離脱

 二日に一度拠点を変えながら、私たちは補給拠点であるウォルシーの町から前線に至る補給部隊を攻撃し続けた。思い切って西に戻ることも考えたが、敵の騎兵部隊を引きつけるという任務の為には、もう少しギュッヒン侯の領土の近くで挑発を続ける必要があったのだ。数日敵に輸送部隊を見つけられないこともあれば、一日で二つの荷馬車隊を襲撃することもあった。敵の輸送部隊は、日に日に沢山の護衛を随伴するようになり、特に弓による攻撃は、私たちの騎兵部隊を削り取っていった。

 ケガ人を乗せた荷馬車に護衛をつけて送り出したこともあり、出発の時には約二百騎近くいた部隊は、すでに百二十騎ほどになっている。ナユーム族が六十、キンネク族が四十、私たちが十八。はじめは人死ひとじにを気にしていなかったエナリクスやハーラントも、じわじわと減っていく仲間の姿に、いらつきを隠さなくなった。


 「おい、ローハン。この戦いはいつまで続くんだ」

 私たちの天幕に、普段は仲が悪いハーラントとエナリクスが二人で訪ねてきたのを見て、そろそろこの作戦も潮時だと判断せざるを得なかった。

 「ハーラントさん、これは戦争だ。そう簡単に終わるものではない」

 私のことばを、ハーラントから伝えきいたエナリクスが険しい顔をするのがわかった。遊牧民にとっての春は、痩せた羊を再び太らせる重要な時期なのだ。

 「だが、お二人の懸念は理解している。春は羊を太らせる大切な時期だ。私たちが出発してから、すでに一月半経っている。今すぐに西へ戻れば、冬営地からの春営地への移動になんとか間に合うだろうと思う。報酬については後日届けることにするので、明日の朝から西へ移動しはじめよう」

 「それでいいのか、ローハンよ」

 拍子抜けしたような顔をしたハーラントと私の顔を、ことばがわからないエナリクスが交互に見つめる。

 「何事にも潮時がある。私たちは十分に戦ったし、あなたたちの生活も大切だ。私はあなたたちと共存共栄の道を探りたいと思っているんだ。だったら、お互いに相手の事情を尊重する必要がある。このことも、エナリクスさんに伝えて欲しい」

 キンネク族の族長が、ナユーム族の族長に私のことばを伝えると、その険しい顔が一瞬で笑顔になった。一番血を流したのはナユーム族なのだ。感謝のことばを二人に伝えると、族長たちは上機嫌に自分たちの天幕へ戻っていった。

 「隊長、撤退するということですが、本当にそれで大丈夫なんでしょうか」

 優等生のツベヒが珍しく声を荒げる。敵の騎兵部隊を誘引するという、当初の作戦に成功していないことを不満に思っているのだろう。

 「大丈夫もなにもないんだ、ツベヒ君。当初からこの作戦は、鬼角族たちの力に頼っていた。私たちはたった二十六人にすぎなかったし、今は六人を失い、二人を自陣に送ったから残りは十八人だ。鬼角族が手を貸してくれたのは、冬で放牧のための人数が少なくても問題がなかったからだし、これからは自分たちの仕事で手一杯になるだろう。遅かれ早かれ、帰郷を申し出てくることはわかっていたことなんだ」

 「ひとつ気になることがあるんですが、いいですか」

 シルヴィオが手を上げたので、発言をうながす。

 「キンネク族はわかります。ザロフ隊長が手を貸したので族長になれたわけですから、ある意味借りを返すという意味があるんでしょう。しかし、あのナユーム族は三十人以上が死に、ケガ人も出ているのにも関わらず、後で羊を送るという口約束だけで納得できるもんなんですか」

 そのことはずっと疑問に思っていた。そもそも、ナユーム族には私たちに手を貸す理由がないのではないかということだ。地震により水場がなくなったのだとしても、あまりにも簡単に私たちへの助力を申し出たことには不自然だった。それでも兵士を借りないと、この作戦自体が上手くいかなかったこともあり、考えないことにしていたのだ。作戦が終わるということは、ナユーム族の本当の目的が明らかになるかもしれない。

 「シルヴィオ君のいうことは、至極もっともだと思う。今後、私たちはナユーム族の行動についても警戒をしなければならないかもしれない」

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