」

 「ジジイ、なに怒ってんだよ。いいたいことがあれば、はっきりいえよ」

 すねたような顔をしたユリアンカが食ってかかる。

 「君のことが心配なんだ。敵が弓を持っていなかったからよかったが、弓があったらどうするんだ。ヘロヘロな矢くらい、斬り落とせると思っているのかもしれないが、馬を射られればどうするんだ。斥候にとって、戦うのは最後の手段なんだ。このままだと大ケガ、下手をすると死んでしまうぞ」

 私も大声でいいかえす。ユリアンカの無謀さには、きっちりと釘を刺しておかなければならないからだ。

 二人のあいだに険悪な空気が流れるが、それはユリアンカの笑い声で消し飛んだ。

 「なんだよ、ジジイはあたしのことを心配してるのかよ」

 ゲラゲラ笑うユリアンカに、私も苦笑せざるを得なかった。その苦笑は、やがて普通の笑いになり、最後には私も大声で笑っていた。


 私たちは馬を乗り換えながら進み、日が沈む前に本隊に追いつくことができた。戻るやいなや、ユリアンカが敵兵を腰斬ようざんしたはなしを吹聴しはじめ、ツベヒやイングに本当かと問い詰められることになったが、曖昧にうなずいておいた。

 私はその足でハーラントのところへ向かい、今日は天幕を張ってゆっくり休んでいいことを伝える。敵との距離は十分に開いており、体力を温存することの方が大切なのだというのが表の理由だった。もちろん、本当の理由は敵の騎兵との距離が開きすぎないように移動速度を鈍らせること。ナユーム族にも伝えてもらうように頼み、仲間たちのところへ戻った。

 「ツベヒ君、今日は天幕を張ってゆっくりしよう。敵との距離はまだ遠い。私も手伝う」

 「わかりました隊長。今日の偵察の結果も教えてくださいよ」

 ツベヒとともに馬車から天幕を降ろし、柱を四方に置いて天幕を立てる準備をする。イングはたきぎの足しにするような木を探しにいっている。西方とは違い灌木かんぼくが点在するこのあたりでは、持参している燃料を無駄に使う必要は無い。

 天幕ができあがった頃に、イングが両手一杯に木の枝を抱えて戻ってきた。

 「親父、木の枝を集めてきたぞ。生木だから、天幕の中では燃やせないな。おい、シルヴィオ。風魔術で景気よく燃やしてくれ」

 「私の風魔術は、火吹筒のかわりじゃないですよ」

 他の兵士たちからも笑い声が上がった。みな昨晩の屋外での野営が、かなりこたえていたようだ。

 「かなり薪があるのであれば、竈をもう一つ作って非常用の煎り麦をつくろうか。敵が追撃してきたときに、保存食があるとないでは、安心感が違うからな」

 イングが口からなにかを吐くようなまねをしながらいった。

 「煎り麦ってまずくて食えたもんじゃないぜ。敵との距離があるなら、なんでそんな不味いものを作るんだ」

 敵に追いつかれること、馬車を捨てざるを得なくなるほど接近させることが、任務達成につながることはあえていわないことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る